事故の保険金と車両の除却損
個人事業主と法人では、考え方がまったく違います
車の事故で保険金を受け取ったときや、車を廃車にしたときの税務処理は、個人事業主(所得税)と法人(法人税)で大きく異なります。
個人事業主の方が、法人と同じ感覚で処理してしまい、結果として申告内容に誤りが生じているケースは少なくありません。
ここでは、
- どこが勘違いされやすいポイントなのか
- 実務上、どう処理するのが望ましいか
を、できるだけやさしく整理してお伝えします。
よくある勘違いポイント
まず大前提として、「保険金は雑収入にしておけばいい」という考え方は、個人事業主の場合は原則として誤りになることが多いです。
押さえておきたいのは、次の2点です。
- その保険金は「非課税」になるタイプかどうか?
- 車など「モノへの損害」に対して支払われた保険金は、原則として収入に計上しなくてよい(非課税)とされています。
車を手放したときの損失を計算するとき、受け取った保険金をきちんと差し引いているか?
保険金を収入に入れない代わりに、損失の計算からも差し引く必要があります。
法人と個人事業主の違い
法人の場合は、
- 保険金 → 収益として計上
- 車の損失 → 費用として計上
と、収益と費用を両方帳簿に載せる形になります。
個人事業主の場合は、
「モノへの損害に対する保険金は非課税(収入にしない)」
という特例(所得税法第9条)があります。
そのため、法人と同じ感覚で「保険金=収入」としてしまうと、制度に合わない処理になってしまいます。
個人事業主の正しい税務処理
保険金は「雑収入」に計上すべき?
答え:原則として計上しません(非課税)。
車の修理代として支払われた保険金や、全損で車両代として支払われた保険金は、所得税法上「非課税」とされています。
そのため、売上や雑収入として課税対象の収入に入れる必要はありません。
※ただし、後ほど説明する「休業補償」などの例外がありますのでご注意ください。
車の簿価(帳簿上の価値)はそのまま経費にできる?
答え:保険金を差し引いた残りだけが経費になります。
ここが一番重要なポイントです。
もし、
- 保険金は非課税(収入に計上しない)にしているのに
- 車の簿価をそのまま全額、経費にしてしまう
という処理をすると、実質的に二重で得をしている状態になります。結果として「経費の計上が多すぎる」形になってしまいます。
正しい計算式はこちらです。
経費にできる金額 = 車の簿価 − 受け取った保険金
つまり、
- 保険金の方が多い → 経費になる損失は ゼロ
- 車の簿価の方が多い → 差額だけが経費(固定資産除却損)
というイメージです。
数字で見てみましょう(具体例)
実際の数字で見ると、イメージがつかみやすくなります。
ケースA:保険金の方が「少ない」場合
- 車の簿価:100万円
- 受け取った保険金:80万円
→ 20万円分の損失が出たパターンです。
この場合、20万円だけが経費(固定資産除却損)になります。
100万円の車の損失から、受け取った80万円を差し引いた残りの20万円だけを経費にできる、ということです。
ケースB:保険金の方が「多い」場合
- 車の簿価:100万円
- 受け取った保険金:120万円
→ 保険金の方が20万円多いパターンです。
この場合、
- 経費になる損失は ゼロ
- 簿価を超えて受け取った20万円も、非課税(申告不要)
という処理になります。
たとえるなら、「損害をカバーして余った分まで税金をかけられることはない」ということです。
とても大事な「例外」:保険金の内訳をチェックしてください
実務でとても問題になりやすいのが、保険金の内訳です。
必ず、保険会社からの支払明細を確認してください。
次のような名目の保険金が含まれている場合、その部分は課税対象(雑収入)になります。
- 休業損害補償金(車が使えない期間の利益の穴埋め)
- 営業補償金 など
これらは「車そのものの損害」ではなく、「売上の代わり」とみなされます。
たとえば、配送業の方が事故で1週間仕事ができなかったとき、その間の売上減少を補う保険金は「利益の補填」にあたります。
この部分まで非課税にしてしまうと、本来計上すべき収入が漏れてしまいます。
ポイントは、
- 「車そのものの損害」に対する保険金 → 非課税
- 「利益の補填」に対する保険金 → 課税対象(雑収入)
を、明細書を見ながらきちんと分けることです。
使う勘定科目は「固定資産除却損」がおすすめです
車を廃車にしたり、下取りに出したりしたときの損失は、「固定資産除却損」という科目を使うことをおすすめします。
なぜ「固定資産除却損」が分かりやすいのか
決算書を見たときに、「この数字は何の損失なのか」がすぐ分かることが大切です。
- 「固定資産除却損」と書いてあれば
→ 「車などの固定資産を手放したときの損失だな」とひと目で分かります。
- 「雑損失」と書いてしまうと
→ 「何の損失か」が分かりにくくなります。
→ 金額が大きいほど、「これは何?」と説明が必要になりやすいです。
会計ソフトや申告書での書き方
会計ソフトの場合
個人事業主向けの会計ソフトでは、初期設定に「固定資産除却損」が入っていないことがあります。
その場合は、
- 勘定科目の設定画面を開く
- 「経費科目の追加」機能で
- 科目名を「固定資産除却損」として新しく作成する
という方法で対応できます。
手書き・申告書作成コーナーの場合
青色申告決算書(税金を計算するための書類)の経費欄に「除却損」の印字がない場合は、
- 空欄の行に、手書きで「固定資産除却損」と記入する
- または、任意科目として追加して使用する
という形で問題ありません。
「雑損失」を使うのはどんなとき?
「雑損失」を使うのがふさわしいのは、たとえば次のような場合です。
- 金額がごく少額(数千円程度)で、重要性が低いもの
- 現金の盗難など、他に適切な科目がどうしても見当たらないもの
一方で、車の廃車のように金額が大きく、固定資産の動きがあるケースでは、「固定資産除却損」を使った方が、後から見て分かりやすい帳簿になります。
まとめ:確認の手順
今回のようなケースでは、次の順番で整理していただくと安心です。
ステップ1:保険金の明細を確認する
- 「休業補償」「営業補償」など、利益の補填にあたる項目が含まれていないかチェック
- 含まれていれば、その部分は「雑収入」として課税対象にする
ステップ2:事故時点の車の簿価を確認する
- 簿価 − 保険金 で計算
- プラス(簿価の方が大きい) → 差額を「固定資産除却損」として経費に
- ゼロまたはマイナス(保険金の方が多い・同じ) → 経費計上なし(超えた保険金も非課税)
ステップ3:勘定科目は「固定資産除却損」を使う
こうしておくことで、「資産がなくなったこと」と「その結果としての損失」の関係が明確になり、ご自身で帳簿を見直すときにも理解しやすくなります。
修理して乗り続ける場合は?
最後に大切な補足です。
ここまでの説明は、車を手放した(廃車・下取りなど)場合を前提としています。
もし、事故後に修理をして、そのまま事業用として乗り続ける場合は、車は手元に残っていますので、「除却損」は計上できません。
この場合は、
修理代 → 修繕費として経費処理
という形になります。






