日本は逆のことをしていないか? 円安の時代に、税理士が経営者と話しながら考えていること

円安時代の経営課題と現場の視点

はじめに:事務所にいると、見えてくるものがある

私は、中小企業の経営者や個人事業主の方々と、毎日のように話をしています。

確定申告の時期はもちろん、融資の相談、節税の相談、事業承継の相談、採用の悩みなど、さまざまな場面でお声がけいただきます。
その中で最近、会話の流れが変わってきたと感じています。

以前は「売上をどう増やすか」「どこを節税できるか」という話が中心でした。
でも最近は、少し違う空気が漂っています。

「先生、仕入れがまた上がったんですが、どうしたらいいですか」
「電気代と運賃が同時に上がって、利益がほとんど残らないんです」
「人が辞めたあと、募集をかけても全然来ないんですよね」

こういう言葉が、打ち合わせの最初の数分に出てくるようになりました。

これは、どこか一社だけの話ではありません。
業種も地域も違う経営者から、似たような言葉を聞くのです。

その背景にある話の一つが、今回のテーマである「円安」です。

もちろん、円安だけが原因ではありません。
でも、円安はいま、経営者の日常に静かに、しかし確実に影響を与えています。
そして私は税理士として、その影響の「数字の側面」だけでなく、「なぜこうなっているのか」「これからどう考えるべきか」についても、できる限り自分なりの言葉で伝えたいと思っています。

今回の記事は、難しい経済の話を専門用語で解説するものではありません。
「税理士として経営者と長年話してきた人間が、円安という問題をどう見ているか」という視点でお読みいただければ幸いです。

今の状況:1ドルが160円に近い世界で起きていること

まず、現状を整理します。

円安とは、円の価値が下がることです。
少し前まで、1ドルを100円前後で交換できていました。
でも今は、160円近くで推移することが珍しくなくなっています。

これが何を意味するかというと、「海外から買うものが、同じ品質・同じ量でも、以前より多くの円が必要になる」ということです。

たとえば、海外から仕入れているある部品が1ドルだとします。
1ドル100円なら、100円で買えます。
でも1ドル160円なら、160円かかります。

これが積み重なると、仕入れコストは静かに、しかし大きく膨らみます。

小さな食品加工業者の話をします。
地方で地元の農産物を使って加工品を作り、近隣のスーパーや道の駅に卸している会社です。
社員は8名ほど。社長は長年、地域に根ざした仕事をしてこられました。

この会社の仕入れコストは、ここ数年で大きく変わっています。
小麦、砂糖、油、包装材、そして工場を動かす電気代。
これらの多くが、円安と原材料高の影響を受けています。
製品の価格は上げにくい。でも、コストは上がる。
その板挟みが、帳簿に如実に出てきています。

「先生、売上は同じくらいあるのに、なんで手元に残らないんでしょう」

そう聞かれたとき、私は数字を一緒に見ながら、仕入れコストの変化を説明します。
そしていつも思うのは、「これは経営者の努力不足ではない」ということです。

これは、円安という大きな流れが、小さな会社の財務を直撃している現実です。

なぜ円安が続いているのか:介入しても止まらない理由

「政府が円を買えば円高になるんじゃないですか?」

そう思う方もいるかもしれません。
実際、政府や日本銀行は、急な円安が起きると「為替介入」を行うことがあります。
簡単に言えば、保有しているドルを売って円を買う操作です。
これをやると、一時的に円が強くなります。

ただ、為替介入には限界があります。

強い風が吹いているときに、傘をまっすぐ持とうとするようなものです。
一瞬は持ちこたえられる。
でも、風そのものが止まなければ、また押し戻されます。

円安の「風」には、いくつかの理由があります。

ひとつは、日本からお金が出ていく流れが続いていること。

かつての日本は、車や家電を海外にたくさん売って外貨を稼ぎ、それを円に換えていました。
その動きが、円を強くする力になっていました。
ところが今は、日本企業が海外に工場を作り、海外で稼いだお金をそのまま海外で再投資するケースが増えています。
稼いだお金が、日本に戻ってきにくくなっているのです。

もうひとつは、輸入への依存が高まっていること。

エネルギー(石油・ガス・石炭)の多くを海外に頼っています。
食料の自給率も高くはありません。
さらに近年は、スマートフォンのアプリ、クラウドサービス、動画配信サービス、ネット広告など、デジタル分野での海外への支払いも増えています。
これらを「デジタル赤字」と呼ぶこともあります。

家計に例えれば、毎月の固定費の多くが「外への支払い」になっている状態です。
収入が増えないまま、外に出るお金ばかり増えると、家計は苦しくなります。
国全体で見ても、似たことが起きています。

そして、実質金利がマイナスになっていること。

少し説明が必要です。
実質金利とは、「銀行の金利から物価の上昇分を差し引いたもの」と考えてください。

日本の銀行預金の金利は、長年ほぼゼロに近い水準でした。
一方で、物価は上がり続けています。つまり、預金の数字は変わっていないのに、実際に買えるものの量は減っていく。これが、実質的なマイナス金利です。

こうなると、「円を持ち続けることの魅力」が下がります。
それよりも、金利の高いアメリカドルや、利回りの高い海外資産にお金が向かいやすくなります。
その結果、円が売られやすくなる。
これもまた、円安の構造的な原因の一つです。

つまり円安は、短期的な投資家の動きだけで起きているのではなく、日本経済の「体の形」そのものが変わってきていることの反映でもある。
そう私は見ています。

中小企業への影響:「円安は大企業の話」ではない

「円安で得をするのは輸出企業でしょう。うちみたいな小さな会社には関係ない」

そう思う経営者の方は、少なくありません。

でも、実際に帳簿を見ていると、話は違います。

円安の影響は、直接輸入をしていない会社にも届きます。
それは、サプライチェーン(仕入れの連鎖)を通じてです。

たとえば、近所の業者から食材を仕入れている飲食店を考えます。
直接、海外から買っているわけではない。
でも、その食材を作っている農家は、飼料や肥料を輸入に頼っていることがあります。
飼料が上がれば、肉や卵の価格が上がります。
燃料が上がれば、運賃に乗っかります。

さらに電気代も上がります。
製造業でも飲食業でも、電気は欠かせません。

私が顧問をしている板金加工の会社があります。
社員は12名ほど。受注先は地元の製造業者が中心で、直接海外と取引しているわけではありません。
でもここ数年、電気代と鉄鋼材料費の上昇が続いており、見積もりの出し方を根本から見直さざるを得なくなっています。

「見積もりを出してから納品するまでの間に、材料費が変わってしまう。昔はそんなことなかった」

そう話す社長の言葉は、円安と物価上昇が小さな会社の経営の現場にどれほど影響しているかを、私に改めて気づかせてくれました。

消費税減税は本当に助かるのか:税理士として思うこと

ここで、少し踏み込んだ話をします。

「円安や物価高で生活が苦しいなら、消費税を下げればいい」という声があります。
特に選挙のたびに、この話は盛り上がります。食料品の消費税をゼロにする、全体を下げる、といった案が出てきます。

正直に言えば、家計や中小企業の立場だけで考えれば、減税は短期的に助かります。
特に仕入れに消費税が重くかかる業種にとっては、実感として楽になる部分もあるでしょう。

ただ私は、税理士として、もう少し別の角度から考えます。

消費税は、国にとって非常に大きな税収源です。
社会保障(医療・年金・介護・子育て支援)を支える財源として位置づけられています。
これを大幅に減らすとなると、その穴をどうやって埋めるのか、という話が必ずついてきます。

国の財政は、長年にわたって借金を続けています。
その借金に対する利息(利払い費)が、金利の上昇によって増えていく。
そういう状況になりつつあります。

家計に例えるなら、カードローンの残高がかなり積み上がっているところに、金利が上がってきた。
そのタイミングで「収入を減らしましょう」と言われているようなものです。

「先生、うちは税金安くなればいいんですが」と言われることがあります。
もちろん、節税の相談には誠実に向き合います。
でも、「税収が減ることで国の財政不安が強まり、長期的な金利上昇や円安が進むとしたら、それはどこかで家計や経営に戻ってくる話ですよ」という視点も、私は大事にしたいと思っています。

これは、「増税さえすれば全部解決」という話ではありません。
ただ、「減税すれば万事解決」というほど単純でもない。
財源の話から逃げずに、誰を助けるのか、どう支えるのかを一緒に考える必要があると思っています。

もし税負担を調整するとしても、大切なのは「一律に全員の税を下げる」よりも、「本当に困っている家庭・事業者に絞って支援する」ことではないかと、私は個人的に感じています。

人手不足という、もう一つの本質的な問題

円安の話をしていると、もう一つの大きなテーマが必ず浮かんできます。
それが「人手不足」です。

私が関わっている会社の多くで、採用難が深刻化しています。
求人を出しても応募が来ない。
ようやく来た人が、数ヶ月で辞めてしまう。
ベテランの職人が定年退職しても、後継者がいない。

これは「その会社の魅力がない」という問題だけではありません。
日本全体で働く人の数が減っているという、構造的な変化が起きています。

少子高齢化が進み、子どもが少なく、高齢者が増えています。
10年後、20年後を考えると、この傾向はさらに加速します。

最近こんな話を聞きました。
「近所のスーパーが夜遅い時間帯の営業をやめたんです」。
理由を聞いたら、スタッフが集まらなくなったとのこと。
こういうことが、身近な場所で静かに起きています。

このとき、「外国人の方に日本で働いてもらう」という選択肢は、感情論ではなく、現実的な解の一つになります。

もちろん、「ただ来てもらえばいい」という話ではありません。
きちんとした賃金を払う。
差別的な扱いをしない。
住まいや日本語の支援を整える。
地域の一員として迎え入れる体制を作る。
こうした準備が伴わなければ、受け入れは長続きしません。

でも、人手が足りないまま「外国人は困る」という空気だけが広がると、サービスの質は下がり、地域の経済も縮んでいきます。
その影響は、経営者にとっても、生活者にとっても、じわじわ返ってきます。

ある建設会社では、外国人技能実習生の受け入れを数年前から始めています。
最初はとまどいもあったと聞きましたが、今では「彼らがいないと現場が回らない」と社長が話しています。
制度の問題や改善点はあります。
でも、「人が来てくれることへの感謝」と「一緒に仕事をする喜び」は、現場には確かにある。
そう教えてもらいました。

日本が「投資先」として選ばれるかどうか

円安を止めるために、政府は為替介入をします。
でも、それだけでは長続きしないと前述しました。

では、何が変わると状況は変わるのでしょうか。

一言でいえば、「日本が魅力ある投資先として選ばれること」です。

これは、大企業や外資の話だけではありません。
中小企業にとっても、地域にとっても、関係する話です。

「この国で事業をしたい」
「この地域で工場を作りたい」
「この会社に投資したい」

そう思われる条件が整っているかどうかが問われます。
その条件の中には、電力、インフラ、税制、規制の透明性、英語への対応、行政手続きのわかりやすさ、そして働く人の確保、が含まれます。

ここでも、人手不足の話とつながります。
働く人が集まりにくい国に、企業は工場を作りにくい。
外国人材を排除する方向性と、日本への投資を呼び込む方向性は、実は相性が悪いのです。

では、私たちは何ができるのか

ここまでの話をまとめると、こういうことになります。

円安の背景には、単純な「投資家の動き」だけでなく、日本経済の構造的な変化があります。
そしてその変化に対して、「目先の人気取り」よりも「国の体力を強くする方向」を選ぶことが、長期的には大切ではないか、と私は思っています。

消費税の減税は、家計には短期的に助かります。
でも、財源の話と切り離せません。
外国人材の受け入れを遠ざけることは、感情的にはわかる部分もあります。
でも、人手不足の現実から目を背けることにもなります。
日本への投資を増やすには、人、電力、制度、対応力、そして開かれた社会が必要です。

私は税理士として、毎日の仕事の中で「小さな会社の経営と、大きな経済の流れ」がつながっているのを感じています。
経営者の方に「なぜこうなっているのか」を説明するたびに、円安や物価高や人手不足は、「遠い話」ではなく「今日の帳簿の話」だと実感します。

今日からできる一歩:「わが家・わが社の円安チェック」

難しい経済の話を全部理解しなくても大丈夫です。
でも、「自分の生活・事業のどこに影響が出ているか」を知ることは、誰にでもできます。

個人の方へ

最近値上がりしたと感じるものを3つ書いてみてください。
ガソリン、電気代、食品(パン・卵・油)、外食、サブスク代…。
それが輸入やエネルギーに関係しているなら、円安の影響を受けている可能性があります。
その中から、見直せるものが一つでもあるか考えてみてください。

経営者の方へ

直近3ヶ月の仕入れコストと電気代を、1年前と比べてみてください。
売上が横ばいでも、コストが上がっていれば、利益は確実に削られています。
今のコスト構造を把握することが、最初の一歩です。
そして、価格転嫁できていない部分があるなら、「今の値段が適正かどうか」を改めて考えるきっかけにしてみてください。

大きな政治や経済を、今すぐ変えることは誰にもできません。
でも、「これが自分の生活や仕事にどうつながっているか」を知ることは、今日からできます。

円安も、税金も、金利も、人手不足も、難しいニュースの話ではありません。
毎日のレシート、給料袋、仕入れ請求書、採用の困難さ、そこにつながっている話です。

だからこそ、遠ざけずに、「これは自分の話だ」という目で、少しずつ見ていただければと思います。

この記事は、税理士・小林徹が、日々の経営者との対話を通じて感じていることを、一般の方にもわかりやすく伝えることを目的として書いたものです。
経済の予測や政策の提言ではなく、現場から見た考え方の一つとしてお読みください。