株の損益通算と社会保険料の関係
株の損益通算(利益と損失を相殺して税金を安くする手続き)は、投資をされている方にとって、とても大切な「権利」です。
一方で、
「確定申告をすると、かえって社会保険料などの負担が増えるのでは?」
というご不安も、もっともです。
私たち税理士の間でも、これは「申告有利・不利判定」と呼び、とても慎重に検討するポイントです。
ここでは、
- 税務署や市区町村(役所)はどう見るのか
- あなたの場合、申告した方が得なのか・しない方が安心なのか
を整理してお伝えします。
税務署と市区町村の視点:情報の流れがポイント
まずは、「確定申告をすると、どこに情報が流れるのか」を押さえておきましょう。
● 税務署の基本スタンス
「源泉徴収ありの特定口座」で株の売買をしている場合、利益が出ても原則として確定申告の義務はありません(申告不要制度)。
証券会社が、売却のたびに約20%の税金を差し引いて、国に納めてくれているからです。
しかし、あなたが「損益通算をして、払いすぎた税金を取り戻したい」と考えて、自分から確定申告書を提出すると、その情報は税務署からお住まいの市区町村へ自動的に送られます。
税務署のイメージ
「申告するかどうかは納税者の自由。申告があれば内容をチェックして、還付(返金)があればお返しします。」
市区町村のイメージ
「税務署から新しい所得データが届いた。給与以外に株の利益もあるのか。では、所得に連動する保険料や住民税を再計算しよう。」
つまり、「確定申告をする → 市区町村に株の利益の情報が伝わる → 国民健康保険料などに影響するかもしれない」 という流れを理解しておく必要があります。
まずはここを確認:あなたの加入している医療保険
結論が大きく変わるのは、「今、どの公的医療保険に入っているか」 です。
大きく分けて、次の2パターンがあります。
A. 会社の社会保険(健康保険+厚生年金)に加入している場合
- 協会けんぽ
- 会社ごとの健康保険組合
など、会社員の方が入る一般的な社会保険です。保険証に会社名や組合名が入っていることが多いです。
【結論】確定申告をしても、原則として社会保険料は増えません。
理由:社会保険料は、毎年4〜6月の「給与の額(標準報酬月額)」 をもとに決められます。
株の利益は、この計算には入ってきません。
また、あなたが確定申告をしても、
- 税務署 → 市区町村:株の利益の情報が伝わる
- 会社・健康保険組合:株の情報は伝わらない
という流れになります。
会社や健保組合から「保険料を上げてください」と言われることはありません。
たとえば、給与が毎月30万円で、株の売却益が100万円あっても、「社会保険料の計算に使う給与のランク」は変わりません。
この場合は、損益通算による税金の還付(戻り)が、そのままメリットとして受け取れる可能性が高いです。
B. 国民健康保険(国保)に加入している場合
- 個人事業主の方
- 退職後で、国民健康保険に切り替えた方
- 会社員でも、何らかの事情で社保ではなく国保に入っている方
などが該当します。
【結論】確定申告をすると、国民健康保険料(国保税/国保料)が増える可能性が高いです。
理由:国保の保険料は、前年の「総所得金額等」 をもとに計算されます。
株の利益を確定申告すると、その利益も所得としてカウントされ、国保の保険料が上がるおそれがあります。
たとえば、給与所得だけのときと比べて、株の利益で所得が50万円増えると、その50万円分にも国保料がかかるイメージです。
そのため、
- 還付で戻ってくる税金
- それによって増える国保料
を比較して、「どちらが得か(どちらが損か)」を判断することになります。
実務上は、「申告しない(申告不要を選ぶ)方がトータルで無難」 というケースも少なくありません。
「会社の社会保険だから安心」でも、ここだけはチェック
ここから先は、「あなたは会社の社会保険に加入している現役の会社員」 という前提でお話しします。
社会保険料そのものは上がらないのですが、確定申告をすることで「合計所得金額」 が増えます。
その結果、次のような制度に影響することがあります。
配偶者控除・配偶者特別控除の所得制限
あなたに配偶者がいて、年末調整や確定申告で「配偶者控除」または「配偶者特別控除」を使っている場合、あなたの合計所得金額が1,000万円を超えると、これらの控除が受けられなくなったり、減ったりします。
たとえば、給与だけで年収900万円前後あり、株の利益を申告すると所得が100万円以上増えるような場合は要注意です。
住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)の所得制限
住宅ローン控除を利用している方は、その年の合計所得金額が一定額以下であることが条件になっています。
この条件を満たさないと、その年は住宅ローン控除が使えません。
- 一般的なケース:合計所得金額2,000万円以下
- 特例(床面積40㎡以上50㎡未満の住宅など):合計所得金額1,000万円以下
株の利益が大きく、給与と合わせてこれらのラインを超えてしまいそうなときは、
- 株の利益をあえて申告しない(損益通算をあきらめる)
- 住宅ローン控除を優先する
という判断になる場合もあります。
特に、床面積が小さめの住宅(40㎡台)を購入された方は、所得制限が1,000万円と厳しくなっているため、注意が必要です。
正確な条件は入居年や住宅の種類によって異なりますので、最新の制度を税務署にご確認ください。
児童手当について(2024年10月から所得制限は撤廃されました)
以前は、児童手当にも所得制限があり、「株の利益を申告すると手当が減るのでは?」というご心配がありました。
しかし、2024年10月の制度改正により、児童手当の所得制限は撤廃されました。
現在は、所得の多い・少ないにかかわらず、要件を満たす方には児童手当が支給されます。
したがって、株の確定申告をしても、児童手当には影響しません。
これは、投資をされている子育て世帯にとって、安心できる変更点といえます。
「配偶者の社会保険の扶養」は外れません
ご質問の中で特に気にされていたのが、
「自分が株の確定申告をすると、配偶者が自分(ご主人)の社会保険の扶養から外されてしまうのでは?」
という点でした。
ここははっきり申し上げますと、ご主人(あなた)が株の申告をしても、配偶者が社会保険の扶養から外れることはありません。
● 社会保険の「扶養」の条件
健康保険の扶養に入る条件は、主に次の2つです。
- 被扶養者(配偶者)の年収が、おおむね130万円未満であること
- 被扶養者(配偶者)の年収が、被保険者(あなた)の年収の2分の1未満であること
今回、株の売却益などで所得が増えるのは「あなた(被保険者)」の側です。
配偶者の収入は変わりません。
配偶者の年収:変わらず130万円未満
あなたの年収:株の利益分だけ増える
そうすると、条件「2」の「配偶者の年収が、あなたの年収の半分未満」という要件は、むしろより確実に満たされる方向になります。
たとえば、あなたの年収が500万円から600万円に増えたとしても、配偶者の年収が100万円のままであれば、「配偶者の年収 < あなたの年収の半分」の関係は続きます。
したがって、「ご主人の株の利益が増えたから、配偶者を扶養から外します」と会社や健康保険組合から言われることは、制度上ありませんので、ここは安心していただいて大丈夫です。
「扶養」という言葉の落とし穴(税金上の扶養は別モノ)
ただ、「扶養」という言葉には、実は2種類あります。
- 社会保険の扶養(保険証の話)
- 税金の扶養(配偶者控除・扶養控除など、所得税の話)
今回のご相談では、
- 「保険証としての扶養」 → 影響なし(外れません)
- 「税金上の扶養控除」 → あなたの所得が増えることで影響が出る可能性あり
という整理になります。
先ほど触れたように、あなたの合計所得金額が1,000万円を超えると、配偶者控除などが受けられなくなったり減ったりすることがあります。
つまり、
- 配偶者の保険証(社会保険の扶養)は変わらない
- ただし、あなたの税金計算上の「配偶者控除(38万円など)」が消える・減る可能性はある
というイメージです。
とはいえ、実務上は、損益通算で戻る税金(還付)の額と、配偶者控除が減ることで増える税金を比べると、還付の方が大きいケースも多く、「申告するメリットがなくなる」わけではありません。
住民税と国保への影響(昔の「裏技」はほぼ使えない時代に)
以前は、
「所得税は確定申告をして還付を受ける」
「でも住民税は、株については申告不要にして、国保などへの影響を避ける」
というやり方(所得税と住民税で課税方式をあえて変える方法)が、ある種の「裏技」として使われていた時期もありました。
しかし、法改正により、確定申告をすれば、その内容は原則として住民税にも反映される形になっています。
それに連動して、国保などの計算にも使われるのが基本です。
細かい取り扱いは市区町村によって異なる部分もありますので、心配な場合はお住まいの役所で最新のルールをご確認ください。
まとめ
ここまでの内容を整理すると、次のようになります。
【前提】
- あなたは会社の社会保険(協会けんぽや組合健保など)に加入している会社員
- 配偶者は、ご主人の社会保険の扶養(保険証) に入っている
【この前提であれば】
- 健康保険料・厚生年金保険料が増える心配はありません
- 配偶者が社会保険の扶養から外される心配もありません
- 児童手当への影響もありません(2024年10月から所得制限が撤廃されたため)
【影響が出る可能性があるのは】
- あなたの所得が1,000万円を超える場合の「配偶者控除」
- 所得が1,000万円または2,000万円を超える場合の「住宅ローン控除」(住宅の種類により異なる)
上記の「高所得のライン」にかからなさそうであれば、損益通算のために確定申告をすることをおすすめします。
株の売却益に対する税金(約20%)は、金額が大きくなれば数十万円単位になることもあります。
過去の損失や今年の損失と相殺できるのであれば、その分の税金が戻ってくる可能性があります。
この権利を使わずにいるのは、やはりもったいないと言えます。
具体的な次の一歩
確定申告の準備として、まずは次の書類をご用意ください。
「特定口座年間取引報告書」
証券会社から年明けに郵送されるか、ネット証券の場合はサイト上でダウンロードできます。
この書類に、
- 1年間の株の売却益・損失
- 配当金や分配金
などがまとまっています。
これをもとに、確定申告書の「分離課税用」の欄に入力し、損益通算・繰越控除の計算を行います。
ひとまず、
- 社会保険料が上がる
- 配偶者の社会保険の扶養から外れる
という一番大きなご不安については、「心配しなくて大丈夫なケース」 であることがお伝えできたかと思います。
あとは、ご自身の収入が、配偶者控除や住宅ローン控除の所得制限にかかりそうかだけを確認しながら、損益通算でどれくらい税金が戻るかを試算してみてください。






