旅館代の会社負担と給与課税
社員の福利厚生として、会社が「海の家」や「山の家」といった保養施設を用意しているケースがあります。
社員が気軽に休暇を楽しめる場所を会社が整えることは、働きやすい職場づくりの一つの方法です。
ただ、保養施設を自社で持つとなると、建物のメンテナンスや維持費、管理の手間がかかります。
そこで近年では、「特定の旅館やホテルと契約し、社員が割引料金で利用できるようにする」という方法を選ぶ会社も増えています。
では、こうした制度を使って会社が旅館代の一部を負担した場合、その金額は社員の「給与」として扱われ、税金がかかるのでしょうか。
この記事では、中小企業の経営者の方や総務・経理担当の方に向けて、この疑問をわかりやすく解説します。
結論:原則として給与課税しなくてよい
先に結論をお伝えすると、会社が社員の福利厚生のために特定の旅館と契約し、利用料金の一部を負担する場合、その会社負担分は原則として社員の給与として課税する必要はありません。
少し意外に思われるかもしれませんが、これには合理的な理由があります。
会社が旅館と契約して社員に割引利用させる仕組みは、「会社が保養施設を自前で持っている場合」と実質的に同じ性質のものと考えられています。
建物を自社で所有しているか、外部の旅館と契約しているかの違いはあっても、「会社が社員の休養のために場所を提供している」という目的は同じです。
つまり、これは会社が社員に対して福利厚生サービスを提供していると見なされるため、給与ではなく「福利厚生費」として処理できるわけです。
実務上、非常に重要な区別があります
ここで一つ、実務において見落とされやすい、しかしとても大切な区別をお伝えします。
一口に「会社が旅館代の一部を負担する」といっても、その”形式”によって税務上の扱いがまったく異なります。
一つ目は、会社が特定の旅館と契約し、会社が直接旅館へ代金を支払い、社員から差額(本人負担分)を事前に回収するかたちです。
この場合は原則として給与課税なしとなり、福利厚生費として処理できます。
二つ目は、社員が自由に任意の旅館を選び、宿泊後に会社が現金補助・精算払いをするかたちです。
この場合は給与課税ありとなり、旅行手当・現金給付として扱われます。
「どうせ同じような内容なのでは?」と思われるかもしれませんが、税務上は「会社が制度として場所を用意しているか」「社員が自由に現金を受け取っているか」という点で明確に区別されています。
後者のように、社員が自分で旅館を選んで後から会社が費用を補助する形は、実質的に「現金を渡しているのと同じ」とみなされ、給与として所得税・住民税の対象になります。
せっかく社員思いで費用を負担しているのに、形式を間違えると税負担が生じてしまいます。
「会社が特定の旅館と直接契約する」というかたちにこだわることが大切です。
具体的な仕組みをイメージしてみましょう
少し具体的な数字を使って、この制度がどのように動くのかを見てみましょう。
たとえば、社員が契約旅館を利用するときの割引後の料金が1泊2万円(A)だとします。
そのうち、会社が1万円(B)を負担し、社員は残りの1万円(A-B)を会社にあらかじめ支払うという流れです。
そして会社は、旅館から3か月ごとに利用人数分の請求を受け、まとめて支払います。
このケースで、会社が負担した1万円(B)については、通常は社員の給与として扱わなくてよいと考えられます。
社員から見れば「お得に泊まれた」と感じる部分ですが、それは会社が「福利厚生」として提供しているサービスの価値であって、お給料の一部ではないという整理です。
給与課税されてしまうケースとは?
「原則として給与課税しなくてよい」とはいっても、運用の仕方によっては課税対象になる場合があります。
代表的なパターンを2つご紹介します。
注意点①:会社の負担額が著しく高い場合
福利厚生は、あくまで社員全体のために設けられた一般的な制度です。
そのため、会社の負担額が社会常識から見て「これは個人的な利益ではないか」と疑われるほど高額になっている場合は、給与として課税される可能性があります。
たとえば、1泊10万円を超えるような高級旅館の宿泊費のほとんどを会社が負担しているようなケースは、「通常の保養目的の範囲を超えている」と税務署から見なされる可能性があります。
明確な金額の上限が法令で定められているわけではありませんが、一般的な保養目的として違和感のない水準に設定することが大切です。
注意点②:役員だけが利用できる制度になっている場合
もう一つ、特に注意が必要なのが利用対象者の問題です。
この割引制度が一般の社員も利用できるものであれば、福利厚生として認められやすくなります。
しかし、役員だけが利用できる制度になっている場合は話が変わります。
この場合、会社が負担した金額は「福利厚生費」ではなく、役員への給与(役員報酬)として課税の対象になります。
福利厚生とは、文字どおり「社員全員の福祉と利益のための制度」です。
一部の人だけ、とりわけ役員だけが得をする制度になっていると、税務上は「それは役員への特別な利益提供では?」と見られてしまいます。
役員も含めて全社員が利用できる制度にすることが、税務上のリスクを避けるうえで大切なポイントです。
消費税と経理処理の注意点
この制度は、消費税の観点でも正しく理解しておく必要があります。
経理担当者の方はとくに確認しておきましょう。
会社が旅館に支払う料金について
会社が旅館に支払う利用料には消費税が含まれています。
これは課税仕入れに該当するため、原則として仕入税額控除の対象となります。
つまり、会社が支払った消費税の一部を、申告の際に差し引くことができるということです。
消費税の申告をしている会社(課税事業者)であれば、この処理を正しく行うことで、過大な消費税負担を避けられます。
社員から回収する差額について
一方、社員から事前に回収する本人負担分(A-B)については、消費税法上の課税売上に該当します。
これは少し意外に感じるかもしれませんが、会社が旅館の利用機会を社員に提供し、その対価として金銭を受け取っている取引として整理されるためです。
したがって、社員から受け取る金額には消費税が含まれているものとして処理する必要があります。
このように、旅館への支払いは課税仕入れ、社員からの回収は課税売上という二面性があります。
どちらも消費税申告に影響しますので、経理担当者は顧問税理士と連携しながら正確に処理することをおすすめします。
税務調査で確認されやすい点
この種の福利厚生制度は、税務調査の際に確認されることがあります。
特に以下の書類や記録は、日ごろから整えておくと安心です。
まず、旅館との契約書です。
どのような条件で割引が適用されるのかが明記されているかを確認しておきましょう。
次に、利用規程や社内規則です。
誰でも利用できることが明記された内容になっているかが重要です。
また、誰がいつ利用したかという利用実績の記録も大切です。
役員だけが繰り返し利用しているような実態があると、福利厚生としての実態を疑われることになりかねません。
さらに、社員からの本人負担金の受領記録も必要です。
会社負担と本人負担が明確に分かれていることを示す証拠として機能します。
「制度を設けている」だけではなく、「実際に社員全体が公平に利用できている」という事実を記録として残しておくことが、万が一のときの備えになります。
まとめ:「形式」「全員対象」「常識的な金額」の3点が鍵
ここまでの内容を整理します。
会社が自社保養施設の代わりに旅館と直接契約し、社員が割引料金で利用できるようにしたうえで、会社がその一部を負担する場合、原則として、その会社負担分を社員の給与として課税する必要はありません。
ただし、制度の設計や運用を誤ると課税リスクが生じます。
社員が任意の旅館を自由に選んで後から精算する現金補助のかたちは給与として扱われます。
また、会社の負担額が社会常識を大きく超えて高額である場合や、役員だけが利用できる制度になっている場合も、給与課税の対象となる可能性があります。
安心して運用するための鍵は3つです。
一つ目は、会社が特定の旅館と直接契約し、費用も会社が直接支払う形にすることです。
社員への現金補助や後払い精算は「手当」として給与扱いになります。
二つ目は、社員全体が公平に利用できる内容にすることです。
役員だけを対象にした制度は、税務上「給与」と見なされるリスクがあります。
三つ目は、会社の負担額を常識的な範囲におさめることです。
「福利厚生」の名目であっても、金額が過大であれば課税リスクが生じます。
また、消費税についても「旅館への支払いは課税仕入れ」「社員からの回収は課税売上」という二面性があるため、経理処理は顧問税理士と確認しながら進めることをおすすめします。
福利厚生は、社員にとってうれしい制度である一方、形式や運用を誤ると思わぬ課税問題が生じることもあります。
この記事は作成時点の情報に基づいています。
税制は年度によって改正されることがありますので、実際の適用に際しては最新の情報をご確認ください。
個別の判断が必要なケースについては、税務署にご相談ください。






