フランスの高校生デモは「教育問題」だけではない。財政・国債・ユーロがつながる理由
フランスで、高校生を中心とした大規模な抗議デモが広がっています。
9月下旬にパリ周辺の高校で始まった抗議は、10月に入ると全国へ広がりました。
10月2日には、全国に約3,700ある高校のうちおよそ400校が休校になったと報じられています。
警察との衝突も各地で起き、身柄を拘束された生徒は3,000人近くにのぼるとされています。
きっかけになったのは、学校現場をめぐる問題です。
先生が足りない。
学校で働く職員が足りない。
教室に生徒が詰め込まれている。
校舎や設備が古い。
朝から夕方までびっしり詰まった時間割や、大学進学の仕組みへの不満も聞かれます。
若い人たちにとって、これはとても身近な問題です。
学校は毎日通う場所です。
そこで先生が足りなかったり、教室の環境が悪かったりすれば、「国は自分たちの将来を本当に大切にしているのだろうか」と感じる人が出てきても不思議ではありません。
しかし、今回の動きを単なる教育問題として見るだけでは、フランスで起きていることの全体像を見失ってしまうように思います。
その背景には、フランスが抱える財政問題、政治への不信、物価や住宅をめぐる不満、そしてこれからの社会を誰が支えるのかという世代間の問題が重なっているからです。
さらに重要なのは、こうした社会の不満が、フランス国債やユーロといった金融市場の問題ともつながり始めていることです。
実際、デモが広がったのと同じ時期に、フランスの10年物国債の利回りは一時5%前後まで上昇し、2002年以来の高い水準をつけました。
今回は、その関係を少し長い目で考えてみたいと思います。
デモだけを見ていては分からないこと
生徒たちが教育環境の改善を求めて街に出る。
この出来事だけを取り上げれば、「若者が学校への不満を訴えている」という話に見えます。
もちろん、それ自体も大切な問題です。
しかし社会が大きく揺れるとき、きっかけになった問題と、最終的に人々が怒っている問題が同じとは限りません。
最初は教育問題だったものが、「生活が苦しい」「家を借りるのも大変だ」「若い世代の仕事が安定しない」「税金や社会保険の負担が重い」「政治家は自分たちの生活を分かっていない」といった別の不満と結びつくことがあります。
こうなると、教育政策を手直しするだけでは終わらなくなります。
大切なのは、デモの人数そのものよりも、立場の違う人たちが一つの不満のもとに集まり始めるかどうかです。
今回も、生徒を守るように警察との間に立つ先生たちの姿が伝えられています。
生徒だけでなく、教員、労働組合、公共部門の職員、生活費に苦しむ人たちまで加わるようになれば、運動の性格は大きく変わります。
「学校を良くしてほしい」という要求が、「今の政治そのものを変えてほしい」という要求に変わる可能性があるからです。
ここは今後、注意深く見ていく必要があると思います。
フランスは教育にお金を使っていないのか
ここで一つ、誤解しないようにしたい点があります。
教育への不満が高まっているからといって、フランスが教育にお金を使っていないわけではありません。
むしろフランスは、政府が経済の中で非常に大きな役割を担っている国です。
国民が納める税金と社会保険料の合計は、国内総生産(GDP、国全体で1年間に生み出された価値の合計)の4割を超え、先進国の中でも最も高い水準の一つです。
教育、医療、年金、雇用支援、失業対策、住宅、エネルギー支援など、国が負担している分野は数多くあります。
問題は、お金を使っているかどうかだけではありません。
限られた予算を、どこへ、どのように配分するのかです。
国の財布を、一つの大きな家庭の財布として考えてみると分かりやすいかもしれません。
食費も、住宅費も、医療費も必要です。
子どもの教育費も、高齢の家族の生活費も必要です。
さらに借金があれば、その返済も欠かせません。
収入が十分に増えない中で、すべての支出を増やすことはできません。
何かを増やせば、別の何かを減らさなければならなくなります。
今のフランスが抱えている難しさは、まさにそこにあります。
高齢化が進めば、年金や医療への支出は減らしにくくなります。
国際情勢が不安定になれば、防衛や安全保障にもお金が必要です。
エネルギー価格が上がれば、生活支援を求める声も強まります。そこへ借金の利払いも増えてきます。
その結果、若者や教育への支出が「十分ではない」と感じられる場面が増えていくのです。
若い人たちからすれば、「税金はたくさん集めているのに、なぜ先生が足りないのか」「なぜ校舎や設備が古いままなのか」という疑問が生まれます。
これは単なる予算の問題ではありません。国への信頼の問題です。
怖いのは「負担は重いのに暮らしが良くならない」という感覚
政治にとって、非常に難しいのがこの部分です。
人は必ずしも、政府の予算書を読んで怒るわけではありません。
財政赤字が何%か、国債残高がいくらか、教育予算がGDPの何%か。
そうした数字を毎日気にしながら生活している人は多くないでしょう。
人が不満を感じるのは、もっと日常的なことです。
教室が暑い。
先生がいない。
病院の待ち時間が長い。
家賃が高い。
電気代が上がった。
食料品が高い。
仕事が安定しない。
こうした小さな不満が積み重なり、あるところまで来ると、「自分たちはたくさん負担しているのに、なぜ生活は良くならないのか」という感覚に変わります。
この状態になると、政府が「財政が厳しいので我慢してください」と説明しても、なかなか納得してもらえません。
むしろ「これだけ払っているのに、まだ我慢しろと言うのか」という反発が生まれることがあります。
ここから、財政問題が政治問題へと変わっていきます。
フランス政府を挟み込む二つの圧力
今のフランスを考えるうえで最も重要なのは、政府が二つの方向から圧力を受けていることだと思います。
一つは金融市場です。
国の借金が増え続ければ、国債を買う投資家は心配になります。
「この国は本当に借金を減らせるのだろうか」「将来もきちんと返してもらえるのだろうか」。
そう考える人が増えれば、国債を買ってもらうために、より高い金利をつけなければなりません。
金利が上がれば利払いが増え、教育や医療に回せるお金が減ります。
だから金融市場は、財政赤字を減らし、政府の支出を見直すよう求めます。
フランスの財政赤字は、2026年にGDP比5.4%程度になる見込みとされ、EUが目安とする3%を大きく上回っています。
政府は2027年の予算で赤字を5%まで縮めようとしていますが、その中身は歳出の抑制が中心です。
ところが、もう一つの圧力があります。
国民です。
国民からは、「学校の予算を削らないでほしい」「病院を減らさないでほしい」「年金を減らさないでほしい」「生活支援を減らさないでほしい」という声が上がります。
つまり政府は、支出を減らせば国民が怒り、支出を増やせば市場が不安になる、という板挟みの状況に置かれているのです。
財政問題は「赤字の大きさ」だけでは決まらない
国の財政について考えるとき、多くの人は借金の額に目を向けます。
もちろん借金の大きさは重要です。
しかし私は、それ以上に重要なのが「政府が必要な改革を実行できるかどうか」だと考えています。
例えば、財政を立て直すために、年間100のお金を減らす必要があるとします。
理屈の上では、年金、医療、教育、補助金、行政をそれぞれ20ずつ減らせば合計100になります。
しかし実際の政治は、そんなに簡単ではありません。
年金を減らせば高齢者が反発します。
医療を減らせば患者や病院が、教育を減らせば生徒や保護者が反発します。
補助金を減らせば企業や生活者が、行政を減らせばそこで働く人たちが反発します。
それぞれの支出には、それを必要としている人がいます。
選挙を考えれば、政府は簡単には削れません。
しかもフランスの議会は、2024年の解散総選挙以降、どの勢力も過半数を持たない状態が続いています。
予算を一つ通すだけでも綱渡りで、首相の交代も相次ぎました。
すると金融市場は、「この国は借金が多いだけでなく、減らすこともできないのではないか」と考え始めます。
ここから問題が深刻になります。
財政問題で本当に怖いのは、借金が多いことだけではありません。
借金を減らすための政治の力が失われることです。
金利の上昇が問題をさらに大きくする
財政が不安視されると、国債の金利が上がります。すると国が負担する利払いが増えます。
家計にたとえてみましょう。
これまで100万円の借金に年1万円の利息で済んでいたものが、年3万円必要になったとします。
差額の2万円は、ほかの支出を削って捻出しなければなりません。
国も同じです。利払いが増えるほど、政策に自由に使えるお金は減っていきます。
そこで政府はさらに支出を減らそうとします。
しかし支出を減らせば国民の不満が強まり、デモやストライキが増え、政権が不安定になります。
すると投資家は「この政府は本当に財政改革を進められるのか」とさらに心配し、国債金利がまた上がります。
そして利払いがさらに増えます。
ここまで来ると、問題は少しずつ自分自身を大きくしていきます。
これが、財政と政治が悪い方向につながったときの怖さです。
ユーロの問題も無関係ではありません
フランスはユーロを使っています。
そのため、フランスだけを見て通貨の価値が決まるわけではありません。
ユーロ圏全体の景気や物価、欧州中央銀行の政策、ドイツやイタリアなど他国の状況も関係します。
ですから、フランスでデモが起きたからといって、それだけでユーロが大きく下落すると考えるのは単純すぎるでしょう。
ただし、ユーロ圏で2番目に経済規模の大きいフランスの財政や政治への不安が強まれば、ユーロ全体を見る投資家の気持ちに影響することはあります。
投資家が気にするのは、一つ一つのニュースそのものではありません。
「この問題が今後も続くのではないか」という流れです。
財政赤字が大きい。
国債金利が上がる。
政府が支出を減らそうとする。
国民が反発する。
政権が弱くなる。
改革が進まない。
その結果、財政への不安がさらに強まる。
こうした流れが見えてくると、通貨も影響を受けやすくなります。
今回のデモを為替の材料として直接見る必要はありませんが、「財政改革が政治的にどれほど難しいのか」を示す出来事として見る意味はあると思います。
中央銀行でも解決できない問題があります
金融市場が不安定になると、多くの場合、中央銀行が注目されます。
中央銀行は金利を動かしたり、国債市場を落ち着かせたりする大きな力を持っています。
ユーロ圏の欧州中央銀行にも、特定の国の国債が行き過ぎて売られたときに買い支える仕組みがあります。
ただし、この仕組みを使うには、その国が健全で持続可能な財政運営をしていることが条件とされています。
フランスは現在、EUから財政赤字が大き過ぎるとして是正を求められている立場にあり、無条件に助けてもらえるとは言い切れません。
そして何より、中央銀行にもできないことがあります。
国民に「この歳出削減を受け入れてください」と命令することはできません。
生徒に「先生が足りなくても我慢してください」と言うこともできません。
年金を受け取っている人に、給付の削減を受け入れるよう強制することもできません。
中央銀行が扱えるのは、主に「お金」の問題です。
しかし社会の不満は「納得」の問題です。
この二つは違います。
財政問題が数字だけの段階なら、金融政策で時間を稼ぐことはできるかもしれません。
しかし政治や社会の問題にまで広がると、中央銀行だけでは解決できなくなります。
ここが、今回のフランス情勢を見るうえで大切なところだと思います。
若い世代が感じている「自分たちの番が来ない」という不満
今回の動きには、世代の問題も含まれているように思います。
これはフランスだけの問題ではありません。
ヨーロッパでも日本でも、多くの先進国で似た問題が起きています。
高齢化が進むと、政府は年金や医療に多くのお金を使う必要があります。
一方で若い世代には、住宅価格の上昇、安定した仕事の減少、教育費、将来の年金への不安、税や社会保険料の負担などがのしかかります。
その結果、「自分たちは上の世代を支えるために多くを負担しているのに、同じ年齢になったとき、同じものを受け取れるのだろうか」という疑問が生まれます。
これは非常に大きな問題です。
世代間の信頼が失われると、社会保障制度そのものへの支持が弱くなってしまうからです。
若者が教育環境への不満から動き始めたとしても、その背景にこうした感覚があるなら、問題は学校の中だけでは収まりません。
「自分たちは、将来のための十分な投資を受けていない」という不満へ発展する可能性があります。
政治は「右か左か」だけでは説明できなくなっています
こうした状況では、政治も複雑になります。
選挙ではよく、右派か左派か、保守か革新か、という分け方をします。
しかし最近は、それだけでは説明しきれない動きが増えています。
むしろ、「今の政治を続けたい人」と「今の政治そのものを変えたい人」という対立が強まることがあります。
政治家、官僚、金融関係者、大企業などを「自分たちとは違う世界の人たち」と感じる人が増えると、既存の政党への反発が強くなります。
すると、支持は一方向には流れません。
右派の国民連合のように強い主張を掲げる政党へ向かう人もいれば、左派の「不服従のフランス」のような急進的な勢力へ向かう人もいます。
どちらでもない新しい勢力を支持する人もいるでしょう。
共通しているのは、「今までの政治では自分の生活は良くならない」という気持ちです。
これが強くなるほど、既存の政治は不安定になります。
大統領選は国内政治だけの問題ではありません
フランスでは2027年春に大統領選挙が予定されています。
マクロン大統領は憲法の規定で3期連続の立候補ができないため、新しい大統領が選ばれることになります。
今回のデモも、すでに選挙の争点になりつつあると報じられています。
外国の大統領選は、通常であればその国の国内問題のように見えます。
しかしフランスの場合は少し違います。
フランスはEUの中心国の一つで、経済規模も大きく、EUの政策にも強い影響力を持っています。
フランスの政治が大きく変われば、ヨーロッパ全体にも影響が及びます。
例えば、新しい政権が財政支出を大幅に増やす政策を打ち出せば、国債市場がどう反応するかが問題になります。
逆に財政再建を強く進めれば、国内の反発がさらに強まるかもしれません。
EUとの関係についての考え方が変われば、欧州全体の制度にも影響します。
ですから、これからのフランスの選挙は「誰が大統領になるのか」だけを見るのでは不十分です。
その候補者が財政をどう立て直すのか。
公共サービスや年金をどうするのか。
若い世代への支援をどう考えるのか。
EUとの関係をどうするのか。
こうした政策をあわせて見る必要がありますし、市場も同じところを見ているはずです。
1968年と単純に重ねる必要はありません
フランスでは過去にも、学生運動や社会運動が政治を大きく揺さぶったことがあります。
よく知られているのが、1968年の「五月革命」です。
そのため今回の動きを、過去の大きな社会運動と重ねて見る人が出てくるのも理解できます。
ただ私は、今の段階で「歴史の繰り返し」と考える必要はないと思います。
時代背景が違うからです。
1968年の運動には、政治思想、社会制度、国際情勢、文化の変化など、非常に大きなテーマがありました。
現在の不満は、もっと生活に近いところから生まれています。
学校、住宅、物価、仕事、年金、公共サービス、税金といった問題です。
それでも共通点が一つあるとすれば、小さな不満が社会全体への不満に変わることがある、という点です。
最初は学校の問題だった。
次に政府の予算配分への不満になった。
さらに政権への不満になり、最後には社会の仕組みそのものへの不満になった。
こうした変化が起きるかどうかが重要です。
「過去と同じことが起きる」と考えるより、「教育問題が政治全体への不信へと変わっていくのか」を見たほうがよいと思います。
一部の暴力だけで全体を判断しないことも大切です
大規模なデモが起きると、どうしても目立つのは、火の手が上がる場面や警察との衝突です。
映像として強いため、ニュースでも取り上げられやすくなります。
しかし、参加者全体を暴力的な集団だと考えるのは適切ではありません。
大きな集まりには、平和的に要求を訴える人もいれば、一部には過激な行動に出る人もいます。
ここは分けて考える必要があります。
政府にとっても、対応は難しいものになります。
治安を守るために厳しく対応すれば、「政府は若者の話を聞かず、警察の力で抑え込もうとしている」と受け止められかねません。
実際、野党の一部からはすでにそうした批判が出ています。
逆に対応が弱すぎれば、「政府は街の秩序を守れない」という別の不満が出てきます。
つまり、デモへの対応そのものが、さらなる政治問題になりやすいのです。
別々に見えていた問題が一本につながります
ここまで見てくると、フランスで起きているいくつかの出来事が一本の線でつながってきます。
国の借金が多いため、財政への不安が強まる。
国債の金利が上がり、利払いの負担が増える。政府は支出を減らさざるを得なくなる。
しかし支出を減らせば、教育や公共サービスへの不満が出て、国民の反発が強まる。政治が不安定になり、財政改革が進まなくなる。
すると国債市場がさらに心配し、金利がまた上がる。
こうした循環です。
ここに通貨の問題も加わります。
政治や財政への不安が強まれば、その国や地域の通貨を見る目も厳しくなる可能性があります。
もちろん為替は多くの要因で動くので、フランスだけですべてを説明することはできません。
しかし、財政、国債、政治、社会不安、通貨が、もはや別々の問題ではなくなってきていることは、意識しておいたほうがよいと思います。
最も危ないのは「誰も譲れない状態」です
私が今のフランスを見ていて一番気になるのは、「誰も簡単には譲れない」状態になっていることです。
政府は財政を立て直さなければなりません。
投資家は財政規律を求めます。
若者は教育への投資を求めます。
高齢者は年金を守りたいと考えます。
医療現場は人員や予算を求めます。
働く人たちは生活水準を守りたいと考えます。
企業は、税負担が増えすぎれば競争力を失います。
どの主張にも、それなりの理由があります。
だからこそ難しいのです。
誰か一人が間違っているのであれば、その人の考えを改めてもらえば済みます。
しかし全員にそれぞれ正しい理由があり、その要求を全部かなえるだけのお金がない。
これが、今の先進国が抱える非常に大きな問題ではないでしょうか。
フランスだけの話として見ないほうがよいと思います
そして、この問題はフランスだけのものではありません。
日本にも似たところがあります。
高齢化、社会保障費の増加、国の借金、若い世代の負担、教育や子育てへの支出、防衛費、インフラの老朽化、物価の上昇。
どれも限られた予算の中で優先順位をつけなければならない問題です。
私たちは「税金を上げないでほしい」と考えます。
同時に、「医療を減らさないでほしい」「年金を減らさないでほしい」「教育を充実させてほしい」「子育て支援を増やしてほしい」とも考えます。
しかし国の財布には限りがあります。
これはどの先進国でも避けにくい問題です。
ですから私は、フランスで起きていることを遠い国の社会運動として見るだけではなく、「社会保障の手厚い国が、財政の限界に近づいたときに何が起こるのか」を知る一つの例として考えています。
今後見るべきなのはデモの人数だけではありません
今後のフランスを見るうえで、いくつか注目したい点があります。
まず、生徒以外へ運動が広がるのかどうかです。
教員や労働組合だけでなく、ほかの公共部門や一般の働く人まで参加するようになれば、問題は大きくなります。
次に、政府がどこまで譲歩するかです。
教育への支出を増やしたり、公共サービスの改善策を打ち出したりすれば、社会の不満を和らげる効果はあるでしょう。
しかし、そのために大きな追加支出が必要になれば、財政面で新たな問題を抱えることになります。
さらに、国債金利の動きです。
社会不安が高まっても国債市場が落ち着いているなら、投資家はまだ大きな危機とは見ていないと考えられます。
反対に、社会不安と同時に金利の上昇や、ドイツ国債との金利差の拡大が進むようであれば、市場の警戒が一段強まったと受け止めるべきでしょう。
そして最後に重要なのが、2027年の大統領選挙です。
若い人たちや既存の政治に不満を持つ人たちが、どこへ票を入れるのか。
これがフランスの政策だけでなく、欧州全体の先行きを左右する可能性があります。
数字を直せない政治になったとき、財政問題は深刻になる
フランスの問題を「財政赤字が大きい国」という一言で理解するのは、少し違うと思います。
本当に問われているのは、「財政赤字を減らす必要は分かっているのに、社会がそのための負担を受け入れられるのか」ということです。
国の借金の大きさは計算できます。
支出をいくら減らせばよいか、税収をどれだけ増やせばよいかも計算できます。
しかし、誰の給付を減らすのか。
誰の税金を増やすのか。
誰に我慢してもらうのか。
ここから先は数学ではなく、政治の領域です。
そして政治とは、多くの人が納得できる答えを探す作業です。
その納得が失われたとき、数字の上では正しい政策でも実行できなくなります。
私は、財政問題が本当に怖くなるのはこの段階だと考えています。
借金が増えたときではありません。
政府が、その借金を減らすための政策を実行できなくなったときです。
おわりに
今回のフランスのデモを見ていると、金融市場のニュースと社会のニュースは、実は別々のものではないことがよく分かります。
学校に先生が足りない。
校舎の環境が悪い。
若い人が怒る。
これだけを見れば、教育問題です。
しかしその背景をたどっていくと、国の支出、社会保障、財政赤字、国債金利、政治への不信、世代間の問題、そして通貨へとつながっていきます。
今のところ、フランスが大きな危機に向かっていると断定する必要はないと思います。
一つのデモだけで将来を決めつけるのも適切ではありません。
ただし、財政への不安、国債市場の警戒、通貨への不安、そして国内の社会的な不満が同じ時期に重なっていることは、軽く見ないほうがよいでしょう。
これから大切なのは、「デモに何人集まったか」だけを見ることではありません。
どんな人たちが合流するのか。
政府はどこまで支出を増やし、どこまで歳出を減らせるのか。
国債市場はその政策をどう受け止めるのか。
そして有権者が次の選挙で何を選ぶのか。
こうした動きを一つの流れとして見ることです。
財政は数字です。
しかし、その数字を直すのは政治です。
そして政治を動かすのは、最後は人々の納得です。
その意味で、これからフランスを見るときには、国債金利やユーロの動きだけではなく、若い世代を含めた社会の空気にも目を向ける必要があると思います。
フランスで今起きていることは、単なる若者の抗議運動でも、単なる財政問題でもありません。
「国の財政を守ること」と「国民の暮らしを守ること」を、どう両立させるのか。
その難しい問いが、少しずつ表面に出てきているのではないでしょうか。



