ホルムズ海峡の混乱は、なぜ3か月後の電気代に表れるのか 中東の変化と中小企業の備え

中東で起きている大きな変化は、なぜ日本の暮らしにも関係するのでしょうか

2026年の春以降、中東をめぐるニュースを耳にしない日はほとんどなくなりました。
2月末に米国とイスラエルがイランを攻撃し、その後、ペルシャ湾の出入口にあたるホルムズ海峡では船への攻撃が相次いで、通る船が大きく減りました。
石油の多くを中東に頼る日本では、ガソリン代や電気代の行方が気になっている方も多いのではないでしょうか。

ただ、目の前の衝突だけを追いかけていると、見えにくくなる変化があります。
それは、中東の国々が、これまで以上に自分たちの判断で協力相手を選び、国の安全や経済の将来を守ろうとしていることです。

これは、どこか一つの国が新しく中東の中心になる、という単純な話ではありません。
多くの国が、ときには協力し、ときには競い合いながら、複雑な関係を築いていくということです。
こうした動きが続けば、中東の政治だけでなく、世界のお金の流れや企業の投資先も変わっていくと考えられます。

今回は、その変化をできるだけ身近な言葉で整理し、日本の経済や中小企業にとってどのような意味があるのかを考えてみたいと思います。

米国の力が消えるわけではありません

長い間、中東の安全を考えるうえで、米国は非常に大きな存在でした。
各地に軍の拠点を持ち、海の安全に関わり、友好国に兵器や情報を提供してきました。
今回の衝突でも米国が前面に立っているように、これからも大きな影響力を持ち続けることに変わりはないでしょう。

ただし、影響力が大きいことと、あらゆる問題を引き受けることは別の話です。
米国には中東以外にも向き合うべき課題がありますし、国内の財政負担や国民の声も無視できません。
そのため、中東の国々の間には「何かあれば米国が必ず解決してくれる」と考え続けることへの不安が広がっています。

そこで各国は、自国の守りを固めるだけでなく、周辺国との話し合いや、米国以外の国との経済協力にも力を入れています。
米国との関係は大切にしながら、それ以外の選択肢も増やそうとしているのです。

ここで大切なのは、「米国の代わりに別の大国が中東を仕切るようになる」という見方にとらわれないことです。
中東の国々自身が以前より大きな役割を担っていく、と考えた方が、現実を理解しやすいのではないでしょうか。

協力する相手は、一つの国に限られません

世界の政治を考えるとき、私たちはつい国を二つの陣営に分けて見てしまいます。
しかし、中東ではその分け方があまり役に立たない場面が増えています。

例えば、ある国は防衛では米国との関係を重視しながら、原油の販売では中国などアジアの国々を大切なお得意先としています。
さらに、都市開発では欧州企業の技術を使い、資金集めでは世界中の投資家と付き合っています。

一見すると矛盾しているようですが、その国から見れば自然な判断です。
国を守るために頼る相手と、商品を買ってくれる相手と、工場を建ててくれる相手が、同じである必要はないからです。

隣り合う国同士でも、ある問題では足並みをそろえ、別の問題では競い合います。
中東の国際関係を理解するには、「どちらの味方か」だけで判断せず、「何について、誰と協力しているのか」を確かめることが大切です。

湾岸諸国は、似ているようで違います

サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールなどは、「豊かな産油国」としてひとまとめに語られがちです。
しかし、人口や産業、外交の進め方にはそれぞれ違いがあります。

サウジアラビアは人口が多く大きな国内市場を持ち、産業を育てて国内に仕事を増やそうとしています。
アラブ首長国連邦は、貿易や金融、物流の拠点としての地位をさらに高めたいと考えています。
カタールは天然ガスの輸出国であると同時に、対立する国同士の話し合いを取り持つ役割でも存在感を示してきました。

こうした国々は協力し合う一方で、海外企業の誘致では競争相手にもなります。
企業の地域本部をどこに置いてもらうか、港や空港への投資をどこに集めるかといった問題では、それぞれの利益がぶつかるからです。

「湾岸の国はどこも同じ」と考えず、国ごとの目標や事情を知ることが、これからますます重要になるでしょう。

トルコの役割にも注目が集まります

中東の変化を考えるとき、石油の多い国だけを見ていては全体像がつかめません。
トルコのように、地理的にも政治的にも複数の地域を結ぶ国にも目を向ける必要があります。

トルコは欧州と中東の間に位置し、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でもあります。
その一方で、周辺のイスラム諸国と独自の関係を築き、防衛関連の製品や技術の開発にも力を入れています。

中東の国が防衛の協力先を増やしたいと考えたとき、米国だけでなくトルコとの関係を深めるという選択肢もあります。
ただし、トルコがいつもどこかの国と同じ行動を取るわけではありません。
国内の事情や周辺国との関係によって方針が変わることもあり、こうした動きが中東の力関係をさらに複雑にしています。

国同士の話し合いだけでは決められない問題があります

中東の安全を難しくしているのは、国同士の対立だけではありません。
政府の軍隊とは別に活動する武装組織が、各地に存在しているからです。

その中にはイランと関係が深いとされる組織もありますが、すべてがイラン政府の指示通りに動くとは限りません。
それぞれに地域の事情や独自の目的があるためです。
紅海の周辺で船を狙う動きを見せてきたイエメンの武装組織は、その一例といえます。
たとえ政府同士が話し合いで合意しても、こうした組織が従わなければ、再び緊張が高まるおそれがあります。

小さな攻撃が一つ起きただけでも、報復が重なり、もともと争うつもりのなかった国まで巻き込まれる危険があります。

仲介役の国が停戦に向けて努力することには、大きな意味があります。
しかし、一度の合意で長い平和が約束されるわけではありません。
4月に一時的な停戦が発表された後も、海峡周辺での攻撃は止まっていないことが、それをよく表しています。
地域の安定には、国同士の外交と、現場での衝突を防ぐ取り組みの両方が欠かせません。

遠い海の出来事が、日本の値札を変えます

日本にとって、中東で最も身近な問題はエネルギーです。
資源エネルギー庁によれば、日本が輸入する原油の九割五分以上は中東から来ています。

その原油の多くが通るのがホルムズ海峡です。
2026年3月以降、この海峡では船への攻撃が相次ぎ、海運会社が航路を取りやめたり、保険の条件が厳しくなったりしました。
国際エネルギー機関(IEA)は加盟国による石油備蓄の放出を決め、日本も3月中旬から国の備蓄を放出しています。
「もし海峡が通れなくなったら」という、これまで想定の話として語られてきたことが、現実に起きたのです。

一方、発電や都市ガスに使う液化天然ガスについては、日本はオーストラリアや東南アジアなどからも幅広く買っており、ホルムズ海峡を通る分は一部にとどまります。
原油と天然ガスでは、影響の受け方に差があることも知っておきたい点です。

それでも、燃料の輸入費用が増えれば、電気、ガス、ガソリン、配送など、幅広い分野の費用に影響します。
製造業では工場を動かす費用が増え、運送業では燃料代が重くなります。
食品なども、運ぶ費用や包装材の値上がりを通じて、少しずつ価格に反映されていきます。

ここで中小企業の経営者の方に知っておいていただきたいのが、電気代やガス代の「時間差」です。
電気料金には燃料費調整という仕組みがあり、おおむね3〜5か月前の燃料価格をもとに毎月の料金が決まります。
つまり、燃料の値上がりは、少し遅れて請求書に表れることが多いのです。
今月の請求額だけで安心せず、数か月先の負担も見込んでおくことが大切ではないでしょうか。

なお、輸入額が増えたからといって、必ず円安になるわけではありません。
円相場は日本と海外の金利差や投資家の動きなど、多くの事情で決まるからです。
それでも、エネルギー価格の上昇が日本の家計や企業の重荷になることは、忘れてはいけません。

原油価格は、一方向にだけ動くとは限りません

中東が落ち着かないと聞くと、原油価格はひたすら上がり続けるように感じるかもしれません。
しかし、実際の価格はもっと多くの要因で決まります。

世界の景気が悪くなって石油の使用量が減れば、価格を押し下げる力が働きます。
産油国が別の経路で輸出を増やしたり、各国が備蓄を放出したりすれば、値上がりは和らぎます。
反対に、輸送への不安が強まれば、実際に供給が減る前から価格が跳ね上がることもあります。

実際、9月には湾岸からの原油の流れが戦争前の8割程度まで戻ったと報じられましたが、10月に入ると再び攻撃が増え、通過量は大きく落ち込みました。
10月中旬の時点で、国際的な指標である北海ブレント原油は1バレル100ドルを超える水準で取引されています。

つまり、重要なのは「高いか安いか」だけではなく、短い期間で大きく上下しやすいということです。
予算を立てた時点では想定していなかった燃料費が、数か月後には大きな負担になっているかもしれません。

だからこそ、値動きの予想を当てることより、想定外の変化に耐えられる家計や経営を考えておく必要があります。

世界の企業は「安さ」だけを追いかけなくなっています

以前は、部品や原材料を最も安く買える場所から仕入れ、在庫をなるべく減らすことが、優れた経営とされる場面が多くありました。
余分な倉庫を持たず、一つの工場に生産を集めれば、費用を抑えやすくなるからです。

ところが、災害や感染症、国同士の対立によって物流が止まると、安さを重視した仕組みの弱点が表れます。
部品が一つ届かないだけで、生産全体が止まってしまうこともあります。

そのため、仕入先を複数に分ける、重要な材料は少し多めに持っておく、生産拠点を分散させる、といった対応が見直されています。
もちろん、こうした備えには費用がかかります。

大切なのは、普段かかる費用と、止まったときに失うものを比べてみることです。
少し高くついても事業を続けられる仕組みに価値を見いだす動きは、中東に限らず、日本の半導体やエネルギー関連の投資にも共通しています。

産油国は、石油以外の仕事を増やそうとしています

湾岸諸国の多くは、石油や天然ガスから得られる収入を経済の大きな支えにしてきました。
しかし、資源があるというだけで、将来の豊かさが約束されるわけではありません。

人口が増えれば、若い人たちが働く場所が必要になります。
世界のエネルギーの使い方が変われば、石油収入の先行きも変わります。
今回のように輸出の道が揺らげば、収入そのものが不安定になります。

そこで、観光、物流、製造業、デジタル産業、医療、教育など、さまざまな分野を育てる動きが進んでいます。
港や空港を整え、発電設備や通信網を増強し、外国企業を呼び込もうとする国もあります。

狙いは、石油以外の収入を増やし、国内に仕事を生み出すことにあります。

ただし、大きな計画が発表されたからといって、すべてが予定通り実現するわけではありません。
建設費の上昇、人材不足、財政状況、需要の変化などによって、計画が遅れたり、規模が縮んだりすることもあります。
投資のニュースを見るときは、発表された金額と実際の進み具合を分けて考えることが大切です。

国民と政府の関係も、少しずつ変わります

石油から多くの収入が得られる国では、政府が公共サービスや仕事を広く提供し、国民の生活を支える仕組みが発達してきました。
しかし、人口が増え、経済の形が変わると、その仕組みを同じ形で続けることは難しくなります。

若い人が民間企業で働けるようにするには、学校で学ぶ内容や職業訓練を充実させる必要があります。
外国企業を呼ぶだけでなく、自国の人材が技術や経験を身に付けることも求められます。

税の仕組みを整える動きもあります。
日本の消費税に近い付加価値税は、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などがすでに導入している一方、カタールやクウェートはまだ導入していません。
導入時期や税率も国ごとに異なり、どの国でも同じ改革が進んでいるわけではないのです。

国民に働く機会や新しい役割を求めるのであれば、政府にも教育や雇用の面で成果が期待されます。
変化がうまく進めば経済の力は強まりますが、十分な仕事が生まれなければ、不満が高まるおそれもあります。
国同士の争いだけでなく、国の内側の変化にも目を向けておきたいところです。

日本企業には、新しい仕事につながる可能性があります

中東の先行きに不安があるからといって、日本企業にとって距離を置けばよい地域というわけではありません。
各国が生活の基盤や産業を整えるほど、必要となる技術やサービスが増えるからです。

例えば、水をきれいにする設備、水を無駄なく使う技術、電力を安定して届ける仕組み、省エネルギーの機械などは、資源の使い方を改善するうえで役立ちます。
交通、医療、工場の設備、情報通信、従業員の教育といった分野にも、需要が生まれる可能性があります。

もちろん、日本企業が得意な分野だからといって、必ず受注できるわけではありません。
価格で勝負してくる国もありますし、現地での雇用や技術の移転を重視する国もあります。
契約内容や代金回収の条件も慎重に確かめる必要があります。

それでも、長く使える設備を納め、その後の修理や人材育成まで支える姿勢は、十分な強みになります。
売って終わりではなく、相手の課題を継続して解決していく姿勢が大切です。

同じ中東向けでも、商売の進め方は変わります

日本企業が中東に進出するときに注意したいのは、一つの国での成功例を、別の国にそのまま当てはめないことです。

例えば、ある国では、現地に拠点を置くことが政府との取引で重要になります。
別の国では、国際物流や金融の仕組みが使いやすいことが、企業にとって大きな魅力になります。
現地での雇用や部品調達を求める条件も、国や案件によって違います。

サウジアラビアでは、2024年から、原則として国内に地域統括拠点を置いていない外国企業は政府の案件を受注しにくくなる仕組みが導入されました。
一方、アラブ首長国連邦には、外国企業の拠点として長年積み重ねてきた実績があります。
どちらが一方的に有利ということではなく、事業の内容によって適した場所が変わるのです。

「中東で売れそうだから」という理由だけで進めず、現地の制度を調べ、信頼できる取引先を探し、誰に何を提供するのかを決めておくことが大切です。

人とのつながりは、短い期間では育ちません

海外での事業は数字に目が向きがちですが、長く仕事を続けるには、人との信頼関係が欠かせません。

相手が困ったときに相談してもらえるか、納期が遅れそうなときに率直に説明できるか。
こうした積み重ねが、次の取引につながっていきます。

一方、日本企業では、海外の担当者を数年で異動させることも珍しくありません。
人事異動そのものが悪いわけではありませんが、担当が替わるたびに相手との関係が途切れてしまっては、せっかく得た知識や信用を生かせません。

長く地域に関わる人材を育てながら、取引先の情報や交渉の経緯を社内にきちんと残しておくことが大切です。
個人のつながりだけに頼らず、会社として信頼を積み上げることが、安定した取引につながります。

中小企業も、遠い国の変化に備えられます

中東と直接取引をしていない中小企業にとっても、この話は無関係ではありません。
燃料費、電気代、原材料費、運賃などを通じて、世界の変化は確実に経営に伝わってくるからです。

大切なのは、何が起きるかを当てることより、何が起きると自社が困るのかを知っておくことです。
電気代が一割上がると、年間の利益はどのくらい減るのでしょうか。
主な材料が一か月届かなかったとき、仕事を続けられるでしょうか。

従業員10人ほどの金属加工会社を経営するAさん(仮名)は、この春、まさにこの計算をしてみたそうです。
思っていたより影響が大きいとわかり、主な取引先に早めに相談して、材料や燃料の価格に応じて納品価格を見直す取り決めを結びました。

こうした問いを一つずつ確かめるだけでも、備えの優先順位が見えてきます。
すべての会社が大きな在庫を抱える必要はありません。
値上げの条件を取引先と話し合っておくことや、資金繰りに少し余裕を持たせることも、立派な対策です。

また、設備を省エネ型に替えることは、普段の費用を抑えるだけでなく、エネルギー価格が急に上がったときの痛手を小さくしてくれます。
世界の政治を動かすことはできなくても、自社の弱いところを減らすことはできるのです。

日本全体としても、選択肢を増やすことが重要です

国全体で考えれば、エネルギーの購入先を分散させること、備蓄を維持すること、国内で使える電源を確保することなどが大切です。
今回、国の備蓄が実際に役立ったことは、その重要性を改めて示しました。
ただし、どの方法にも費用や課題があり、一つで問題が解決するわけではありません。

輸入を続けるのであれば、運ぶ経路が止まったときの対応を考えておく必要があります。
国内の設備を増やすのであれば、建設費や人材の確保、地域社会との調整も欠かせません。
価格の安さだけでなく、いざというときに暮らしや産業を守れるかという視点が求められます。

同時に、中東の国々との対話や経済交流を続けることにも意味があります。
相手をひとまとめに扱うのではなく、それぞれの国の事情を理解し、協力できる分野を増やしていくことが、日本の選択肢を広げます。

安全の確保と経済的なつながりは、別々の話ではありません。どちらも、長い時間をかけて築いていくものです。

これからの十年を、決めつけずに見ていく

これからの中東が、短い期間で単純な形に落ち着くとは限りません。
国ごとの思惑が重なり、話し合いが進んだと思えば、別の場所で緊張が高まることもあるでしょう。

とはいえ、「この先ずっと危険な地域であり続ける」と決めつけるのも適切ではありません。
経済を成長させたい国々にとって、争いを避け、投資や貿易を続けることには大きな利益があるからです。
競争が対話を後押しする場面もあれば、反対に対立を深める場面もあります。

だからこそ、一つのニュースだけで中東全体を判断するのではなく、国ごとの動きと、エネルギー、物流、投資への影響を分けて考えたいところです。

中東で進んでいるのは、大国に頼るだけではなく、各国が自分たちの将来を自分たちで決めようとする動きです。
それは不安定さを生む一方で、新しい産業や協力の機会も生み出します。

遠くの出来事を、ただ心配するだけで終わらせる必要はありません。
私たちの暮らしや仕事が、どこで世界とつながっているのかを知り、変化が起きても慌てずに済む準備を少しずつ進めていく。
その積み重ねが、先の読みにくい時代を生き抜く力になるのではないでしょうか。