賃上げと覚悟
ユニクロの初任給が37万円に上がる。
数字の大きさも目を引きますが、もっと本質的なのは「毎月ほぼ必ず出ていくお金(固定費)」を、自ら重たくしにいった点です。
今が好調でも、いったん業績が落ち始めると、重たい負担になります。
給料は一度上げると下げにくい。
家計で言えば、住宅ローンの返済額を上げるようなものです。
景気が良いときは払えても、売上が落ちたときに効いてきます。
それでも、ここまで上げる。
これは「これからも伸ばす」という覚悟がないとできない判断です。
賃上げは”やさしさ”というより、”経営の賭け方”そのものだと思います。
なぜ今それが起きるのか
報道によると、ファーストリテイリングは2026年3月以降に入社する新卒社員の初任給を37万円にし、2025年春から4万円引き上げます。
年収ベースでは約10%増の見込みともされています。
また、転居を伴わない地域正社員も引き上げる方針が示されています。
さらに記事では、他社の初任給引き上げの動き(例:40万円、42万円など)にも触れつつ、ファーストリテイリングは各種手当を除いた「基本給」で示している点も整理されています。
つまり、見せ方ではなく”土台”を上げている。
ここが重い判断です。
では、なぜ今ここまでやるのか。
記事では、海外との賃金水準の差、人材の海外流出への懸念、小売・アパレル業界の賃金の低さ、優秀な人材を集める必要性などが背景として説明されています。
もう少し身近に言い換えると、「いい人が採れない時代に、条件を上げないと土俵に立てない」ということです。
ここで例え話をしてみます。
お客さんが来ない商店街で、店の看板だけ立派にしても人は入ってきません。
逆に、人通りの多い通りに引っ越せば家賃(固定費)は上がる。
でも”売上の伸び”まで見込めるから移転する。
今回の賃上げは、”人通りの多い通り”への出店に近い選択です。
固定費を上げる代わりに、成長の確率を取りにいく動きだと言えます。
そしてもう一つ大事なのが、「業績が良いからできる」だけではない点です。
記事では、業績の好調さ(連結営業利益の見通しが過去最高水準になる可能性など)にも触れられています。
好調を”守る”のではなく、好調なうちに次の成長に向けてコスト構造を作り替える。
そういう読み方もできます。
ここから先は推測になりますが、賃上げは採用のためだけでなく、「仕事の設計」を変える前提にもなりやすいです。
給料を上げるなら、同じやり方のままでは苦しくなる。
だから、やり方そのもの(作業・仕組み・役割分担)を変える圧力が社内に生まれます。
事例
事例1:従業員10名の飲食・小売。「賃上げ=固定費増」を先に受け止める
たとえば従業員10名の店舗を考えてみましょう。
月の人件費がじわじわ増えるのは、家計で言えば「スマホ代が全員分上がる」ようなものです。
小さな増額でも、積み上がると効いてきます。
ここで大事なのは、「賃上げをするか/しないか」ではありません。
賃上げをするなら”何を捨てるか、何を増やすか”をセットで決めることです。
捨てる候補
手作業の棚卸し、紙の伝票、毎回ゼロから作る見積もり、なんとなく続けている会議
増やす候補
リピート客を増やす仕組み、単価を上げても選ばれる看板商品、教育の型(教え方のテンプレート)
ユニクロの話に戻すと、「基本給」を上げるのは、毎月確実に出ていくお金を増やす判断です。
中小企業で同じことをするなら、”固定費が上がるのは前提”として、売上の作り方も一緒に変える必要があります。
たとえば、値上げが怖いなら「全部を上げない」という考え方があります。
・人気の看板商品だけは据え置く
・手間がかかるメニューだけ少し上げる
・セットの中身を変えて実質単価を上げる
こういう”小さな設計”で、固定費増に耐える土台を作ることができます。
事例2:従業員10名のBtoB(制作・工事・士業等)。採用競争に勝つための「賃上げの作法」
BtoB(企業間取引)の小さな会社は、採用で大企業と正面衝突しがちです。
初任給や年収で勝てないと感じることも多いでしょう。
ここでヒントになるのが、ユニクロ側のメッセージです。
「世界水準ではまだ低い」という発言や、人材を集める必要性が語られています。
つまり、”給料は入口のチケット”になりつつある、ということです。
ただし中小企業は、いきなりドンと上げるのが難しい。ならばやり方は2つあります。
給料を上げるなら、仕事を軽くする
たとえば「毎回の報告書を半分にする」「見積書の作成をテンプレート化する」「担当者が抱え込んでいた仕事を分担する」。
給料を上げた分、時間のムダを減らす。
固定費を上げるなら、同時に”余計な作業”を削るのが筋です。
給料以外の”安心”を言葉にする
・いつ昇給するのか(年1回なのか、評価のタイミングはいつか)
・教育は誰が、どう教えるのか(放置しない仕組みがあるか)
・残業が増えたらどうするか(上限の考え方はあるか)
大企業が強いのは「制度が見える」点です。
中小企業は、良さがあっても”言葉になっていない”ことが多い。
ここを整えるだけで、採用での勝率は上がります。
まとめ
ユニクロの初任給37万円は、「景気がいいから上げた」というより、固定費を重くしてでも成長を取りにいくという意思表示に見えます。
業績が落ち始めたときの負担は相当重い。
だからこそ、覚悟がいる判断です。
中小企業にとっても、賃上げは避けて通れないテーマになっています。
ただ、真似すべきは”金額”ではありません。
真似すべきは、「固定費を上げるなら、売上の作り方と仕事のやり方を一緒に変える」というセットの発想です。
最後に、明日できることを3つだけ挙げます。
「毎月必ず出ていくお金」を棚卸しする
人件費・家賃・外注費など、”下がりにくい支出”だけを別枠で見える化してみてください。
「やめる作業」を1つ決める
報告・会議・書類など、売上に直結しない作業を1つだけ減らす。
固定費増に耐える余白を作るためです。
「値上げの設計」を考える
全部を上げず、手間がかかる部分・付加価値が高い部分から小さく調整してみてください。
賃上げは、気合では続きません。
固定費を上げるなら、成長の道筋も同時に作る。
ユニクロのニュースは、その当たり前を改めて突きつけているように思います。



