欧州で日本製EVに逆風 補助金が「どこで作ったか」で決まる時代へ

日本の電気自動車が欧州で不利に? 世界で進む「新しいブロック経済」と私たちの暮らし

世界の貿易のあり方が、大きく変わろうとしています。
その変化を考えるうえで見逃せない動きが、欧州で起きています。
ドイツとフランスが、電気自動車などへの公的な支援について、欧州で作られた車を優先する方向で足並みをそろえたのです。

両国の合意内容を伝える報道によれば、日本などで生産された車は、この優遇の対象に含めない方針とされています。
この考え方がそのまま制度に反映されれば、日本から欧州へ輸出する電気自動車は、現地で生産された車より不利になります。
日本の企業が作った車を欧州で買えなくなる、という話ではありません。
しかし、購入時の補助や公的機関による買い入れで差がつけば、販売競争に大きな影響が出るのではないでしょうか。

私は、この問題を自動車だけのニュースとして見てはいけないと考えています。
背景には、世界の国々が自由な貿易を続けながらも、自分たちの産業や雇用を優先しようとする動きがあります。
かつてのように国境を完全に閉ざすわけではないものの、重要な製品については、経済圏の内側と外側を分けようとする考え方です。

こうした変化は、大企業だけでなく、国内の中小企業や私たちの買い物にも関係してきます。
何が起きているのか、なぜ各国はこの方向に進むのか、日本はどう向き合うべきなのかを、順に考えてみます。

欧州は「どこで作るか」を重視し始めました

2026年3月4日、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は、域内の製造業を立て直すための新しい法律案を示しました。
日本では「産業加速法」案と訳されることが多い法案です。
対象には自動車のほか、鉄鋼、セメント、アルミニウム、さらに電池や太陽光発電などの脱炭素技術が含まれています。
公共の買い入れや補助金を行う際に、環境への配慮だけでなく、欧州で生産されているかどうかも条件にしようという考え方です。

そして10月16日、ドイツとフランスは、自動車産業の将来を守るための共同方針を発表しました。
欧州での開発、投資、生産を増やし、関連する仕事を域内に残すことが狙いです。
報道によれば、両国は自動車に関するルールをこの法案から切り離し、別の枠組みでより細かく定めるよう求めています。

条件は厳しく、2028年からは、欧州で組み立てられていることに加え、電池を除く部品の価値の7割以上を域内などで生み出すことを求め、その基準を段階的に引き上げる案とされています。
こうした条件を満たした車だけが、公的な補助を使った購入やリース、公的機関による買い入れの対象になるというのです。
英国など、EUに加盟していない一部の欧州の国については、条件付きで対象に含める方向と伝えられています。
一方、日本や韓国、トルコなどで生産された車は対象外となる見通しです。

ただし、両国の合意がそのままEU全体の法律になったわけではありません。
2026年10月25日時点では、欧州議会や加盟国による審議が続いており、制度の具体的な条件や対象国は、今後の話し合いで決まります。
日本が最終的にどう扱われるかも、まだ確定した結果として語るべきではありません。

それでも、今回の動きには大きな意味があります。
以前なら、価格が安く品質の良い製品を外国から買うことは、基本的に歓迎されました。
ところが今後は、同じような性能と価格であっても、どこで作ったかによって、受けられる支援が変わる可能性があるのです。

関税を上げなくても、外国製品を不利にできます

外国製品を不利にする政策と聞くと、関税を思い浮かべる方が多いかもしれません。
関税とは、輸入した商品にかかる税金のことです。
税率を高くすると輸入品の価格が上がり、自国で作った商品が売れやすくなります。

一方、今回話題になっているのは、主に補助金や公的な買い入れの条件です。
例えば、同じ価格の電気自動車が二台あったとします。
一台は補助の対象となり、もう一台は対象外であれば、買う人の実際の負担には差が出ます。
値札の上では同じ価格でも、買いやすさは同じではありません。

さらに、国や自治体が公用車を買う際に現地生産の車を優先すれば、企業にとっては大切な販売機会を失うことになります。
輸入そのものを禁止しなくても、売れる条件を変えることはできるのです。

このような仕組みが増えると、企業は製品を安く作ることだけを考えてはいられません。
支援の条件を満たすために、工場や部品の仕入れ先を現地へ移す必要が出てきます。
注意したいのは、欧州に工場を持つ日本のメーカーでも、欧州製の部品を使う割合が基準に届かなければ、優遇を受けられない可能性があるという点です。
政府の制度が、企業の生産場所や仕入れ先を決める力を強めていくと考えられます。

なぜ欧州は自国の産業を守ろうとするのでしょうか

欧州の事情を理解するには、自動車がどれほど大切な産業なのかを考える必要があります。
大きな自動車工場が一つあれば、そこで働く人だけでなく、部品を作る会社、運送会社、設備を修理する会社、地域の商店など、多くの仕事が支えられます。

電気自動車の広がりは、この産業の形を変えています。
特に中国では電気自動車や電池の生産が拡大し、価格面で強みを持つ企業が世界市場に進出しています。
欧州のメーカーは、従来の車で築いた強さを、そのまま新しい分野へ持ち込めるとは限りません。

その一方で、欧州の企業はエネルギー価格や人件費の負担、設備を新しくするための費用など、いくつもの課題を抱えています。
安い資源や国外の生産力に頼ってきた仕組みも、国際情勢の変化によって見直しを迫られています。
競争が厳しくなれば、工場の縮小や雇用への不安が広がります。

そこで政府は、税金を使ってでも生産拠点を守ろうと考えます。
仕事が失われれば、地域の暮らしや税収にも影響するからです。
実際、今回の両国の合意では、2035年以降のエンジン車に関する規制を緩める方向も同時に示されました。
厳しい「欧州製」の条件と引き換えにした、両国の駆け引きの結果といえそうです。
自動車産業を支えたいという欧州側の事情には、理解できる部分があります。

ただし、工場を守ることと、企業を本当に強くすることは同じではありません。
競争相手が不利になる制度を作れば、一時的に域内の企業は助かるかもしれません。
しかし、電池を安く作る技術や、開発を速く進める力が育たなければ、将来の競争で再び苦しくなるおそれがあります。

自由貿易と安全保障が、難しい関係になっています

世界の国々が貿易を広げてきたのは、得意なものをそれぞれの国が作って交換すれば、品質の良い商品を比較的安く手に入れやすくなるからです。

ところが、安さだけを優先すると困る場合もあります。
ある重要な部品を一つの国からしか買えないと、その国で災害が起きたり、輸出が止められたりしたとき、自国の工場まで動かせなくなるかもしれません。
電池の材料、半導体、医薬品などは、特に安定した供給が求められます。

そのため、多少費用が増えても、自国や協力関係にある国に生産拠点を持つことには意味があります。
値段の安さと、供給が止まらない安心を、どこで釣り合わせるかという問題です。
安全保障を考えた産業政策が、すべて間違っているわけではありません。

しかし、本当に不足すると困る物資を守るための政策と、単に自国企業を外国との競争から守る政策の境目は、はっきりしていません。
安全保障という理由が広く使われるようになると、守る対象が次々に増えるおそれがあります。
私は、そこにこの問題の難しさがあると考えています。

友好国の日本まで不利になることの意味

今回とりわけ注目したいのは、日本が欧州と対立する国ではないという事実です。
日本とEUは経済連携協定を結び、長年にわたって貿易や投資を広げてきました。
安全保障に関わる課題でも、協力できる分野があります。

それでも、どこで作ったかを重視する制度では、日本で生産した車が支援の対象から外れる可能性があります。
政治的に信頼できる相手であることと、産業政策の面で同じ扱いを受けることは、別の話になってきたのです。
日本側でも、トヨタ自動車がEUに対して日本を対象に含めるよう訴えるなど、働きかけが始まっています。

以前は、国と国との関係を、仲の良い国の集まりと、対立する国の集まりに分けて考えがちでした。
しかし現実には、外交では協力しながら、自動車や半導体では激しく競争する関係が増えています。

欧州にとって、同じ市場で車を売る日本企業は大切な投資家であると同時に、欧州のメーカーと競う相手でもあります。
友好国だから必ず同じ条件で支援を受けられる、とは言い切れません。
日本の経済政策を考えるうえで、見落とせない点です。

現代のブロック経済は、昔とは姿が違います

「ブロック経済」とは、特定の国や地域の集まりの中で取引を優先し、外側との取引に壁を設ける仕組みを指します。
歴史の授業では、世界経済が混乱した1930年代に、各国が自国の産業を守ろうとして貿易の制限を強めたことを学びます。

ただ、今の世界が当時と同じ状態になるとは限りません。
現在は、車一台を作るにも多くの国の部品や技術が必要です。
貿易を支える国際的な約束も残っています。
すべてを国内だけで作ろうとすれば、費用が大きく増えたり、そもそも必要な材料がそろわなかったりします。

むしろ現実的なのは、普段の貿易は続けながら、重要な産業に限って内側の企業や生産拠点を優先するという形です。
欧州は欧州で、米国は米国で、中国は中国で、自分たちの産業を支える政策を取り入れていきます。
そして相手によって、協力する分野と競争する分野が変わります。

この動きが広がると、世界は一つの市場でありながら、いくつもの異なるルールに分かれていきます。
商品は国境を越えて動くのに、その商品が有利に売れる条件は地域ごとに違う。
私は、こうした「部分的な囲い込み」が、これからの世界経済の特徴になる可能性があると考えています。

日本企業が海外で成功しても、日本国内が豊かになるとは限りません

日本の自動車メーカーが欧州で売り続けたいなら、欧州の工場で車を組み立て、現地で部品を仕入れる割合を増やすことが、一つの対応策になります。
制度への対応だけでなく、輸送費の削減につながることもあります。

海外事業が成長するのは、企業にとって悪いことではありません。
海外で得た利益が会社全体の研究や開発を支え、日本の技術力を高める可能性もあります。
しかし、企業の利益が増えることと、日本国内の工場に仕事が増えることは、分けて考える必要があります。

例えば、それまで日本から輸出していた車を欧州で生産するようになると、日本の工場で作る台数が減る場合があります。
さらに部品まで欧州で仕入れるようになれば、日本の部品メーカーへの発注が減るかもしれません。
企業全体の売上が伸びていても、国内の雇用や地域の景気には、十分な恩恵が届かないことがあるのです。

ここには、円安だけでは解決できない問題もあります。
円安になれば、日本で作った製品を外国の通貨で見たときに安く売りやすくなります。
しかし、優遇を受けられるかどうかが生産地で決まるのであれば、いくら価格を工夫しても、制度上の差は埋められません。

また、企業が海外へ投資する際には、円を外貨に換える取引が生じる場合があります。
ただし、現地での借り入れや海外の利益を使うこともあるため、海外工場が増えれば必ず円安になるとは言えません。
大切なのは、工場の場所が変わることで、日本国内の生産や雇用、お金の流れが長い時間をかけて変化し得るという点です。

中小企業にとっても、遠い国の話ではありません

自動車産業とのつながりが深い地域では、今回の動きを特に注意して見る必要があります。
例えば、私の事務所がある静岡県西部のように、自動車や機械の部品を作る企業が集まる地域では、完成車メーカーが生産の場所を変えると、取引の流れも変わる可能性があります。

直接欧州へ輸出していない会社でも、影響を受けることがあります。
例えば、従業員十人ほどで金属部品の加工をしている会社が、地元の部品メーカーに製品を納め、その部品メーカーが大手自動車会社に納めているとします。
完成車メーカーが欧州で部品を現地調達する割合を増やせば、二つ先の取引先を通じて、この会社の受注にも変化が及ぶかもしれません。

反対に、機会もあります。精度の高い部品や独自の加工技術を持つ企業であれば、海外の工場との新しい取引が生まれる可能性があります。
外国企業が仕入れ先を分散させようとして、日本国内の企業を新たな調達先として選ぶことも考えられます。

ただし、海外で事業を広げるには、費用も人材も必要です。
中小企業が大企業と同じように工場を海外へ移すのは、簡単ではありません。
だからこそ、自社の製品が最終的にどこの国で使われているのか、取引先の海外戦略がどう変わりそうなのかを、早めに把握しておくことが大切ではないでしょうか。
普段の打ち合わせの中で、取引先に今後の見通しを聞いてみるだけでも、備えの第一歩になると思います。

物価は上がりやすくなるのでしょうか

国や地域がそれぞれ自分たちの工場を優先すると、同じ製品を世界の複数の場所で作る必要が出てきます。
本来なら一つの大きな工場で安く作れるものでも、別々に設備を用意すれば、その分だけ費用がかかります。

また、これまで安く仕入れられた部品を、現地生産の条件を満たすために、より高い価格で買わなければならない場合もあります。
こうした費用が商品に上乗せされれば、自動車だけでなく、さまざまな物の値段が下がりにくくなるかもしれません。

一方で、生産拠点を一か所に集中させないことには利点もあります。
災害や国際的な対立で一つの工場が止まっても、ほかの地域から供給できれば、大きな品不足を避けられるからです。
目先は高くても、長い目で見れば安定につながる投資もあります。

ですから、地域内で作ることを優先すれば必ず物価が上がる、と単純に決めつけることはできません。
ただ、競争が弱まり、費用の高い生産が長く続くようになれば、消費者の負担が増えるおそれがあります。
産業を守る政策の費用を、最後に誰が負担するのかという視点が欠かせません。

保護の連鎖が始まると、世界全体が損をするおそれがあります

心配なのは、欧州の判断そのものだけではありません。
ある地域が自分たちの製品を優遇すれば、ほかの国も同じことを始めるかもしれません。

最初は外国との競争に負けないための小さな支援だったとしても、補助金や調達の条件が次第に厳しくなれば、企業は各地域に別々の工場を作らざるを得なくなります。
政府は多額の予算を使い、企業は投資の負担を増やし、消費者は高い商品を買う。誰もそれを目指していなかったのに、全体として負担が増えることがあるのです。

さらに、公的な支援によって競争相手が少なくなると、企業が価格を下げたり、新しい技術の開発を急いだりする力が弱まる可能性があります。
守るつもりだった産業が、かえって世界で戦いにくくなる結果も考えられます。

もっとも、各国が必ず対抗措置を取るとは限りません。
欧州の中でも、域内の生産を守ることと、外国との取引を続けることの間で意見が分かれています。
欧州の自動車業界団体は、今回の合意の対象地域の狭さに懸念を示しましたし、欧州の有力な研究機関からも、友好国を傷つけかねないという批判が出ています。
実際の制度がどこまで厳しくなるかは、これからの協議次第です。だからこそ、今の段階で結論を急がず、変化の方向を見ていく必要があります。

日本は一つの経済圏だけに頼るべきではありません

日本は米国との関係が深い一方、欧州やアジアの多くの国とも、貿易や投資で結び付いています。
どこか一つの地域だけに頼っていると、その地域の政策が変わったとき、企業活動全体が大きな影響を受けかねません。

そのため日本には、できるだけ多くの国と安定した取引を続けられる環境を作ることが求められます。
信頼できる国同士で協力を深めつつ、不要な経済的な壁を増やさないよう話し合うことが重要です。

欧州に対しても、日本で作った製品を一律に不利にするのではなく、長年の貿易関係や互いの投資を考慮した制度にするよう働きかける余地があります。
欧州に工場を持ち、雇用や研究開発に貢献している日本企業も少なくありません。
企業の国籍や完成車の生産地だけでなく、実際にどのような価値を生み出しているかを見る発想も必要でしょう。

同時に、日本自身も国内への投資を増やす努力が欠かせません。
海外の制度への対応に追われるだけでなく、国内の工場でしか作れない高い技術を育てること、働く人の力を伸ばすこと、新しい仕事に挑戦しやすい環境を整えることが大切です。

外国企業が日本に工場や研究拠点を置きたいと思える環境を作ることも、日本経済を強くする方法の一つです。
海外に出る日本企業と、日本へ入ってくる外国企業の両方を考えなければ、国内の仕事を増やすことは難しいのではないでしょうか。

これから注目したい三つのこと

第一は、日本などの協力国が、欧州の優遇制度でどう扱われるかです。
長年の貿易関係を重視した柔軟な仕組みになれば、欧州と日本の協力を維持しやすくなります。
反対に、ドイツとフランスの案のように対象国を絞った制度になれば、日本企業の対応負担は増えるでしょう。
法案全体については、加盟国の間で11月中旬までに意見をまとめることを目指す動きも伝えられており、今後数か月の議論から目が離せません。

第二は、自動車以外の産業にも同じ考え方が広がるかです。
半導体や情報技術などでも各地域が自分たちの企業を優先するようになれば、世界の商売のルールはさらに複雑になります。
ただし、分野ごとに政策の目的や条件は異なるため、一律に判断することはできません。

第三は、ほかの国が対抗して新たな壁を設けるかです。
一つの地域の産業保護が、別の地域の産業保護を呼ぶようになると、国際的な取引は少しずつ難しくなります。
逆に、対話によって互いに認め合える条件を作れれば、行き過ぎた分断を避けられる可能性があります。

直近では、10月28日に予定されている日独首脳会談も、注目すべき機会の一つです。
ドイツのメルツ首相にとって初めての訪日となり、経済安全保障を中心とした協力の強化が話し合われる見通しです。
ただし、一度の会談で制度が決まるわけではありません。その後のEU内での議論や、最終的な法律の内容まで見届けることが大切です。

おわりに―本当に変わりつつあるのは、競争のルールです

今回の動きを見ても、私は、世界がすぐに昔のような閉ざされた経済へ戻るとは考えていません。
国と国とのつながりは深く、すべての部品や製品を一つの地域だけでまかなうことは難しいからです。

それでも、これまでと同じように自由な競争が続くとも考えにくくなっています。
どれほど優れた製品を作っても、工場の場所や部品の仕入れ先によって、販売の条件が変わる時代が近づいています。
価格や品質だけでなく、国の政策も企業の勝ち負けを左右するようになるのです。

この変化は、一部の大企業だけの問題ではありません。
海外の政策の変更は、国内の取引先を通じて中小企業に伝わり、やがて地域の雇用や私たちの暮らしの物価にも影響する可能性があります。

大切なのは、外国が産業を守ろうとすることを批判するだけでも、世界の分断は避けられないと諦めることでもありません。
日本に必要なのは、多くの国と協力できる関係を保ちながら、国内に投資と仕事が生まれる力を育てることです。

欧州の電気自動車をめぐる動きは、その必要性を私たちに教えてくれているように思います。
これからの世界では、何を作るかと同じくらい、どこで作り、誰と協力するかが重要になります。
日本の企業も政府も、その変化をいち早く読み取り、選択肢を増やしていくことが求められているのではないでしょうか。