「肩書を変えただけ」は危険?役員退職後も働き続ける場合の退職金の落とし穴
取締役から従業員へ立場が変わる場合の所得税・法人税を分かりやすく解説
中小企業では、長年会社を支えてきた役員が取締役を退任した後も、従業員やアドバイザーとして会社に残ることがあります。
たとえば、次のようなケースです。
・代表取締役や取締役を退任する
・後任の役員に経営を引き継ぐ
・退任後は、営業支援や技術指導などの現場業務を担当する
・役員報酬ではなく、従業員として給与を受け取る
・取締役の退任時に、役員退職金を支給する
このような場合、経営者の方からよく聞かれるのが、次の疑問です。
「会社を完全に辞めるわけではないのに、役員退職金を支給してもよいのでしょうか?」
結論から申し上げると、役員を退任した後も会社で働き続けるという理由だけで、退職金が認められないとは限りません。
取締役を正式に退任し、その前後で法的な立場、経営上の権限、責任、仕事内容、報酬などが大きく変わっている場合には、役員としての退職に伴う退職金として認められる可能性があります。
一方で、登記簿の上だけ取締役を退任し、実際には以前と同じように会社の経営を続けている場合には注意が必要です。
税務では、書類上の肩書だけではなく、退任後に実際にどのような立場で、どのような仕事をしているかが重要になります。
この記事では、役員を退任した後も従業員として勤務を続ける場合について、次の点を分かりやすく解説します。
・個人側で退職所得(退職金を受け取ったときにかかる所得税の区分。給与としてではなく、退職金として特別な計算方法で税金を計算します)として認められるための考え方
・会社側で退職金を法人税の経費にするための注意点
・退職金を未払計上(実際にはまだ支払っていないけれど、帳簿の上で先に費用として計上すること)する場合の取扱い
・「みなし役員」に該当する可能性
・会社が事前に準備しておきたい書類
・よくある勘違いと、税務調査に備えた確認事項
※この記事は、2026年7月16日時点の法令、国税庁資料および参考資料に基づいて作成しています。
実際の取扱いは、退任後の職務内容、権限、株式の保有状況、退職金額、支給時期などにより異なります。
正確な金額や期限は、最新の情報を税務署にご確認ください。
まず押さえておきたい結論
役員を退任した後も会社で働く場合のポイントは、次のとおりです。
ポイント1
勤務が続いているというだけで、直ちに「退職金ではない」と判断されるわけではありません。
ポイント2
取締役を退任する前と後で、地位、責任、仕事内容、経営への関わり方などが大きく変わっていることが重要です。
ポイント3
「取締役を退任した」という形式だけで、自動的に退職金として認められるわけではありません。
ポイント4
個人側の所得税と会社側の法人税は、同じ事実関係を確認する部分が多いものの、それぞれの税法に基づいて別々に判定されます。
ポイント5
役員退職金が不相当に高額な場合には、退職の事実が認められても、高すぎる部分が法人税の経費にならない可能性があります。
取締役を退任して使用人(会社に雇われて働く従業員のこと)として勤務を続けるケースについては、通達(国税庁が税法の考え方を統一するために示す内部的な指針)に書かれた事例だけを形式的に見るのではなく、「実質的に退職したのと同じ状況にあるか」という規定の趣旨に立ち返って確認することが重要だと考えられています。
通達に掲げられた事例はあくまで例示であり、その例示に完全には一致しないことだけを理由に、直ちに退職金としての性質が否定されるわけではないという考え方も示されています。
そもそも税務上の「退職金」とは何でしょうか
退職手当等には、一般的な退職金だけでなく、退職したことを理由として支払われる功労金なども含まれます。
大切なのは、支給された時期や名称だけではありません。
そのお金が、実質的に見て、
・退職しなければ支払われなかったものか
・退職したことを理由として支払われたものか
・通常の給与や賞与とは異なる一時的な支給か
という点を確認します。
国税庁も、退職手当等には、退職したことに基因して支払われる給与が含まれると説明しています。
たとえば、取締役を退任した日に「役員退職慰労金」という名称で1,000万円を支払ったとしても、実際には役員報酬の後払いのようなものであれば、退職所得として認められない可能性があります。
反対に、取締役を退任した後も限定的な仕事を続けていたとしても、役員としての地位、権限、責任などが終了していれば、役員退職金として認められる余地があります。
会社に残る場合は、なぜ判断が難しくなるのでしょうか
通常、会社との関係が完全に終了すれば、「退職した」という事実は比較的分かりやすくなります。
一方、取締役を退任した後も同じ会社で働き続ける場合、会社との関係そのものは続きます。
そのため、税務上は次の点が問題になります。
「役員として本当に退職したのか。それとも、肩書だけを変えて、実際には以前と同じ仕事を続けているのか」
所得税に関する国税庁の取扱いでは、取締役から使用人に当たる執行役員(会社法上の「役員」ではなく、社内の役職として使われる「執行役員」のこと)へ移る場合、法令上の地位に明確な変化があるため、原則として役員退任時の一時金を退職所得として扱う考え方が示されています。
ただし、取締役と執行役員との間の就任・退任を繰り返し、勤務関係、仕事内容、労働条件などに重大な変化がない場合には、退職所得ではなく給与所得、つまり賞与として扱われると説明されています。
一般の従業員として残る場合も、考え方はよく似ています。取締役を正式に退任した事実は、役員として退職したことを示す重要な事情です。
しかし、それだけですべてが決まるわけではありません。
退任後の実際の働き方を含めて、個別に判断する必要があります。
退職金として認められるかを判断する主な項目
役員を退任した後も会社で働く場合は、退任前と退任後を比べて整理すると分かりやすくなります。
法的な立場が変わっているか
取締役は、会社法上の役員です。
一般的には、会社との委任関係(会社から経営を任される契約関係)に基づいて経営に関与し、役員としての責任を負います。
一方、取締役を退任して従業員になる場合は、通常、会社との雇用契約に基づき、会社の指揮命令を受けて働く立場になります。
そのため、次のような手続を適切に行うことが大切です。
・取締役の辞任届を作成する
・株主総会や取締役会で必要な手続を行う
・役員変更登記を行う
・従業員としての雇用契約書を作成する
・退任後の職務内容と権限を明確にする
ただし、書類を作成するだけでは十分ではありません。
書類の内容と、実際の働き方が一致している必要があります。
経営上の権限がなくなっているか
最も重要な確認事項の一つが、退任後も実質的に経営を続けていないかという点です。
次のような状態が続いている場合は、慎重な判断が必要です。
・会社の重要事項を最終的に決定している
・後任の社長や役員が、すべて前役員の承認を受けている
・人事、採用、資金調達、設備投資などを決裁している
・銀行との重要な交渉を引き続き担当している
・重要な契約の締結を判断している
・従業員に対する指揮命令を続けている
・経営会議に毎回参加し、最終判断を行っている
形式上は従業員であっても、実際には会社の経営を支配している場合、「役員として退職した」と説明することが難しくなります。
退任後の仕事が具体的に変わっているか
退任後の仕事は、できるだけ具体的に決めておくことが望ましいです。
たとえば、次のような仕事です。
・既存顧客への訪問同行
・営業担当者への助言
・若手社員への技術指導
・過去の取引に関する情報提供
・製造技術や技能の引継ぎ
・特定の商品やサービスに関する営業支援
反対に、「会社業務全般」「経営に関する助言全般」など、担当範囲が広すぎる表現は注意が必要です。
雇用契約書や職務分掌表には、担当する仕事だけでなく、次のような権限を持たないことも記載しておくと、立場の変化を説明しやすくなります。
・経営上の最終決定を行わない
・人事に関する決裁権限を持たない
・資金に関する決裁権限を持たない
・重要な契約の締結権限を持たない
報酬や勤務条件が変わっているか
退任後の給与が大きく下がっていることは、地位や責任が変わったことを示す一つの材料になります。
法人税基本通達(国税庁が法人税の考え方を示した内部的なルール)では、役員の分掌変更(社内での役割や責任が変わること。
たとえば代表取締役から平取締役へ変わる場合など)後の給与がおおむね50%以上減少したことが、実質的な退職に当たる例の一つとして挙げられています。
ただし、退任後も会社の経営上主要な地位を占めている人は除かれます。
つまり、給与が半分以下になったという事実だけで、必ず退職金として認められるわけではありません。
反対に、給与の減少率が50%未満であるという理由だけで、必ず退職金が否定されるわけでもありません。
次のような点を合わせて確認します。
・勤務日数
・勤務時間
・担当業務
・決裁権限
・経営への関与
・責任の範囲
・報酬の決め方
・役員報酬から従業員給与への変更
「50%」という数字だけを安全基準として考えないことが大切です。
過去の勤務期間を退職金として精算しているか
今回支給する役員退職金が、取締役を退任するまでの勤務期間を精算するものであることを明確にします。
その後、従業員として勤務を続ける場合には、退任後の勤務期間を新しい期間として管理します。
たとえば、役員として20年間勤務した人に役員退職金を支給した後、従業員として5年間働いて会社を完全に退職したとします。
この場合、後の従業員退職金は、原則として退任後の5年間をもとに計算することになります。
すでに役員退職金の計算に使った20年間を、もう一度退職金の計算に含めると、同じ勤務期間について二重に退職金を計算することになってしまいます。
退職金規程や雇用契約書などで、退任前の勤務期間を将来の退職金計算に含めないことを明確にしておくと安心です。
「みなし役員」に該当しないかも確認しましょう
登記上は取締役を退任していても、税務上は引き続き役員として扱われることがあります。
これを一般に「みなし役員」と呼びます。
法人税上は、取締役などの法定の役員でなくても、相談役や顧問などの名称を使い、実質的に法人の経営に従事している人は、役員に含まれる場合があります。
また、同族会社(株主とその親族などで株式の大部分を保有している会社)の従業員については、一定の株式保有要件を満たし、実際に会社の経営に従事している場合にも、税務上の役員に該当することがあります。
したがって、肩書を次のように変えただけでは安心できません。
・顧問
・相談役
・営業アドバイザー
・会長
・従業員
特に創業者や大株主が取締役を退任する場合は、次の点を確認する必要があります。
・本人や親族の株式保有状況
・退任後も重要な意思決定をしていないか
・後任役員が実際に経営を行っているか
・従業員が誰の指示で動いているか
・主要取引先や金融機関が誰を実質的な代表者と見ているか
形式上の肩書よりも、実際の立場と行動が重視されます。
個人側では「退職所得」になるかが重要です
役員退職金が退職所得として認められた場合、原則として給与所得や事業所得などとは分けて税額を計算します。
一般的な退職所得は、次の計算式で求めます。
(退職金の収入金額-退職所得控除額)×2分の1
ただし、役員としての勤続年数が短い場合などには、2分の1計算を使えないことがあります。
退職所得控除額の計算
退職所得控除額(退職金から税金がかからない金額として差し引ける金額)は、原則として次のように計算します。
勤続年数が20年以下の場合
40万円×勤続年数
ただし、計算結果が80万円未満の場合は、退職所得控除額は80万円になります。
勤続年数が20年を超える場合
800万円+70万円×(20年を超える勤続年数)
また、勤続年数に1年未満の端数がある場合は、原則として1年に切り上げます。
たとえば、勤続期間が10年2か月であれば、退職所得控除の計算では11年として扱います。
具体例で計算してみましょう
退職金が1,000万円、勤続年数が20年で、一般的な退職手当等に該当する場合を考えてみます。
退職所得控除額は、次のとおりです。
40万円×20年=800万円
課税の対象となる退職所得の金額は、次のようになります。
(1,000万円-800万円)×2分の1=100万円
この100万円は、実際に支払う所得税額ではありません。
所得税率を掛ける前の「課税退職所得金額」です。
この金額をもとに、所得税と復興特別所得税(東日本大震災からの復興財源として、所得税と合わせて課税される税金)を計算します。
役員としての勤続年数が5年以下の場合は注意が必要です
役員等としての勤続年数が5年以下で、その期間に対応する役員退職金を受け取る場合は、「特定役員退職手当等」に該当します。
特定役員退職手当等では、退職金から退職所得控除額を引いた残額について、原則として2分の1計算を使うことができません。
たとえば、役員勤続年数が4年11か月の場合、1年未満の端数を切り上げるため、役員等勤続年数は5年となります。
この場合は、特定役員退職手当等に該当します。
一方、役員として5年1か月勤務した場合は、切上げ後の勤続年数が6年となるため、原則として特定役員退職手当等には該当しません。
役員在任期間が短い場合は、一般的な退職金より税負担が大きくなることがあるため、支給前に計算を確認しておくことが大切です。
役員以外でも、勤続年数が5年以下の場合には例外があります
役員以外の従業員についても、勤続年数が5年以下の場合には、「短期退職手当等」に該当することがあります。
短期退職手当等では、退職金から退職所得控除額を引いた残額が300万円を超える場合、その300万円を超える部分については2分の1計算が適用されません。
つまり、「退職金は必ず控除後の金額を半分にできる」とは限りません。
退職金を支給するときは、次のどの区分に該当するかを確認する必要があります。
・一般退職手当等
・短期退職手当等
・特定役員退職手当等
同じ年に複数の区分の退職金を受け取る場合には、計算がさらに複雑になります。
過去に別の退職金を受け取っている場合にも注意が必要です
同じ年に複数の会社などから退職金を受け取る場合や、過去に別の退職金を受け取っている場合には、退職所得控除額の計算が変わることがあります。
特に、過去の退職金と今回の退職金の計算対象期間が重なっている場合には、勤続期間の重複を調整する必要があります。
また、2026年分以後は、確定拠出年金(iDeCoや企業型DCなど、加入者自身が掛金を運用して将来の年金や一時金を準備する制度)の老齢一時金と、その後に受け取る退職手当等との間の勤続期間の重複調整について、対象となる期間が見直されています。
過去に会社からの退職金や確定拠出年金の一時金を受け取っている場合は、申告書や源泉徴収票を確認したうえで計算する必要があります。
「退職所得の受給に関する申告書」を準備しましょう
退職金を支給するときは、原則として、受給者から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらいます。
この申告書は、退職金の支払いを受ける時までに、退職金を支払う会社へ提出します。
会社は、税務署長から特に提出を求められた場合を除き、申告書を税務署へ提出するのではなく、自社で保管します。
申告書の提出を受けている場合、会社は勤続年数や退職所得控除額をもとに、源泉所得税(会社が給与や退職金を支払うときに、あらかじめ差し引いて国に納める所得税)を計算します。
一方、申告書が提出されていない場合には、退職金の支給額に対して、原則として20.42%の所得税および復興特別所得税を源泉徴収します。
その後、本人が確定申告をして税額を精算することになります。
なお、申告書を提出して会社で適切に源泉徴収が行われた場合、通常は、その退職金だけを理由として確定申告をする必要はありません。
ただし、医療費控除や寄附金控除などのために確定申告を行う場合には、退職所得も含めて申告する必要があります。
源泉所得税と源泉徴収票の手続にも注意しましょう
会社が役員や従業員に退職金を支給するときは、所得税と復興特別所得税を源泉徴収し、原則として支給月の翌月10日までに納付します。
また、退職所得の源泉徴収票は、原則として退職後1か月以内に受給者へ交付します。
さらに、2026年1月1日以後に支払うべき退職手当等については、退職手当等を受け取るすべての居住者に係る退職所得の源泉徴収票を、税務署長へ提出する取扱いとなっています。
退職金を支給する際には、金額の決定だけでなく、次の手続もスケジュールに入れておきましょう。
・退職所得の受給に関する申告書の受領
・源泉所得税の計算
・源泉所得税の納付
・退職所得の源泉徴収票の作成
・受給者への交付
・税務署への提出
・関係書類の保管
会社側では、法人税の経費にできるかが問題になります
会社が役員に支給した退職金は、税務上の要件を満たし、金額が適正であれば、法人税を計算する際の損金に算入できます。
「損金」とは、法人税を計算する際の経費に近い考え方です。
ただし、次の2点は分けて確認する必要があります。
本当に役員を退職したことに伴う支給か
取締役を正式に退任し、役員としての地位、権限、責任が終了しているかを確認します。
登記上は退任していても、退任後も実質的に経営を続けている場合には、退職金として認められない可能性があります。
支給額が不相当に高くないか
役員を退職した事実が認められても、退職金額が不相当に高額である場合には、高すぎる部分が法人税の損金として認められないことがあります。
役員退職金の金額が適正かどうかは、役員として勤務した期間、退職の事情、同業種・同規模の会社における支給状況などをもとに判断します。
一般的には、次のような資料を確認します。
・役員退職金規程
・役員としての在任年数
・退任直前の役員報酬
・役員としての功績
・退任に至った事情
・同業種・同規模法人の支給状況
・株主総会などの決議内容
・退職金額の計算書
退職金額を決めた根拠は、議事録や計算書として残しておきましょう。
個人側と会社側の取扱いは、自動的に一致するわけではありません
個人側の所得税と会社側の法人税では、いずれも「役員として本当に退職したといえるか」という事実関係が重要です。
そのため、両者の判断に共通する部分は多くあります。
ただし、税務上の取扱いが自動的に一致するわけではありません。
それぞれの税法に基づいて、別々に判定されます。
たとえば、受け取る本人にとって退職所得に該当する場合でも、会社が支給した退職金額が不相当に高額であれば、高すぎる部分は法人税の損金として認められない可能性があります。
反対に、会社が会計上「退職金」として処理しただけで、本人側でも必ず退職所得になるわけではありません。
受給者側と会社側の両方について、事実関係と金額を確認する必要があります。
会社の財務状況と、退職金額の税務上の妥当性は分けて考えましょう
会社の財務状況や現預金の額は、退職金を実際に支払えるか、支払った後も事業を続けられるかを考えるうえで重要です。
一方で、会社に多額の現預金があるという理由だけで、高額な役員退職金が税務上認められるわけではありません。
次の2つは分けて検討しましょう。
退職金額の税務上の妥当性
・在任年数
・最終報酬
・功績
・退職の事情
・同業種・同規模法人の支給状況
会社の資金繰り
・現預金の残高
・毎月の運転資金
・借入金の返済予定
・納税予定額
・生命保険の解約返戻金の入金時期
・退職金支給後の資金余力
退職金が税務上適正な金額であっても、支給によって会社の資金繰りが厳しくなることがあります。
法人税の節税だけを目的に金額を決めるのではなく、支給後の経営も含めて計画することが大切です。
未払計上は「実際の退職」と「実質的な退職」を分けて考えます
役員退職金の未払計上(実際にはまだ支払っていないけれど、帳簿の上で先に費用として計上すること)については、すべて同じ取扱いになるわけではありません。
役員が実際に退職した場合
役員が実際に退職した場合、適正な額の役員退職金は、原則として、株主総会の決議などによって金額が具体的に確定した日の属する事業年度に損金算入します。また、会社が実際に退職金を支払った事業年度に損金経理した場合には、その支払った事業年度で損金算入することも認められています。
ただし、金額が正式に確定する前に、取締役会などで内定した金額を未払金に計上しただけでは、その時点で損金にすることはできません。
分掌変更などによる「実質的な退職」の場合
一方、役員として在籍を続けながら、分掌変更などによって実質的に退職したものとして退職金を支給する場合には、未払金に計上しただけの金額は、原則として退職給与に含まれません。
法人税基本通達9-2-32でも、分掌変更などによる退職給与については、未払金等に計上した金額を原則として含めないとされています。
今回のように、取締役を正式に退任して従業員になるケースが、一般的な「実際の退職」として扱われるか、実質的退職に近いものとして慎重な確認が必要になるかは、退任の実態、雇用関係、権限、職務内容などにより判断が分かれる可能性があります。
そのため、未払計上を予定している場合は、決算時になってから判断するのではなく、支給前に確認しておくことが大切です。
会社が準備しておきたい書類
税務調査などでは、取締役を退任したという事実だけでなく、退任後の実態を確認される可能性があります。
次の書類を整理しておくと、退任前後の変化を説明しやすくなります。
役員退任に関する書類
・辞任届
・株主総会議事録
・取締役会議事録
・変更後の登記事項証明書
・後任役員を選任した資料
・業務の引継書
・退任前後の組織図
退職金に関する書類
・役員退職金規程
・退職金額の計算書
・支給額を決議した株主総会議事録
・退職金の振込記録
・退職所得の受給に関する申告書
・退職所得の源泉徴収票
・源泉所得税の納付資料
・金額の妥当性を検討した資料
退任後の勤務に関する書類
・雇用契約書
・労働条件通知書
・職務内容を定めた書類
・職務分掌表
・職務権限規程
・給与台帳
・勤怠記録
・社内稟議や決裁権限の変更資料
・経営会議の出席者記録
・社内外への役割変更の案内
大切なのは、書類を作成すること自体ではありません。
書類の内容と、実際の働き方が一致していることです。
たとえば、雇用契約書では「営業支援のみ」とされているのに、実際には毎週の経営会議で最終判断をしている場合、書類だけでは十分な説明になりません。
具体例で考えてみましょう
長年取締役を務めたAさんが、後継者への事業承継に伴って取締役を退任したとします。
退任後の状況は、次のとおりです。
・取締役の変更登記を行った
・後任の取締役が経営判断を行っている
・Aさんは取締役会や経営会議に参加しない
・人事や資金に関する決裁権限を持たない
・重要な契約の決定を行わない
・Aさんは従業員として雇用契約を結んだ
・退任後は既存顧客への営業同行を担当する
・役員報酬から従業員給与に変わった
・勤務日数と給与額が減少した
・退任前の役員期間を将来の退職金計算に含めない
・役員退職金の金額に合理的な根拠がある
・役員退職金が実際に振り込まれた
このようなケースでは、取締役としての地位、経営責任、権限、契約関係、報酬、仕事内容が明確に変わっています。
そのため、Aさんが会社で勤務を続けていたとしても、役員として退職したことに伴う退職金であると説明しやすくなります。
一方、退任後も次のような状態であれば注意が必要です。
・後任役員がAさんの承認なしでは重要事項を決められない
・主要な契約をAさんが実質的に決裁している
・経営会議に毎回出席して最終判断をしている
・銀行交渉をAさんだけが担当している
・従業員が引き続きAさんの指示で動いている
・主要取引先がAさんを実質的な代表者として扱っている
・給与や勤務内容が退任前とほとんど変わっていない
この場合、肩書や登記だけを変更し、実際には役員としての立場が続いていると判断される可能性があります。
よくある勘違い
勘違い1:「取締役を辞任して登記を変更すれば、必ず退職金になる」
登記の変更は重要ですが、それだけでは決まりません。
退任後も実質的に経営を続けている場合は、役員として退職していないと判断される可能性があります。
勘違い2:「会社に少しでも残ったら、退職金は支給できない」
勤務が続いていても、役員としての地位、責任、権限、仕事内容などが明確に変わっていれば、退職金として認められる余地があります。
勘違い3:「給与を半分以下にすれば必ず大丈夫」
給与がおおむね50%以上減少したことは、一つの例にすぎません。
退任後も実質的に会社の経営を続けていれば、それだけで退職金として認められるとは限りません。
勘違い4:「給与の減少が50%未満なら、絶対に認められない」
50%という数字は、通達に示された例の一つです。
地位、職務、権限、責任などが大きく変わっていれば、給与の減少率だけで結論が決まるとは限りません。
勘違い5:「顧問や従業員という肩書なら、税務上も役員ではない」
肩書だけでは判断できません。実質的に会社の経営に従事している場合には、法人税上のみなし役員に該当する可能性があります。
勘違い6:「受け取る本人が退職所得なら、会社側も全額経費になる」
個人側と会社側は、別々に判定されます。
本人側で退職所得に該当しても、支給額が不相当に高額であれば、高すぎる部分が会社側で損金にならないことがあります。
勘違い7:「会社にお金があるため、高額な退職金を出しても問題ない」
会社の資金力と、退職金額の税務上の妥当性は別の問題です。
金額の根拠は、在任年数、報酬、功績、同業他社の支給状況などから説明できるようにしておく必要があります。
勘違い8:「未払金に計上すれば、必ずその期の経費になる」
実際の退職なのか、分掌変更などによる実質的退職なのかによって取扱いが異なります。
また、正式に金額が確定する前の内定額を未払計上しただけでは、損金にできないことがあります。
退任前から準備することが大切です
役員退職金は、支給後になってから書類を整えようとしても、実態との整合性を取ることが難しくなります。
できれば退任日を決める前に、次の順番で整理しましょう。
ステップ1 誰が後任として経営を担当するのか決めます。
ステップ2 退任する役員が、退任後に担当する仕事を具体的に決めます。
ステップ3 経営会議への参加、決裁権限、契約権限、人事権限などを整理します。
ステップ4 株式保有状況を確認し、みなし役員に該当する可能性を検討します。
ステップ5 役員退職金規程を確認し、支給額の根拠を計算します。
ステップ6 株主総会議事録、辞任届、雇用契約書などを準備します。
ステップ7 退職金の支払日、源泉所得税の納付日、源泉徴収票の提出期限などを確認します。
ステップ8 退職所得の受給に関する申告書を受領します。
ステップ9 退任後は、決めた役割分担に沿って実際に運用します。
特に重要なのは、最後の「実際に運用する」という点です。
書類上は権限をなくしていても、実際には以前と同じ経営判断を続けていれば、税務上の説明が難しくなります。
まとめ
役員を退任した後も、従業員やアドバイザーとして勤務を続ける場合に、役員退職金が認められる可能性はあります。
判断の中心となるのは、会社を完全に辞めたかどうかだけではありません。
次の点を総合的に確認します。
・取締役としての法的な地位が終了しているか
・経営責任や決裁権限を失っているか
・後任役員が実際に経営を引き継いでいるか
・退任後の仕事が従業員としての業務になっているか
・報酬や勤務条件が変わっているか
・退任前の勤続期間を退職金として精算しているか
・みなし役員に該当しないか
・退職金額に合理的な根拠があるか
・支給時期や未払計上の処理が適切か
・書類と実際の働き方が一致しているか
大切なのは、「取締役を辞めたという形式」だけを整えることではありません。
退任前と退任後で、地位、責任、権限、仕事内容が実際に変わっていることが重要です。
役員退職金は、受け取る本人の所得税だけでなく、会社の法人税、源泉徴収手続、資金繰り、事業承継にも関係します。
退任直前に慌てて決めるのではなく、退任後の役割や権限まで含めて、早めに計画を立てておくと安心です。
特に同族会社では、創業者や大株主が退任後も実質的な影響力を持ち続けることがあります。
株式の保有状況、後任役員との関係、意思決定の流れなども含めて、個別に確認する必要があります。
実際に退職金を支給する際は、退任日、支給額、支払時期を決定する前に、最新の法令や国税庁資料を確認し、会社の具体的な状況に応じて判断することが大切です。
※この記事は作成時点の情報に基づいています。
実際の適用には個別判断が必要です。
詳細は税務署にご確認ください。






