円高になれば安心なのか。日本の金利上昇と積極財政から考える、これからの円相場
最近、円相場に変化が見え始めています。
長く続いてきた円安から、円高方向へ振れる場面が増えてきました。
そのため、
「いよいよ円安の時代は終わるのではないか」
「これからは円高になっていくのではないか」
と考える人もいるかもしれません。
確かに、その可能性はあります。
日本の金利が上がり、アメリカとの金利差が小さくなれば、これまでのように円を売ってドルを買う動きは弱くなりやすくなります。
日銀が金融政策を少しずつ普通の状態へ戻していけば、円が買われる理由も増えていきます。
しかし、ここで一つ注意したいことがあります。
それは、
「日本の金利が上がれば、自動的に円高になるとは限らない」
ということです。
むしろ、これから日本で起こるかもしれないのは、
金利が上がっているのに円も売られる
という、少し分かりにくい状況です。
私は、今後の日本経済を見るうえで、この点がとても重要だと思っています。
今の円高には、いくつかの理由があります
実際、日銀は2026年6月、政策金利を0.75%から1.00%へ引き上げました。
約31年ぶりの水準です。
市場では、早ければ9月の会合でもう一段の利上げがあるのではないかという見方も広がっています。
これまで日本は、世界の中でも特に金利の低い国でした。
一方、アメリカでは高い金利が続いていました。
そのため、低い金利の円を持つより、高い金利が得られるドルを持った方が有利だと考える人が多くなります。
それが円売り・ドル買いにつながり、大きな円安の理由の一つになっていました。
ところが、日本の金利が上がり、アメリカの金利が低下していけば、その差は小さくなっていきます。
そうなると、以前ほど強く円を売る必要がなくなります。
また、これまで円を売っていた投資家が、
「そろそろ円安も終わるかもしれない」
と考え、円を買い戻すこともあります。
こうした動きが重なれば、円高になるのは自然なことです。
ですから、今起きている円高を、単なる一時的な動きとして無視する必要はありません。
長く続いてきた大きな円安相場が、変化し始めている可能性は確かにあります。
ただし、ここからが問題です。
日銀と政府が、反対方向へ進む可能性があります
日本では今後、少し変わった政策の組み合わせが続く可能性があります。
日銀は、物価上昇を抑えるために金利を上げていく方向です。
一方、高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、景気や生活を支えるために財政支出を増やそうとしています。
たとえば、
減税、
給付、
防衛費、
子育て支援、
産業支援、
インフラ投資、
エネルギー対策などです。
もちろん、それぞれには必要な理由があります。
問題は、それらを合わせたときに何が起こるのかです。
日銀は金利を上げることで、世の中に出回るお金を少し抑えようとします。
ところが政府が大きなお金を使えば、反対に経済へお金が流れます。
つまり、
日銀はブレーキを踏み、政府はアクセルを踏む
という状態になりかねません。
実際、大型の補正予算は、その財源の多くを新規国債の発行に頼っています。
この状態が長く続くと、市場は少しずつ心配し始めます。
「日銀が金利を上げても、物価上昇は本当に収まるのだろうか」
「政府支出が増え続ければ、さらに国債を発行する必要があるのではないか」
「日本の借金は今後も増え続けるのではないか」
という疑問が出てくるからです。
大切なのは、「金利が上がったこと」ではありません
ニュースでは、日本国債の金利上昇そのものが大きく取り上げられます。
しかし、本当に見るべきなのは、
金利が何%になったかではなく、なぜ金利が上がっているのか
です。
たとえば、日本経済が正常化し、物価や賃金が安定的に上がり、それに合わせて日銀が少しずつ金利を上げているのであれば、それほど悪いことではありません。経済が普通の状態へ戻っている結果として、金利が上がっているとも考えられるからです。
その場合、
金利が上がる
↓
円を持つ魅力が高まる
↓
円が買われる
↓
円高になる
という流れが起こりやすくなります。
これは比較的分かりやすい金利上昇です。
ところが、まったく別の金利上昇もあります。
政府の支出が増え、国債発行も増え、市場が、
「日本の財政は大丈夫だろうか」
と心配し始めた結果、国債が売られるケースです。
国債は売られると、価格が下がり、金利が上がります。
つまり同じ「金利上昇」でも、中身はまったく違います。
前者は経済の正常化による金利上昇です。
後者は、日本という国に対する不安から金利が上がっている状態です。
後者の方が、はるかに注意が必要です。
「金利上昇+円安」が起きたら要注意です
普通に考えれば、日本の金利が上がれば円高になりそうです。
ところが、市場が日本の財政を心配し始めると、その関係が崩れることがあります。
日本国債が売られる。
↓
長期金利が上がる。
↓
日本の財政への不安がさらに強くなる。
↓
円も売られる。
こうなる可能性があります。
つまり、
国債安・金利上昇・円安
が同時に進む状態です。
これは日本にとって、あまり好ましい動きではありません。
現に2026年9月には、長期金利が3%まで上昇する場面がありました。
それでも与党内から財政運営を見直す声はあまり出ておらず、「責任ある積極財政」の方向性そのものは変わっていません。
円安になれば、輸入する食料やエネルギー、原材料などの価格が上がりやすくなります。
すると物価も上がります。
物価が上がれば、日銀はさらに金利を上げる必要が出てきます。
ところが金利が上がれば、国が国債に対して払う利息も増えていきます。
財政負担が重くなれば、さらに財政への不安が出てくるかもしれません。
すると、
円安
↓
輸入物価上昇
↓
インフレ
↓
金利上昇
↓
国の利払い負担増加
↓
財政不安
↓
さらに円売り
という悪循環になる可能性があります。
これが、今後警戒すべき一つのシナリオです。
積極財政そのものが悪いわけではありません
ここは誤解しない方がよいと思います。
政府がお金を使うこと自体が、ただちに悪いわけではありません。
経済成長につながる投資であれば、将来の税収が増える可能性もあります。
少子化対策や防衛、インフラ整備、技術開発など、国として必要な支出もあります。
問題は、
「どれくらい使うのか」
そして、
「そのお金をどう用意するのか」
です。
市場が最も嫌うのは、
「支出だけがどんどん増えるが、将来どうやって負担するのか分からない」
という状態です。
たとえば、大きな減税を行う。
同時に大きな支出も増やす。
しかし、それを補う財源が十分には見えない。
こうなれば、足りないお金は国債発行で補うことになります。
その規模が大きくなれば、
「この国債を誰が買うのか」
という問題が出てきます。
実際、日本国債を保有する外国人投資家の割合は、この10年でおよそ倍の1割強まで増えました。
国内の金融機関だけでは消化しきれない分を、海外投資家に頼る度合いが強まっているということです。
国債を買ってもらうためには、より高い金利が必要になるかもしれません。
すると長期金利がさらに上がります。
だからこそ積極財政を行うなら、
何に使うのか
だけではなく、
どこまで国債を増やすのか
まで説明する必要があります。
市場が納得できるかどうかが重要なのです。
今後は10年国債だけを見ても足りません
これから日本市場を見る場合、10年国債の金利だけではなく、より長い期間の国債にも注目した方がよいと思います。
たとえば20年、30年、40年といった超長期国債です。
長い国債ほど、
「日本の財政が10年後、20年後、30年後も大丈夫なのか」
という市場の見方が表れやすくなります。
短期の金利は日銀の政策によってある程度動きます。
しかし30年、40年先になると、それだけではありません。
日本政府の財政、
将来のインフレ、
国債発行の増加、
国への信用など、
より長期的な問題が影響します。
もし10年国債だけでなく、30年・40年国債の金利まで急速に上がるようなら、単なる金融政策の正常化とは違う可能性があります。
特に、
長期金利が大きく上がっているのに円まで売られている
のであれば、かなり注意が必要です。
市場が、
「日本の金利が上がったから円を買おう」
ではなく、
「日本資産を持つなら、もっと高い利回りが必要だ」
と考えている可能性があるからです。
円高の流れが本物になる条件
では、このまま円高が続くためには、何が必要なのでしょうか。
私は、大きく三つあると思います。
一つ目は、日銀が金融政策を正常な状態へ戻していくことです。
金利を極端に低く抑え続ける時代から、少しずつ普通の金利がある経済へ移っていくことです。
二つ目は、日本政府が市場から財政への信頼を失わないことです。
積極財政を続けるとしても、
「どこまでも国債を増やすわけではない」
という安心感が必要です。
三つ目は、日本のお金が国内へ戻ってくることです。
日本の金利が十分に高くなれば、国内の金融機関や投資家にとって、わざわざ海外へ資金を出す必要が小さくなります。
これまで海外債券などに向かっていたお金の一部が日本へ戻れば、円高を支える力になります。
この三つがそろえば、長年続いた円安の流れが本格的に変わる可能性があります。
反対に、日銀だけが利上げし、政府が大規模な財政拡張を続けるのであれば、話は簡単ではありません。
円高と円安を繰り返す可能性があります
これからの為替相場を、
「円高になるか」
「円安になるか」
という二択だけで考えない方がよいと思います。
私はむしろ、
円高と円安を大きく繰り返す相場
になる可能性も十分あると思っています。
実際、2026年のドル円相場は、すでにこれを体現しています。
7月には164円に迫る円安が進みましたが、日米の協調介入を受けて155円台まで円高が進み、その後は再び160円台を回復、9月に入ると日銀の利上げ観測から157円前後まで戻すなど、狭くない範囲での往復を繰り返しています。
日銀が利上げすれば円高になる。
しかし政府が大きな財政政策を発表すると、財政不安から円が売られる。
海外の金利が下がれば再び円高になる。
しかし日本の物価が再び上がれば、政策への不安から相場が反転する。
このように、円高材料と円安材料が交互に出てくる可能性があります。
そのため、
150円を下回ったから円高時代になった、
160円を超えたから永遠に円安が続く、
というように、一つの数字だけで判断するのは危険です。
大切なのは、その背景に何が起きているのかを見ることです。
為替より「金利と円の組み合わせ」を見る
今後、私が特に注目したいのは、
金利と円が同時にどう動いているか
です。
たとえば、
日本の長期金利が上昇し、円も高くなる。
この場合は、日本の金融政策正常化が評価されている可能性があります。
一方、
金利は上昇しているのに円がほとんど動かない。
この場合は、金融正常化を評価する動きと、財政を心配する動きがぶつかっているのかもしれません。
そして最も注意したいのが、
金利が上昇しているのに円安も進む
という状態です。
この場合、市場が単なる利上げではなく、日本の財政そのものを心配している可能性があります。
為替を見るときに、
「今日は何円だったか」
だけを見るのではなく、
「そのとき日本国債の金利はどう動いていたのか」
まで一緒に見ると、今までとは違った景色が見えてくると思います。
海外が日本の政策を気にする理由
日本の財政や金融政策は、日本だけの問題ではありません。
日本は世界でも有数の資金を持つ国です。
日本の金融機関や投資家は、アメリカをはじめ、世界中の国債や金融資産を大量に保有しています。
もし日本の金利が大きく上がれば、
「海外で運用するより、日本国債を買った方がよいのではないか」
と考える投資家が増える可能性があります。
そうなると、海外に出ていた日本のお金が国内へ戻ります。
その過程で海外の国債が売られれば、海外の長期金利まで上がることがあります。
つまり日本の金利上昇は、日本国内だけで終わらない可能性があります。
だからこそ海外の政府や金融市場も、日本の金融政策や財政政策を気にします。
日本の政策が不安定になれば、世界の債券市場にも影響する可能性があるからです。
「円安の終わり」と決めつけるにはまだ早い
今の円高方向への動きには、確かに大きな意味があります。
日本の金利が上がり始め、日米の金利差も変化し始めています。
長年続いた円安の前提が少しずつ崩れてきていることは確かです。
ですから、
「円安相場が転換し始めた可能性」
は考えておく必要があります。
しかし同時に、
「もう円安時代は終わった」
と決めつけるには、まだ早いと思います。
日本には、金融政策だけでなく、財政というもう一つの大きな問題があります。
もし日銀が金融政策を正常化しても、その一方で政府支出や国債発行が大きく増え続ければ、市場は別の不安を持ち始めます。
そうなれば、
一度150円方向へ円高になった後、
再び155円、
158円、
160円へ戻る、
ということも十分あり得ます。
逆に政府が財政への信頼を保ちながら、日銀も金融政策の正常化を進められれば、円高が定着していく可能性もあります。
つまり今は、
円高時代に入ったと決まった段階ではなく、長く続いた円安の仕組みが本当に終わるのかを市場が確認している途中
なのではないでしょうか。
本当に見るべきなのは「政策への信頼」です
結局、これからの日本市場で一番大切なのは、金利の数字だけでも、ドル円の数字だけでもないと思います。
市場が日本の政策を信頼しているかどうかです。
積極財政を行うこと自体が問題なのではありません。
その支出によって日本経済が成長し、将来の税収増加につながるのなら、意味のある財政支出になります。
しかし、
使う金額だけが増え、
借金だけが増え、
物価も上がり、
その後どうするのかが見えない、
という状態になると、市場の見方は変わります。
最初は、
「日本もようやく金利が上がる」
と歓迎していた市場が、あるところから、
「この金利上昇は本当に良い金利上昇なのだろうか」
と疑い始める可能性があります。
その変化が最も分かりやすく現れるのが、
日本国債と円の動き
なのだと思います。
だから今後は、
「円高か円安か」
だけではなく、
なぜ円高なのか。
なぜ金利が上がっているのか。
この二つを一緒に考える必要があります。
日本の金融政策が正常化し、財政への信頼も保たれるのであれば、長い円安の時代が本当に終わっていく可能性があります。
しかし、金融政策と財政政策の方向が大きくずれ、市場が日本の財政を心配し始めれば、一度進んだ円高が再び円安へ戻ることも十分考えられます。
今はまだ、答えが出た局面ではありません。
むしろ、
これまで続いてきた円安の仕組みが変わるのか、それとも形を変えて再び円安へ戻るのか。
その分かれ道に近づいているのだと思います。



