年金の壁がなくなる日―第3号被保険者制度縮小で、家計と会社は何を迫られるのか
今回は、いま議論が進んでいる年金の「第3号被保険者制度」の見直しについて、経営者の皆様、そしてご家庭で家計を支えていらっしゃる皆様に向けて、できるだけわかりやすくお話ししたいと思います。
結論から申し上げますと、今回の議論は、単に「専業主婦への支援をなくす」という話ではありません。
家族の形を基準に支える仕組みから、実際に困っている方を支える仕組みへと、制度の物差しを変えられるかどうかという、かなり本質的な話だと私は捉えています。
ご家庭の手取り収入、中小企業の保険料負担、そして子育てや介護で思うように働けない方への支援のあり方に直結するテーマですので、じっくりとお付き合いいただければと思います。
一言でいうと、何の話か
今回の議論を一言で申し上げるなら、「家族の形を基準に支える制度から、実際に困っている人を支える制度へ変えていけるかどうか」という話です。
「第3号被保険者制度が縮小される」と聞くと、「専業主婦への支援がなくなってしまうのではないか」と不安に感じられる方もいらっしゃるでしょう。
実際、私のもとにも同じようなご相談をいただくことがあります。
しかし、本当に考えるべきなのは、「制度を残すか、なくすか」という二択だけではないと私は考えています。子育てや介護、あるいは病気などの事情で働くことが難しい方は、これからも支えていく必要があります。その一方で、配偶者に扶養されているかどうかだけで支援の対象が決まってしまう今の仕組みには、不公平だと感じられる部分があることも事実です。
大事なのは、支援そのものを減らすことではありません。支援を必要としている方に、家族構成や勤め先の規模に関係なく、その支援がきちんと届く形に変えられるかどうかです。
何が起きているのか
今回の議論には、大きく分けて三つの動きがあります。
一つ目は、給付付き税額控除の検討です。
給付付き税額控除とは、税金を軽くする仕組みと、現金などを給付する仕組みを組み合わせた制度です。
収入が少なく、もともと納める税金自体が少ない方にとっては、減税だけでは十分な支援にならないことがあります。
そこで、減らしきれない分を給付という形でお届けしようという考え方です。
現在の議論では、収入に応じて給付額を変え、お子さんの人数なども考慮する案が示されています。
一律に同じ金額をお配りするのではなく、負担が重い方により手厚く届けようという発想です。
二つ目は、年金の第3号被保険者制度を段階的に縮小していく動きです。
第3号被保険者とは、会社員や公務員などに扶養されている配偶者が、ご自身で国民年金の保険料を納めなくても、基礎年金の対象になれる仕組みのことです。
対象となっている方の多くは、収入を一定の範囲に抑えて働いていらっしゃる方や、働いていらっしゃらない配偶者の方です。
この制度は今から40年ほど前、1985年の年金改正で創設され、1986年に施行された、比較的歴史のある仕組みです。
当時は、専業主婦の方であってもご自身の名義で年金を受け取れるようにという趣旨で作られました。
ここ数年は、2022年10月に従業員101人超の企業、2024年10月には51人超の企業へと、短時間労働者が社会保険に加入する対象がすでに段階的に広げられてきており、第3号被保険者の数は少しずつ減ってきています。
直近の報道では、対象となる方はおよそ600万人台なかばと推計されています。
そして2026年4月には、自民党と日本維新の会が、第3号被保険者制度の対象を縮小する方向で検討を進めることで合意したと報じられました。
両党の連立合意書には、2026年度中に具体的な制度設計を行うと明記されているとのことです。
ただし、この時点ではまだ「制度をどう縮小するか」の具体的な中身までは固まっておらず、今後、幅広い国民的な議論を経て決まっていく段階にあります。
あわせて、いわゆる「106万円の壁」についても、2025年6月に成立した年金制度改正法によって撤廃が決まっており、2026年10月から施行される予定です。
「130万円の壁」自体はすぐにはなくならない見込みですが、企業規模の要件は今後さらに段階的に縮小・撤廃されていく方向にあります。
なお、年金の第3号制度と、健康保険の扶養制度は、本来は別の制度です。
ただし、日々の生活の中では、両方をまとめて「扶養の範囲」と考える方が多く、実際に働く時間を決める際の大きな要因になっています。
三つ目は、第3号に入っていらっしゃる方の生活や収入、働けない理由などを、詳しく調べようとする動きです。
すぐに制度をすべてなくすということではありません。
まずは厚生年金に入る方を段階的に増やし、その後も第3号に残られる方が、どのような事情を抱えていらっしゃるのかを丁寧に見ていく、という流れが想定されています。
年金制度改正法の附則にも、国民的な議論が必要だという認識のもと、実情に関する調査研究を行い、制度のあり方を検討していくという趣旨の規定が盛り込まれています。
なぜそれが起きているのか
第3号被保険者制度が作られた当時は、夫が会社で働き、妻が家事や子育てを担うご家庭が多くありました。
その時代には、家庭の中で働く配偶者を年金制度で支えることに、一定の合理性がありました。
ところが、現在は家族や働き方の形が大きく変わっています。結婚後も働き続ける方が増えました。
夫婦がともに働くご家庭も、専業主婦のご家庭より多くなっています。
結婚をされない方や、離婚後にお一人でお子さんを育てていらっしゃる方もいらっしゃいます。
会社員だけでなく、自営業者やフリーランスとして働く方も増えています。
こうした社会の変化の中で、会社員に扶養されている配偶者だけを手厚く支援する仕組みが、本当に公平と言えるのか、という疑問が出てきているわけです。
たとえるなら、昔の家族向け料金プランを、今もそのまま全員に使い続けているような状態に近いかもしれません。
以前は、家族が同じ家に住み、同じ電話を使うことが当たり前でした。
しかし今は、お一人暮らしの方や共働きのご家庭、離れて暮らすご家族など、暮らし方も働き方もさまざまです。昔の使い方に合わせた割引をそのまま残し続けると、本当に負担が重い方よりも、たまたま昔の条件に当てはまる方だけが得をしてしまう場合があります。
年金制度でも、これと似た問題が起きていると私は感じています。
もう一つの大きな背景は、人手不足です。働く方の数が減っていく中で、企業は働き手を必要としています。
ところが、一定の収入を超えると社会保険料の負担が発生し、手取りが一時的に減ってしまうことがあります。
これが、いわゆる「年収の壁」です。そのため、もっと働く時間を増やせる方であっても、手取りが減ることを避けるために、勤務時間をあえて抑えていらっしゃるケースが少なくありません。
政府や経済団体には、こうした制度によって働く時間が抑えられている状態を変えていきたいという考えがあります。
なぜ大事なのか
この問題が大事なのは、単に年金だけの話にとどまらないからです。
社会が人を支えるとき、何を基準にするのかという、もっと大きな問題につながっています。
現在の第3号制度では、会社員などに扶養されている配偶者が対象です。
しかし、同じように子育てや介護で大変な状況にあっても、独身の方や自営業者の配偶者、ひとり親のご家庭などは、第3号としての支援を受けることができません。
たとえば、会社員のご主人に扶養されながらお子さんを育てていらっしゃる方は、第3号になれる可能性があります。
一方で、お一人で働きながらお子さんを育てていらっしゃる方は、ご自身で社会保険料を負担しなければなりません。
後者の方のほうが生活に余裕がない場合であっても、現在の年金制度では、前者の方が支援の対象になってしまいます。
ここに、私自身も相談を受けていて感じる不公平感があります。
だからといって、第3号に入っていらっしゃる方を「働こうとしない方」と考えるのは適切ではないと私は思います。
働きたくても働けない方は、確実にいらっしゃいます。小さなお子さんを育てていらっしゃる方もいます。
ご家族の介護をしていらっしゃる方もいます。ご本人やお子さんに病気や障害があり、決まった時間に働くことが難しい方もいます。
保育所や介護サービスを利用できず、ご家庭で対応せざるを得ない場合もあります。
また、「働ける方」と「働けない方」は、簡単に二つに分けられるものではありません。
週に数時間なら働けても、フルタイム勤務は難しい方もいらっしゃいます。
お子さんの体調によって、毎月の勤務時間が変わる方もいらっしゃいます。
親御さんの介護が急に始まり、仕事を減らさざるを得なくなる方もいらっしゃいます。
制度を見直すのであれば、こうした一人ひとりの事情を丁寧に扱う必要があると、私は強く感じています。
第3号を縮小するだけで、新しい支援を用意しなければ、本当に支援が必要な方まで負担が重くなってしまう可能性があります。
反対に、家族の形ではなく、子育て、介護、病気、所得といった実質的な事情を基準にした支援へ移していくことができれば、これまで制度から外れていた方にも、支援を届けられるようになるかもしれません。
生活や仕事にどう関係するのか
まず、良い面として考えられるのは、社会保険に入る方が増えることです。
厚生年金に加入すると、保険料は本人と勤務先が原則として折半で負担します。
将来受け取る年金も、基礎年金だけの場合より増える可能性があります。
病気やけがで長く仕事を休まれる場合に、一定の条件のもとで傷病手当金を受けられることもあります。
目の前の手取りだけを見ると負担が増えるように感じられますが、将来の年金や、働けなくなったときの保障が厚くなるという面があります。
また、収入を一定の範囲に抑える必要がなくなれば、もっと働きたいという方が勤務時間を増やしやすくなります。
企業にとっても、人手不足を和らげる効果が期待できます。
一方で、注意しておきたい面もあります。
社会保険に入ると、毎月の給与から保険料が引かれます。
働く時間を少し増やしただけでは、手取りがほとんど増えないということも起こり得ます。
長い目で見れば保障が手厚くなるとしても、今月の食費や家賃をやりくりするご家庭にとっては、目の前の手取りも同じくらい大切です。
給付付き税額控除が議論されているのは、こうした負担をやわらげるという意味合いもあります。
社会保険料を負担することで手取りが少なくなる方に、収入に応じた給付を行おうという考え方です。
ただし、誰がいくら受け取れるのかという仕組みが複雑になりすぎると、制度をご存じない方が申請できず、支援からこぼれ落ちてしまう心配もあります。
中小企業への影響も無視できません。
厚生年金や健康保険の保険料は、会社側も一定額を負担します。
従業員数の多い大企業であれば負担を分散しやすいのですが、人数の少ない会社や、利益の少ない個人商店にとっては、これがかなり重い負担になることがあります。
実際、私が担当させていただいている飲食業や小売業のお客様からも、「これ以上社会保険料の負担が増えたら、正直厳しい」というお声をいただくことが増えてきました。
社会保険の対象を広げること自体には、公平性という観点から一定の合理性があります。
同じ仕事をしているのに、勤務先の規模だけで保障が変わってしまうのは、説明がつきにくいからです。
しかし、制度を広げるだけで中小企業への支援策がなければ、採用を控えたり、営業時間を短縮したりする企業が出てくるかもしれません。
働く方を守る改革と、小さな会社を守る対策とは、同時に考えていく必要があると私は考えています。
身近な例で考える
ここで、実際にご相談をいただいた事例に近い形で、少し身近な形に置き換えてお話ししたいと思います。
家計で考える
ご主人が会社員で、奥様が短時間のパートで働いていらっしゃるご家庭を考えてみましょう。
奥様は、社会保険料の負担が始まる収入を超えないように、年末が近づくと勤務時間を減らしていらっしゃいます。
お勤め先は忙しく、人手を必要としています。奥様ご自身も、本当はもう少し働きたいと思っていらっしゃいます。
しかし、少し収入を増やした結果、社会保険料が引かれて手取りが一時的に減ってしまうのであれば、働く時間を抑えたほうが家計にとっては得だと考えてしまうわけです。
これは、スーパーで「あと一つ買うと割引がなくなり、合計金額がかえって高くなってしまう」という仕組みに近いかもしれません。
必要な物があっても、割引を失わないように、買い物を途中で止めてしまうでしょう。
働き方についても、制度の境目が急であればあるほど、これと同じような行動が起きやすくなります。
給付付き税額控除などによって負担の変化をなだらかにできれば、働く時間を増やしやすくなると考えられます。
ただし、お子さんの送り迎えや家事に時間がかかるご家庭では、制度が変わったからといって、すぐに勤務時間を増やせるわけではありません。
お金の仕組みだけでなく、保育や家事、長時間労働の問題も、あわせて考えていく必要があります。
小さなお店の経営で考える
私が実際にお付き合いさせていただいているお客様の中に、従業員数名の飲食店を経営されている方がいらっしゃいます。
仮にAさんとしておきましょう。
Aさんのお店では、扶養の範囲内で働くパート従業員の方が数名いらっしゃいます。
もしこの方々が社会保険に加入することになれば、ご本人だけでなく、お店側も保険料を負担することになります。
従業員の方にとっては、将来の年金額が増え、病気やけがのときの保障も手厚くなります。
安心して長く働ける職場になれば、人材の定着にもつながる可能性があります。
これはお店側にとっても、決して悪い話ではありません。
しかし、毎月の売上に大きな余裕があるわけではないお店にとって、保険料の負担が重く感じられるのも事実です。
ご家庭でスマートフォンの料金が一人分増えるのとは違い、従業員が社会保険に加入するたびに、固定費そのものが増えていくようなイメージに近いかもしれません。
固定費とは、売上が少ない月であっても、毎月ほぼ必ず出ていくお金のことです。
Aさんのように、商品の値上げや営業時間の短縮を検討せざるを得なくなるお店も出てくるでしょう。
新しい人を雇わず、今いる従業員の勤務時間を減らすという選択をされる経営者の方もいらっしゃいます。
だからこそ、制度を段階的に見直していくことや、小さな会社への支援策が重要になってくると、私は日々の業務を通じて強く感じています。
これから大切になる見方
「第3号を残すべきか、廃止すべきか」という二択だけで考えると、議論はどうしても対立しやすくなります。
専業主婦の方を守るのか、働く方の公平を守るのか、という二者択一に見えてしまうからです。
しかし、本来はどちらか一方を選ぶという話ではないと、私は考えています。
見るべきなのは、今の制度が誰を支えていて、誰を支えられていないのか、という点です。
第3号の対象者が減っていくことだけでなく、その代わりにどのような支援が新しく作られるのかを、あわせて見ていく必要があります。
子育てや介護をしていらっしゃる方への保険料の軽減はあるのか。ひとり親の方や自営業者、フリーランスの方にも支援が届くのか。
社会保険に入った直後の手取り減少を、給付などでやわらげる仕組みはあるのか。
中小企業の負担をどのように支えていくのか。こうした部分まで見ていかなければ、今回の改革が良いものなのかどうか、本当の意味では判断できません。
また、「働いているかどうか」だけで、その方の事情を決めつけないことも大切です。
賃金の低い仕事しか見つからない方もいらっしゃいます。
地域によっては、保育や介護のサービスが十分に整っていないこともあります。
ご家庭内の事情は、外からはなかなか見えにくいものです。
所得や家族構成などのデータを使うこと自体は必要ですが、数字だけですべてを判断してしまうと、本当に支援が必要な方を見落としてしまう可能性があります。
今回の改革は、福祉を小さくする話としてではなく、支援の届け方を組み替える話として見ると、わかりやすくなるのではないでしょうか。
ただし、制度の名前を変えただけで、支援の総額や対象者が大きく減ってしまうのであれば、それは実質的には負担の増加にほかなりません。
言葉だけでなく、誰の負担が増え、誰への支援が増えるのかを、一つひとつ確認していくことが大切です。
制度は、一度に大きく変わるとは限りません。
まずは社会保険に入る方を増やし、その後、残られた第3号の方の事情を調べたうえで、新しい支援の形を考えていく、という流れになるとみられます。
すぐに不安になる必要はありません。
一つの発表だけで判断せず、給付、保険料、子育て支援、中小企業対策が、これからどのように組み合わされていくのかを、じっくり見ていくことが大切だと思います。
今、経営者の皆様に備えていただきたいこと
最後に、税理士としての立場から、経営者の皆様に向けて、いくつか申し上げておきたいことがあります。
まず、2026年10月にはいわゆる「106万円の壁」が撤廃される予定です。企業規模の要件についても、今後段階的に縮小・撤廃されていく方向にあります。
パート・アルバイトの方を雇用されている場合は、対象となる従業員数や、社会保険料の会社負担がどの程度増えるのかを、早めに試算しておかれることをお勧めします。
次に、扶養の範囲内で働くことを希望されている従業員の方には、「社会保険に入ると損をする」というイメージだけが先行しがちですが、将来の年金額の増加や、傷病手当金といった保障が手厚くなる面もあわせてお伝えいただくとよいと思います。
目先の手取りだけでなく、長い目で見た生活設計としてどちらが安心できるか、ご本人が納得したうえで選べるように、丁寧な説明を心がけていただければと思います。
そして、第3号被保険者制度そのものの見直しについては、2026年度中に具体的な制度設計が示される予定とされていますが、現時点ではまだ「廃止が決まった」わけではなく、幅広い国民的議論を経て内容が固まっていく段階にあります。
制度変更は今後も続いていくと考えられますので、社会保険労務士と連携しながら、定期的に最新の動向を確認していただくことをお勧めいたします。
慌てて対応を急ぐ必要はありませんが、変化の方向性を知っておくことは、経営判断のうえでも、従業員の方への説明のうえでも、きっと役に立つはずです。
私も引き続き、この制度の動向を注視しながら、皆様のお役に立てる情報をお伝えしてまいります。
まとめ
第3号の縮小は、家族の形だけで支援対象を決める制度を見直そうとする動きです。
子育てや介護などで働けない方には、別の形であっても支援を残していく必要があります。
ご家庭の手取り、将来の年金、そして中小企業の負担をあわせて考えていくことが、これからますます重要になってくるのではないでしょうか。



