原油が足りないだけではない 軽油不足がインフレと金利を長引かせる理由
世界の物価は、これから本当に落ち着いていくのでしょうか。
ここ数年、世界各国では急激なインフレが大きな問題になってきました。
原因には、コロナ禍による物流の混乱、政府による大規模な財政支出、人手不足、賃金上昇など、さまざまなものがあります。
そして今、改めて気になるのがエネルギーです。
特に注意したいのは、単純な「原油不足」ではありません。
原油をガソリンや軽油、ジェット燃料などへ加工する「精製能力」の問題です。
原油そのものが世界から消えたわけではありません。
しかし、原油を私たちが実際に使える燃料へ変える設備や、それを世界各地へ届ける物流網には、ほとんど余裕がなくなっています。
そこへ、2026年2月末に始まった米国・イスラエルとイランの軍事衝突と、長引くウクライナ情勢が重なりました。
中東ではホルムズ海峡の通航が大きく制限され、湾岸地域の製油所も攻撃を受けています。
ロシアでも製油所への攻撃が続いています。
そのため、原油価格だけを見ていても、現在のエネルギー問題は十分に理解できません。
むしろ今後は、
「軽油をはじめとする石油製品が十分に供給されているか」
という点を見た方が、世界のインフレを考えるうえでは重要だと私は考えています。
原油があっても軽油が足りないことがある
原油とガソリン、軽油は同じものではありません。
地下から採掘された原油は、そのまま自動車やトラックの燃料として使えるわけではありません。
製油所と呼ばれる大きな施設で加工され、ガソリン、軽油、ジェット燃料、灯油、その他の石油製品などに分けられます。
つまり、「原油を掘ること」と「使える燃料を作ること」は別の問題です。
仮に原油の生産量が十分にあっても、製油所が止まったり能力が不足したりすれば、ガソリンや軽油は足りなくなります。
ある産油国の原油供給が減っても、別の国が増産することで、ある程度は穴埋めできる場合があります。
近年は米国をはじめ、これまでとは違う地域でも原油生産量が増えてきました。
原油だけを考えれば、以前より供給源は広がっています。
しかし製油所は、そう簡単には増やせません。
巨大な設備が必要です。
環境規制への対応も必要です。
建設には多額の資金がかかり、完成までには長い時間もかかります。
そのため、製油所の能力不足は、原油不足以上に短期間では解消しにくい問題なのです。
実際、この違いは数字にも表れています。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、米国の軽油価格は9月上旬に1バレル200ドルを超え、戦争前と比べて約94%も上昇しました。
一方、同じ時期の北海ブレント原油の上昇率は約45%と報じられています。
原油よりも軽油の方が、はるかに大きく値上がりしているのです。
世界では長い間、製油所への投資が抑えられてきた
さらに問題を難しくしているのは、精製能力の不足が突然始まったものではないことです。
先進国では長い間、製油所の閉鎖や縮小が続いてきました。
特に欧州では、採算性の低下や環境政策などを背景に、精製能力が減ってきました。
世界全体で見れば、中東やアジアで新しい製油所が建設されてきたため、能力そのものが大幅に減っているわけではありません。
問題は、その場所です。
製油所が特定の地域に集中すると、その地域で問題が起きたときに、影響が世界全体へ広がりやすくなります。
これは、工場を海外に集約した製造業と似ています。
平常時には効率的で、生産コストも下げられ、在庫も少なくて済みます。
ところが、戦争や自然災害、物流停止などが起きた瞬間、それまで効率的だった仕組みが弱点へと変わります。
何十年もかけて効率化されてきた世界の石油製品の供給網に、いま地政学的な問題が直撃しています。
そのため、わずかな供給減でも価格が大きく動きやすくなっているのです。
ウクライナ情勢が製油所にも影響する
ウクライナを巡る紛争についても、原油の生産量だけを見るべきではありません。
ロシアは世界でも重要なエネルギー供給国で、原油だけでなく、軽油などの石油製品も大量に輸出してきました。
ところがロシア国内では、製油所やエネルギー関連施設への攻撃が相次いでいます。
製油所の稼働が落ちた結果、ロシアは軽油の輸出を禁止する事態にまで追い込まれました。
IEAは、ロシアの製油所の処理量が2004年以来の低水準に落ち込み、2027年までその水準が続くと想定しています。
原油が地下に残っていても、それを燃料へ加工できなければ意味がありません。
しかも、壊れた設備の修理には時間がかかります。
特殊な機械や部品が必要になるケースもあります。
したがって、仮に政治的な緊張が急に和らいだとしても、「翌日から供給が元通りになる」とは限りません。
設備を修復し、在庫を積み直し、船舶やパイプラインなどの物流を正常化させ、取引先との契約も組み直す必要があります。
紛争が落ち着いても、エネルギー価格にはしばらく影響が残る可能性があります。
中東問題はさらに影響が大きい
もう一つの大きな問題が中東です。
中東は世界の原油供給にとって重要な地域ですが、それだけではありません。
近年は大型の製油所も増え、石油製品の輸出拠点としての重要性も高まっています。
つまり現在の中東は、原油を供給する地域であると同時に、原油を軽油やジェット燃料へ加工して輸出する地域でもあります。
そのため中東情勢が悪化すると、二重の問題が起こります。
原油の供給が不安定になるだけでなく、石油製品の供給も細るのです。
今回はまさにそれが起きています。
世界の石油輸送の要衝であるホルムズ海峡では商船の通航が大きく制限され、湾岸地域の製油所も攻撃を受けました。
海上輸送が止まれば、影響は世界中へ広がります。
日本は原油輸入の9割超を中東に依存しています。
何千キロも離れた場所で起きた問題が、日本のガソリン代や電気代、食品価格へ直接つながっているのです。
軽油は経済を動かす「裏方」の燃料
中でも特に注意したいのが軽油です。
軽油というと、ディーゼル車の燃料という印象が強いかもしれません。
しかし実際には、トラック輸送、農業機械、建設機械、鉱山、工場、船舶、非常用発電など、経済活動のあちこちで使われています。
そのため軽油価格が上昇すると、ガソリンスタンドの価格が上がるだけでは終わりません。
例えば、スーパーに並ぶ野菜を考えてみます。
農場ではトラクターを使います。
収穫した野菜はトラックで運ばれ、冷蔵倉庫で保管され、配送センターを経て各店舗へ届けられます。
そのすべての段階で、エネルギーが使われています。
軽油価格が上がれば、農家のコストも、物流会社のコストも、スーパーの配送費も上がります。
結果として、野菜の販売価格にも影響します。
つまり軽油価格は、単なる「燃料の値段」ではなく、社会全体の物流コストでもあるのです。
軽油高はさまざまな物価へ広がる
軽油価格が上昇すると、その影響は次のように広がっていきます。
まず運送会社の燃料費が上がります。
運送会社はそれを自社で負担し続けることはできないため、運賃を引き上げます。
すると、食品メーカーや製造業、小売業の物流費が上がります。
企業は増えたコストを販売価格へ転嫁し、食品や日用品の値段が上がります。
建設会社では、重機の燃料費や資材の輸送費が増え、工事価格が上がります。企業の設備投資コストも増えます。
こうしてエネルギー価格の上昇が、時間をかけてさまざまな商品やサービスへ広がっていきます。
ここが、エネルギー高の厄介なところです。
原油価格が一時的に上がるだけなら、落ち着いた後に影響も薄れていきます。
しかし物流費や人件費、サービス価格へ波及すると、簡単には元に戻りません。
今の企業は以前より値上げしやすくなっている
ここで日本経済について考えてみます。
2010年代までの日本企業は、コストが上がっても販売価格を引き上げることに慎重でした。
原材料価格が上がっても、「値上げするとお客様が離れてしまう」と考え、自社の利益を削って吸収する企業が多くありました。
その結果、日本では物価がなかなか上がりませんでした。
ところが最近は状況が変わっています。
原材料費、電気代、人件費、物流費と、さまざまなコストが同時に上がるようになり、企業も価格を据え置くことが難しくなってきました。
社会全体として値上げが珍しくなくなったことも大きいでしょう。
そのため現在は、「エネルギー価格の上昇→企業のコスト上昇→販売価格の引き上げ」という流れが、以前より起こりやすくなっています。
同じ原油高でも、2010年代と現在とでは、その後の物価への伝わり方が違う可能性があります。
ここは今の日本経済を見るうえで非常に重要な点です。
人手不足もインフレを長引かせる
さらに日本では、深刻な人手不足が続いています。
運送業、建設業、飲食業、介護、小売、製造業など、さまざまな業種で人が足りません。
人を確保するには、賃金を上げなければなりません。
エネルギー価格が上がり、物流費も上がり、そこへ人件費まで上がる。
企業にとっては複数のコスト上昇が同時に押し寄せ、販売価格を引き上げざるを得なくなります。
物価が上がれば、働く側も「今の給料では生活が苦しい」と感じ、より高い賃金を求めます。
企業は人を確保するために、さらに給与を上げます。
すると再び企業のコストが増えます。
これは、「物価→賃金→企業コスト→価格」という循環です。
この循環が強くなると、最初のきっかけだった原油や軽油の価格が下がっても、物価全体はなかなか下がらなくなる可能性があります。
日本にはさらに円安という問題がある
日本の場合、もう一つ大きな問題があります。
為替です。
日本はエネルギー資源の多くを海外から輸入しています。
そして国際的なエネルギー取引の多くはドルで行われます。
そのため、エネルギー価格の上昇と円安が同時に起こると、日本の輸入価格には二重の上昇圧力がかかります。
例えば海外で同じ100ドルの商品を買う場合、1ドル120円なら1万2,000円ですが、1ドル160円なら1万6,000円です。
海外での価格が変わらなくても、円安だけで日本から見た価格は3割以上も上がります。
そこへ海外でのエネルギー価格の上昇まで重なれば、日本企業の負担はさらに大きくなります。
足元の為替も1ドル150円台後半で推移しており、日本にとっては非常に厄介な状況です。
日銀にとっても判断が難しくなる
この状況は、日本銀行にとっても難しい問題です。
物価が高いのであれば、本来は金利を上げてインフレを抑えることが考えられます。
実際、日銀は9月18日、政策金利を1.25%へ引き上げました。
約31年ぶりの水準で、中東情勢の悪化による原油高などを踏まえ、物価の上振れリスクが高まっていると判断したためです。
しかし、エネルギー価格の上昇は、金利を上げても直接は解決しません。
日銀が政策金利を上げても、世界の製油所が増えるわけではありません。
中東での戦闘が止まるわけでも、ロシアの製油所が修復されるわけでもありません。
供給側の問題で起きているインフレに対して、金融政策には限界があるのです。
それでも物価上昇を放置すれば、円安やインフレ期待が強まるおそれがあります。
一方で金利を上げれば、住宅ローンや企業融資、国の利払い負担などが増えます。
景気を守るのか。
物価を抑えるのか。
為替を安定させるのか。
どれか一つだけを考えればよいわけではありません。
現在の金融政策が難しい理由はここにあります。
政府の補助金も「無料」ではない
エネルギー価格が上昇すると、政府は家計の負担を抑えるため、補助金や減税を行うことがあります。
日本でも2026年3月から、燃料油価格の「緊急的激変緩和措置」が実施されています。
ガソリンの全国平均価格を170円程度に抑えるための補助で、軽油や灯油、重油にも同じ額が支給されています。
9月17日から30日までの補助額は1リットルあたり51.0円と、2022年の制度開始以来の過去最高になりました。
こうした補助は、短期的には大きな効果があります。
ガソリン代や電気代の急上昇を抑えられれば、生活や事業への負担を軽くできます。
ただし、ここで注意が必要です。
補助金によって、エネルギーコストそのものが消えるわけではありません。
本来は消費者が払うはずだった一部を、政府が代わりに払っているだけです。
つまり負担の場所が、家計から政府へ移ったとも考えられます。
政府に十分な税収があれば、大きな問題にはならないかもしれません。
しかし財源が足りず、新たな国債発行に頼るのであれば、「エネルギー価格の上昇→補助金の増加→財政支出の増加→国債発行の増加」という流れになります。
ここから先は、物価だけでなく長期金利の問題にもつながります。
エネルギー問題と長期金利はつながっている
現在の世界では、長期金利に上昇圧力をかける要因が増えています。
政府債務は膨らみ、防衛関連支出も増えています。
AIやデータセンターへの巨額投資が進み、電力インフラへの投資も必要です。企業の資金需要も増えています。
そこへ、エネルギー供給の不安が加わります。
エネルギー供給が不安定になれば、市場参加者は「将来も物価が上がりやすいのではないか」と考えるようになります。
すると長期国債を保有する投資家は、「将来のインフレリスクが高いなら、もっと高い利回りが欲しい」と考えます。
その結果、長期金利が上がりやすくなります。
これは、中央銀行が決める政策金利とは少し違う話です。
10年、20年、30年という長い期間の金利は、将来のインフレ、政府の財政、国債の供給量、経済成長率、金融政策など、さまざまな要因によって決まります。
エネルギー供給の不安も、その一つに加わっていると考えられます。
「戦争が続けば永遠にインフレ」というわけではない
ただし、ここで一つ重要なことがあります。
地政学的な問題が続いても、インフレ率が永久に上がり続けるわけではありません。
インフレ率は「物価が高いかどうか」ではなく、「物価がどれくらいの速さで上がっているか」を表す数字だからです。
例えば、軽油価格が100円から150円になったとします。
これは大きな値上がりです。
しかし、その後ずっと150円のままであれば、1年後の前年比の上昇率はゼロになります。
つまり、「高い価格」と「高いインフレ率」は同じではありません。
地政学的な緊張が続いても、エネルギー価格が高い水準で横ばいになれば、インフレ率への直接的な影響はいずれ小さくなります。
この違いは非常に重要です。
本当に怖いのは二次的な値上がり
では、何が問題なのでしょうか。
一番注意したいのは、最初のエネルギー価格の上昇が、ほかの物価へ広がっていくことです。
軽油価格が上がり、物流費が上がり、食品価格が上がる。
生活費が上がると、賃上げを求める声が強くなる。企業が賃金を上げ、サービス価格を上げる。
家賃や外食費なども上がる。
こうなると、最初の原因だった軽油価格が落ち着いた後も、物価上昇が残る可能性があります。
問題なのは「エネルギー価格そのもの」だけではなく、「それが経済全体へどこまで広がるか」なのです。
現在の日本は人手不足が強く、企業の価格転嫁も以前より進んでいます。
過去と比べると、二次的なインフレが起きやすい環境になっている可能性があります。
一方で、価格が上がりすぎれば景気が悪くなる
ここまで読むと、エネルギー価格がどこまでも上がり続けるように感じるかもしれません。
しかし経済には、反対方向へ働く力もあります。
それが需要の減少です。
エネルギー価格が上がれば、家計の使えるお金が減ります。
ガソリン代や電気代に多くのお金を使えば、その分、外食や旅行、買い物に回せるお金が減ります。
企業も同じです。燃料費、原材料費、人件費、金利といった費用が増えれば、利益が減ります。
利益が減れば、設備投資や採用を控える企業も出てきます。やがて景気全体が悪くなります。
景気が悪くなれば、原油や軽油への需要も減り、エネルギー価格は下落します。
実際、IEAは2026年の世界の石油需要が前年より日量250万バレル減少すると見込んでいます。
つまり、高すぎるエネルギー価格そのものが、最終的にはエネルギー価格を下げる原因になることがあるのです。
金利についても同じです。
金利が高すぎれば、住宅購入や設備投資が減り、景気が悪くなります。
すると中央銀行は、やがて利下げを考えるようになります。
皮肉なことに、インフレと金利を最終的に下げる最大の力が、高すぎるインフレと金利そのものになることがあるのです。
怖いのはスタグフレーション
エネルギー価格の上昇が特に厄介なのは、景気を悪くしながら物価を上げることです。
通常の景気拡大では、「景気が良くなる→消費が増える→物価が上がる」という流れです。
しかしエネルギー価格の上昇では、「燃料価格が上がる→企業コストが上がる→商品価格が上がる」という動きと、「家計の実質的な購買力が下がる→消費が減る→景気が悪くなる」という動きが同時に起こります。
景気が弱いのに物価が高い。
これがスタグフレーションと呼ばれる状態です。
中央銀行にとっては非常に難しい状況です。
景気を支えるために金利を下げれば、インフレや通貨安が悪化するおそれがあります。
物価を抑えるために金利を上げれば、景気がさらに悪くなるおそれがあります。
どちらへ動いても副作用が出るのです。
戦争が終わらなくてもエネルギー価格が下がることはある
もちろん、エネルギー供給の問題が改善する可能性もあります。
世界経済が悪化すれば、石油製品の需要は減ります。
新しい製油所が稼働したり、停止している設備の修復が進んだりするかもしれません。
一部の国が石油製品の輸出を増やすことも考えられます。
省エネ技術や電気自動車の普及によって、石油需要そのものが減る可能性もあります。
ですから、「紛争が終わらなければエネルギー価格は絶対に下がらない」と決めつけるべきではありません。
経済にはさまざまな調整が働きます。
ただし問題は、その調整がどのような形で起きるかです。
供給能力が増えて価格が下がるのであれば理想的です。
しかし、景気後退によって需要が落ちることで価格が下がるのであれば、私たちにとって決して喜ばしい形ではありません。
今後注目したいのは原油価格だけではない
これからエネルギー市場を見る場合、原油価格だけを追うのでは不十分です。
むしろ、軽油の価格、石油製品と原油の価格差、世界の製油所の稼働状況、石油製品の在庫、主要輸出国からの石油製品の輸出量なども重要になります。
このうち「石油製品と原油の価格差」は製油所の利ざやを示すもので、「クラックスプレッド」と呼ばれます。米国の軽油のクラックスプレッドは8月に初めて1バレル100ドルを超え、9月上旬にはさらに過去最高を更新しました。
原油以上に軽油が逼迫していることを示す数字です。
原油価格が下がっても、精製能力が不足していれば、軽油価格は高いままかもしれません。
その場合、運送業や農業、建設業、製造業が実際に負担するコストは、思ったほど下がりません。
実体経済を見るためには、「原油はいくらか」だけでなく、「企業が実際に使う燃料はいくらなのか」を見る必要があります。
2010年代とは世界の前提そのものが変わっている
私は、ここがこれからの経済を見るうえで大きなポイントだと思います。
2010年代には、世界的に低金利が続き、物価はなかなか上がりませんでした。
日本ではデフレ脱却が長年の課題でした。
しかし現在は状況が違います。
人手不足があり、賃金も上がり始めています。
防衛費は増え、インフラ投資も必要です。
AI関連投資も増え、政府債務も膨らんでいます。
そしてエネルギー供給には地政学的な不安があります。
一つ一つ見れば、それぞれ別の問題です。
しかし共通しているのは、「限られた人、モノ、資金、エネルギーを取り合う」ということです。
資金が余っていた時代から、資金や人材、設備、エネルギーを奪い合う時代へ変わりつつある。
そう考えることもできます。
もしそうであるならば、2010年代のような低インフレ・低金利の環境へ簡単に戻ると考えるのは、少し慎重になった方がよいのかもしれません。
長期金利が大きく下がるには何が必要なのか
では、今後、長期金利が大きく下がるためには何が必要なのでしょうか。
一つは、地政学的な緊張が和らぎ、エネルギー供給が安定することです。
もう一つは、エネルギー価格の上昇が賃金やサービス価格へ広がらず、二次的なインフレが収まることです。
さらに、各国政府が財政支出の拡大を抑え、国債発行への懸念が弱まることも考えられます。
そして最後が、かなり大きな景気悪化です。
景気が大幅に悪化すれば、エネルギー需要は減り、物価上昇圧力も弱まります。
中央銀行は利下げしやすくなり、長期金利も下がりやすくなります。
しかし、この最後の道筋は、最も望ましくない形でもあります。
「インフレが収まったから金利が下がる」のか
今後の経済を見るうえで、私が特に気になるのはここです。
理想的な展開は、エネルギー供給が回復し、物価が落ち着き、中央銀行が安心して利下げし、長期金利も下がるという流れです。
しかし、違う展開もあり得ます。
エネルギー価格が高止まりし、物価もなかなか下がらない。
金利も高い。
家計や企業の負担が増え、景気が悪化する。
その結果として、ようやくインフレと金利が下がる。
つまり、「インフレが自然に収まったから金利が下がる」のではなく、「高い物価と高い金利に経済が耐えられなくなり、景気が悪化して金利が下がる」という可能性です。
今後数年を考えるうえで、この違いはかなり重要だと思います。
まとめ
現在のエネルギー問題は、単純な原油不足ではありません。
原油を燃料へ変える精製能力、製油所の稼働状況、石油製品の在庫、国際物流、そして地政学的リスクが重なっています。
特に軽油は、物流、農業、建設、製造など幅広い分野で使われるため、その値上がりは社会全体へ広がりやすい性質を持っています。
さらに日本では人手不足が続き、企業も以前より価格転嫁を行いやすくなっています。
そこへ円安が加われば、エネルギー高の影響はさらに大きくなります。
政府は補助金で価格の上昇を抑えることができます。
しかし、その負担が消えるわけではありません。
家計の負担を政府が肩代わりすれば、財政赤字や国債発行の問題へと形を変え、最終的には長期金利にも影響します。
もちろん、地政学的な緊張が続いても、インフレ率が永久に上がり続けるわけではありません。
ただし、その間に物流費や人件費、サービス価格へ値上がりが広がれば、インフレは簡単には元に戻りません。
だからこそ、「原油価格が上がったか下がったか」だけでなく、軽油などの石油製品が十分に供給されているか、企業がどこまで価格転嫁しているか、賃上げがどこまで続くか、政府がどれだけ財政支出を増やすか、そして景気が高い物価と金利にどこまで耐えられるかを、一緒に見ていく必要があります。
大きな政府債務、積極的な財政支出、AIや防衛分野への巨額投資、人手不足、そしてエネルギー供給の不安定さ。
これらが同時に続くのであれば、2010年代のような非常に低いインフレと長期金利へ簡単に戻るとは限りません。
物価が穏やかに下がり、金利も自然に下がっていく展開だけを想定するのではなく、高いエネルギー価格と高い金利によって経済が少しずつ弱り、景気後退によって初めてインフレと金利が下がる。
そうした展開も、現実的な可能性の一つとして考えておく必要があるのではないでしょうか。
※本文中の数値や政策の内容は、2026年9月下旬時点の情報に基づいています。




