AIが広がるのに、なぜ株価は下がるのか―大きな相場変動から考える、企業の成長と私たちの暮らし
11月に入り、世界の株式市場が大きく揺れています。
11月6日には、日経平均株価が前日より3,643円安い5万7,434円で取引を終えました。
一日の下げ幅としては過去3番目の大きさで、約半年ぶりに6万円を下回りました。
普段は株式市場にあまり関心のない方にとっても、気になるニュースだったのではないでしょうか。
きっかけは、11月3日に行われた米国の中間選挙です。
民主党が上下両院で多数派を取り戻し、AI(人工知能)を動かすデータセンターの建設に規制が強まるのではないかという見方が広がりました。
その前日の米国市場では、半導体やAIに関わる企業の株が大きく売られ、米国株だけでも一日で日本円にして400兆円前後の時価総額(株価に発行済みの株式数を掛けた、市場での会社の値段)が失われたと伝えられています。
こうした数字を見ると、「AIへの期待は終わったのだろうか」「日本の景気も悪くなるのだろうか」と不安になるかもしれません。
ただ、一日の値動きだけで将来を決めつけるのは早いと私は考えています。一方で、一時的な混乱として見過ごしてよいとも思いません。
というのも、選挙の前から、AI関連の株には不安がくすぶっていたからです。
金利の高止まりや、巨額の設備投資に見合う利益が本当に得られるのかという疑問が、少しずつ積み重なっていました。
選挙の結果は、その不安を一気に表に出すきっかけになったと見ることもできます。
今回の動きは、AIという新しい技術の問題であると同時に、企業がお金をどう使い、どう利益を生み、地域や社会とどう関わるのかという問題でもあります。
株を持っている方だけでなく、会社を経営する方や働く方にとっても、考える価値があるのではないでしょうか。
「便利になること」と「投資がもうかること」は同じではありません
AIを使えば、文章の下書きを作ったり、資料を整理したり、数字の傾向を調べたりできます。
これまで何時間もかかっていた仕事が、短い時間で終わることもあります。
仕事や暮らしの中でAIが使われる場面は、これからも増えていくでしょう。
それなのに、AIに関わる会社の株価が大きく下がるのは、不思議に感じられるかもしれません。
ここで大切なのは、技術が役に立つことと、その技術にお金を投じた会社が十分な利益を得られることは、必ずしも一致しないという点です。
例えば、町に話題の飲食店ができたとします。
お客さんが増えると見込んで大きな店舗を借り、高価な設備をそろえ、人も採用しました。
確かに店はにぎわいましたが、近くに似た店が次々とでき、値下げが必要になったらどうでしょうか。
売上が増えても、利益は思ったほど残らないかもしれません。
AIの世界でも、同じことが起こり得ます。
利用者が増えれば、それだけで設備投資が成功するとは限りません。
何より重要なのは、最初に使ったお金を、無理のない期間で回収できるかどうかです。
大きく下がった株価は、何を表しているのでしょうか
株価は、今の会社の成績だけで決まるものではありません。
投資家は数年先の売上や利益を予想し、その期待を今の価格に反映させています。
そのため、将来への期待が大きい会社ほど、少しの不安でも株価が大きく動きやすくなります。
これまでAIに関わる企業には、高い成長を見込んだ資金が集まってきました。
ところが「データセンターを予定どおり増やせるのか」「かけた費用を回収できるのか」という疑問が強まると、投資家は将来の見通しを考え直します。
その結果、会社の利益が今すぐ減っていなくても、株価だけが先に下がることがあります。
また、多くの人が似たような株を持っていると、売りたい人が一斉に増えやすくなります。
ある人の売却が値下がりを招き、それを見た別の人も売る。
こうして、企業の実態の変化以上に価格が下がる場面もあります。
ただし、株価が急落したからといって「安く買える」とは限りません。
もともとの期待が高すぎたのなら、下がった後でも割高かもしれません。
反対に、企業の力が大きく損なわれていなければ、時間をかけて落ち着きを取り戻す可能性もあります。
値下がりの幅よりも、値下がりの理由を確かめることが大切ではないでしょうか。
データセンターは、建てたい場所に建てられるとは限りません
AIを動かすには、大量の計算を行う機械と、それを置くデータセンターが必要です。
ところが、建物と機械を用意すれば終わり、というわけではありません。
大きな電力を安定して確保し、機械が出す熱を冷やし、施設を安全に運営する仕組みが欠かせません。
地域によっては、電気料金の値上がりや水の使用量、周辺の環境への影響が心配されています。
住民にとっては、遠くにある企業の売上が増えることより、毎月の生活費や暮らしやすさのほうが切実な問題です。
建設による雇用や税収が見込めても、それだけで全員が賛成するとは限りません。
今回の米国の選挙では、こうした住民の声が大きな争点の一つになりました。
データセンターの建設が多く計画されている州でも、新しい施設の承認を一時止める方針を掲げた候補が知事に選ばれています。
各地の住民投票でも、建設のペースを抑える内容の提案の多くが可決されたと報じられています。
ただ、開発の条件が厳しくなることと、施設を一切造れなくなることは違います。
事業者が電力設備の費用を負担したり、節水に取り組んだり、地域との話し合いを重ねたりすることで、計画が前に進む場合もあるでしょう。
私は、ここに今後の企業経営を考えるヒントがあると思います。
大きな投資を実行するには、お金と技術だけでなく、周りの人が納得できる理由も必要です。
企業にとって合理的な計画であっても、その負担を別の誰かに押しつける形では、長く続けるのは難しくなります。
設備投資が遅れると、日本の会社にも影響が及びます
日本には、AIのサービスを直接提供していなくても、その成長を支えている会社が数多くあります。
半導体の製造や検査に使う装置、電子部品、通信に使う材料、電気を送る設備などを作る企業です。
海外で新しい施設が増えれば、こうした企業への注文も増えやすくなります。
今回、東京市場で半導体に関わる会社の株が大きく売られたのも、この結びつきの強さを映していると考えられます。
一方で、建設計画が半年や一年遅れれば、必要な機械や部品の発注も後ろにずれるかもしれません。
注文そのものが消えるわけではなくても、売上が予定した時期に立たないだけで、会社の資金繰りや利益に影響することがあります。
例えば、海外向けの装置に使う精密部品を作っている、社員十数名の会社を想像してみてください。
大口の注文を見込んで、借入金で新しい機械を導入し、人も増やしたとします。
ところが納品先の計画が半年遅れると、借入金の返済や人件費は毎月出ていく一方で、入金だけが後ろにずれてしまいます。
売上が計画に届かない期間が続けば、利益も手元の資金も、想像以上に細ることがあります。
AIの利用料金が下がることは、誰にとって良いニュースでしょうか
もう一つの大きな変化は、AIの利用料金が下がっていく可能性です。
さまざまな国の企業が、少ない費用で高い性能を出すための工夫を競っています。
競争が進めば、利用者はこれまでより手軽にAIを使えるようになるかもしれません。
利用者にとっては歓迎したい変化です。
毎月の費用が下がれば、社員の少ない会社でも試しやすくなり、資料作りや問い合わせ対応などにAIを活用する機会が広がります。
しかし、サービスを提供する企業の立場では話が変わります。
多額の資金で設備をそろえた後に、想定していた料金を引き下げなければならなくなれば、投資を回収するまでの期間が延びるかもしれません。
利用者が増えても、一人当たりから得られる収入が小さくなれば、利益が増えるとは限りません。
もちろん、料金が下がったことで利用者が何倍にも増え、全体の売上が伸びる展開もあり得ます。
値下げそのものが悪いとは決めつけられません。
大切なのは、利用が増える速さと料金が下がる速さ、そして運営に必要な費用とのバランスです。
利益が出ても、お金が残らなければ投資は続けられません
大きな設備を持つ事業には、見落としやすい特徴があります。
設備を買った年だけでなく、その後も維持費や修理費、電気代などがかかり続けることです。
借入金を使っていれば、利息の支払いも必要になります。
会計の上では、設備の購入代金は何年かに分けて少しずつ費用にしていきます(これを減価償却といいます)。
そのため、帳簿の上では利益が出ていても、手元のお金は大きく減っている、ということが起こります。
毎年の維持費や追加の投資が想定以上にかかれば、自由に使えるお金はなかなか増えません。
借入金の返済や次の設備投資にお金が必要であれば、経営に余裕があるとは言い切れないでしょう。
私は、事業から実際にどれだけの現金が生まれているかを、これから特に見ていきたいと考えています。
投資に使うお金が増え続ける一方で、回収できるお金が追いつかなければ、どこかで投資計画を見直す必要が出てきます。
これは大企業だけの話ではありません。
中小企業でも、新しい工場や店舗、設備を導入するときには同じ問題があります。
「売上が増えるはず」という予想だけで進めるのではなく、予想を下回った場合に何年持ちこたえられるかを考えておくことが、経営を守る力になります。
金利と為替も、無関係ではありません
投資の採算を左右するのは、売上と費用だけではありません。
金利が上がれば、借りたお金の負担が重くなります。
特に、長い時間をかけて収入を得る事業では、資金を調達する条件の違いが大きく響きます。
金利の変化は、株価にも影響します。
将来の利益への期待が大きい企業ほど、金利が高くなると株価が見直されやすい面があります。
実際、10月中旬にも、米国の物価の伸びが予想を上回り、利上げが早まるとの見方が強まったことなどから、日経平均が一時3,600円を超えて下がる場面がありました。
AI企業の業績が良くても、金融市場全体の環境によって株価が動くことがあるのです。
また、世界の株価が大きく下がると、為替相場も揺れやすくなります。
値動きの大きい資産を避けようとする動きの中で、円が買い戻され、短い期間で円高方向に進む場面もあり得ます。
しかし、そのまま円高が長く続くとは限りません。
各国の金利差や貿易、海外への投資など、為替を動かす要因は一つではないからです。
日本企業にとって、円安は輸出には追い風となる一方、輸入品やエネルギーの費用を押し上げます。
円高になれば、その逆の影響が出ます。
株価のニュースだけを見て、仕入れ価格や為替の先行きを一つの方向に決めつけないことが大切です。
政治が変われば、事業の進め方も変わります
今回の選挙は、事業には政治や地域のルールも深く関わることを、改めて意識させる出来事でした。
ただ、選挙をどちらが勝ったか負けたかだけで見ていても、企業に何が起こるのかは分かりません。
大切なのは、実際にどのような制度が作られ、どんな事業にどの程度の負担が生じるのかです。
地域の暮らしを守ろうとする考え方と、新しい産業を育てようとする考え方は、必ずしも正反対ではありません。
電力設備の増強や費用負担のルールが整えば、住民の不安を減らしながら開発を進められるかもしれません。
これから評価されるのは、ただ早く施設を増やせる企業だけではないでしょう。
地域と対話できる企業、安定した電力を確保できる企業、限られた設備を上手に使いこなせる企業にも、活躍の機会が生まれると考えています。
日本株全体を悲観する必要があるのでしょうか
私は、今回の急落だけで、日本企業の将来を暗く考える必要はないと思います。
日本には、海外の企業がすぐにはまねできない技術や、長年の経験がなければ作れない製品を持つ会社があります。
世界の供給の仕組みが変わる中で、新しい仕事が生まれる可能性もあります。
ただし、日本企業に追い風が吹くことと、日本の株式が今の価格で買いやすいことは別の話です。
評判の良い会社でも、将来の成長がすでに株価に十分織り込まれていれば、さらに値上がりする余地は小さくなります。
長い目で日本企業を見るなら、技術力だけでなく、新しい注文を利益につなげられるか、投資に必要な資金を無理なく確保できるか、人材を育てられるかといった、成長を支える経営の中身も確かめたいところです。
これからの相場には、いくつかの道筋があります
今後の株式市場がどうなるかを、一つに決めることはできません。
私は、少なくとも三つの展開を考えておくことが必要だと思います。
一つ目は、心配された規制や建設の遅れが小さく、企業の業績も大きくは変わらない場合です。
投資家の不安が落ち着けば、株価が回復していく可能性があります。
二つ目は、施設の建設が少しずつ遅れ、関連企業の売上や利益の予想が引き下げられていく場合です。
株価が途中で反発しても、以前の水準には簡単に戻らないかもしれません。
私は、この展開を特に注意して見ています。
三つ目は、AIの利用料金が想定以上に下がり、設備投資に使ったお金の回収が難しくなる場合です。
資金を借りる条件まで厳しくなれば、投資計画を大きく縮める企業も出てくるでしょう。
その影響は、設備や部品を供給する企業にまで広がりかねません。
どの展開になるかは、今の株価だけでは判断できません。
企業が発表する投資計画や設備の注文、実際の利益や現金の動きを、時間をかけて確かめていく必要があります。
資産運用では「下がったから買う」を急がないことです
株価が大きく下がると、今こそ買い時ではないかと感じる方もいるでしょう。
反対に、これ以上下がるのが怖くなり、すべて売ってしまいたくなる方もいるかもしれません。
どちらも、人として自然な反応だと思います。
NISAなどで長期の資産づくりを考えているなら、まず確かめたいのは、自分が何に投資しているかです。
複数の投資信託を持っていても、中身を調べると、同じような海外の大企業に資金が集中していることがあります。
商品の名前が違っても、同じ値動きの影響を受けやすい点には注意が必要です。
また、生活費や近いうちに使う予定のお金を、値動きの大きい資産に回さないことも大切です。
時間をかけられる範囲で、投資先や買う時期を分けておけば、一度の判断にすべてを任せずに済みます。
急落の日に正解を当てることより、長く続けられる形を整えておくことのほうが大切ではないでしょうか。
なお、具体的な商品選びや売買の判断は、ご自身の状況に合わせて慎重に行ってください。
中小企業にとっては、むしろ新しい機会になるかもしれません
AIを使う費用が下がり、扱いやすいサービスが増えれば、これまで導入をためらっていた中小企業にも機会が生まれます。
大きな設備を買わなくても、日々の事務作業や情報の整理を少しずつ改善できるようになるかもしれません。
ただし、AIを入れただけで会社が良くなるわけではありません。
例えば、毎月の資料作りが二時間短くなったとします。
その二時間をただの空き時間で終わらせるのか、お客様への提案や社員との対話に使うのかで、得られる価値は変わります。
ここで考えたいのは、作業を減らすことが目的なのか、お客様により良いものを届けることが目的なのか、という違いです。
道具が進歩するほど、何のために仕事をするのかという問いが大切になります。
さらに、AIがまとめた情報には誤りが含まれることもあります。
大事な判断をそのまま任せるのではなく、人が確かめ、相手の事情をくみ取る姿勢が欠かせません。
人の気持ちを聞き取ることや信頼関係を築くことまで、機械に任せられるわけではありません。
私は、中小企業こそ、AIを「人を減らすための道具」と決めつけず、「人が本来力を注ぐべき仕事を増やすための道具」として考える余地が大きいと思います。
経営者が今回の出来事から学べること
今回の動きを会社経営に置き換えると、三つの心構えが見えてきます。
一つ目は、成長を見込んで設備や人員を増やすとき、見通しが外れた場合も考えておくことです。
売上が伸びない、費用が上がる、仕事が遅れるといった場合も想定しておきたいところです。
二つ目は、周りの人との関係です。会社だけが得をする仕組みは、長続きしないことがあります。
お客様、社員、取引先、地域の方々がどんな負担を感じているのかに目を向けることが、結果として事業を守ります。
三つ目は、数字を見ながら対話を続けることです。
「これだけ投資したのだから売上は伸びるはず」と考えるのではなく、「想定どおりに進んでいるか」「何が変わったか」を問い続けることです。
計画は一度作ったら終わりではありません。状況が変われば、修正してよいのです。
今週と今月、何を確かめてみましょうか
ニュースを読んで終わりにしないために、今週は、自社で時間やお金を大きく使っている仕事を一つ選んでみてください。
そして、その仕事が本当にお客様の役に立っているか、かけた費用に見合う成果が出ているかを考えてみましょう。
今月は、これから始めようとしている投資を振り返ってみるのもよいでしょう。
設備の購入でも、人の採用でも、新しいサービスの導入でも構いません。
予定どおりに成果が出なかった場合、会社のお金が何か月持つかを計算してみてください。
そのうえで、その投資によって誰にどんな価値を届けたいのかを、社員の皆さんと話し合ってみることをおすすめします。
AIについても、小さな仕事から試し、どれくらい時間が減ったのか、仕事の質がどう変わったのかを確かめてみてください。
最初から大きな成果を求めるより、試して、確かめて、直すことを続けるほうが、自社に合った使い方を見つけやすくなります。
おわりに―問われているのは、成長の速さだけではありません
AIを作る会社、設備を供給する会社、実際に使う会社とでは、これから得られる利益に差が出てくるかもしれません。
そして、どれほど優れた技術でも、地域の暮らしや働く人たちとの関係を置き去りにしたまま広がり続けることは難しいでしょう。
これからの企業に必要なのは、ただ速く大きくなることではなく、使ったお金を確実に回収し、人や社会の役に立つ形で事業を続けていく力だと、私は考えています。
株価の上げ下げに心を奪われすぎず、その裏側で企業や社会にどんな変化が起きているのかを見つめていきたいと思います。
そして経営者としては、世の中の変化をただ恐れるのではなく、自分たちの会社は何を大切にし、誰のために価値を生み出すのかを、改めて考える機会にしたいものです。






