日本は何のためにお金を使うのか ― 減税と経済成長から考える、これからの国のあり方
私たちの暮らしを守ることと、日本の将来を守ること
物価の上昇が続き、暮らしにかかるお金は以前よりも確実に増えました。
スーパーで同じ金額を払っても、かごに入る食品は少なくなったと感じる方も多いのではないでしょうか。
電気代やガソリン代も、家計に重くのしかかっています。
こうしたなか、政府は食料品にかかる消費税を一時的に引き下げる方針を決めました。
2027年4月から2年間、現在8%の軽減税率が適用されている飲食料品の税率を1%にするというものです。
生活に余裕のない家庭にとって、ありがたい政策だと受け止める方も多いと思います。
一方で、日本には生活支援のほかにも、お金を使わなければならない分野がたくさんあります。
老朽化した道路や橋の修理、地震や豪雨への備え、エネルギーの安定供給、医療や介護、子育て支援、教育などです。
世界の政治や経済が不安定になるなかで、半導体や人工知能、防衛、通信といった分野の重要性も高まっています。
どれも大切です。
けれども、大切だからといって、そのすべてに十分なお金を使えるわけではありません。
国が使えるお金にも限りがあります。
借金によって一時的に支出を増やすことはできます。
しかし借りたお金には利息がかかり、将来の財政にも影響が残ります。
税理士として日々、中小企業の経営者や個人事業主の方々と向き合っていると、会社のお金も国のお金も、根っこにある問いは同じだと感じます。
何のためにお金を使うのか。それによって誰の暮らしがどう良くなるのか。
そして、その費用を誰が、いつ、どのように負担するのか。
今回は、消費税の減税と経済成長という二つのテーマから、これからの日本の国づくりについて考えてみたいと思います。
食料品の消費税1%は、誰をどのように助けるのでしょうか
まず、今回決まった消費税の引き下げの内容を確認しておきます。
対象は、酒類と外食を除く飲食料品です。
つまり、現在8%の軽減税率が適用されているものです。
期間は2027年4月1日から2029年3月31日までの2年間で、この間は税率が1%になります。
当初は「ゼロ」が掲げられていました。
しかし、お店のレジシステムの改修に時間がかかることなどから、1%に落ち着いた経緯があります。
さらに、中低所得の働く世代には別に給付を行います。
そして2029年度からは「給付付き税額控除」に移行する方向が示されています。
これは、所得に応じて税金を減らし、減らしきれない分は現金で給付する仕組みです。
なお、制度の細かな部分は国会での審議などを経て決まるため、今後変わる可能性があります。
食品の値上がりは、家計に余裕のない家庭ほど強く響きます。
毎月の収入の多くを食費や住居費、光熱費に充てている家庭では、食品が値上がりすると、ほかの支出を削らざるを得ないこともあるでしょう。
子どもの習い事を減らしたり、必要な買い物を先延ばしにしたりする場面です。
消費税は、商品やサービスを買うときに負担する税金です。
所得が少ない人でも、買い物をすれば同じ税率で税金を負担します。
そのため、食品の税率が下がることには大きな意味があります。
ただし、税率が7ポイント下がっても、店頭価格がそのまま同じだけ下がるとは限りません。
食品の価格は、原材料費や物流費、人件費などにも左右されるからです。
私は、物価高で苦しくなっている人を支えることは、政府の大切な役割だと考えています。
そのうえで、一つ考えておきたいことがあります。
消費税を下げることが、困っている人を助ける最も良い方法なのかということです。
食品の税率を一律に下げれば、所得の多い家庭も少ない家庭も同じように恩恵を受けます。
収入に対する軽減の割合は、所得の少ない家庭ほど大きくなります。
一方で、食品にたくさんお金を使う家庭ほど、浮く金額そのものは大きくなりやすいという面もあります。
これは、一律の減税が悪いという意味ではありません。
仕組みがわかりやすく、申請の手間もなく、多くの家庭に素早く支援を届けられるのは大きな長所です。
反対に、所得に応じた給付には、困っている人に重点的に届けやすいという長所があります。
その一方で、対象者の判定や申請、支給までの時間といった課題を抱えています。
今回、減税を「つなぎ」と位置づけ、その後に給付付き税額控除へ移る形がとられました。
これも、こうした長所と短所を組み合わせようとした結果だと考えられます。
大切なのは、減税をするかしないかという二択だけで議論しないことです。
誰を、どの程度、どのような方法で支えたいのか。
まず、その目的をはっきりさせることが必要なのではないでしょうか。
税金を減らしても、政策の費用が消えるわけではありません
減税という言葉には、前向きな響きがあります。
税負担が軽くなれば、家計の手元にお金が残ります。
しかし、国全体で見ると、税金を減らすことは政府に入ってくるお金が減ることを意味します。
今回の食料品の減税でも、報道では年間で数兆円規模の税収減が見込まれています。
しかも、消費税収の一部は地方自治体にも配分されています。
そのため、国だけでなく地方の財政にも影響が及びます。
一方で、医療や介護、教育、防衛、公共施設の維持に必要なお金は減りません。
足りない分を補う方法はいくつかあります。
ほかの支出を減らす。
別の税金を増やす。
経済が活発になって税収が増えるのを期待する。
それでも足りなければ、国債、つまり国の借金でまかなうことになります。
ここで注意したいのは、国の財政を一般家庭の家計と同じように考えることはできない、という点です。
政府には税金を集める力があり、国債を発行することもできます。
また、日本は自国の通貨である円で国債を発行しています。
そのため、家庭の借金とは性質が異なります。
だからといって、いくらでも借金を増やしてよいわけではありません。
国債には利息がかかります。
金利が上がれば、新たに発行する国債の利払い負担は少しずつ重くなっていきます。
また、借金を増やしても問題がないと受け止められるかどうかは、状況によって変わります。
日本の経済力や物価、金融政策、そして財政運営への信頼次第です。
減税によって国民の負担を減らすことと、その減税によって生じる国の負担をどうするかは、切り離せない問題です。
目の前の生活を支えるために、将来の生活が不安定になってしまっては、政策の目的を十分に果たしたとはいえないのではないでしょうか。
一時的な支援と、ずっと続ける制度は分けて考えたいものです
生活支援を考えるときにもう一つ大切なのは、一時的な対策と、長く続ける制度を区別することです。
急な物価上昇で家計が苦しくなったとき、期間を決めて税負担を軽くしたり、給付金を支給したりすることには十分な意味があります。
突然の負担に対応するための支援だからです。
ただ、期間を区切った支援には、終わらせ方の難しさがつきまといます。
今回の食料品の減税も、予定どおりなら2029年4月に税率が8%へ戻ります。
そのとき、消費者は買い物のたびに負担が増えたと感じるでしょう。
実質的には「増税」と受け止められ、延長を求める声が強まることも十分に考えられます。
延長が重なればどうなるでしょうか。
一時的な支援のはずが、いつの間にか財源の手当てがないまま続く制度に変わってしまうおそれがあります。
逆に、何年も続ける制度であれば、別のことを考えておかなければなりません。
毎年必要になるお金をどう確保するのか。
景気が悪くなって税収が減っても、同じ支援を続けられるのか。
一時的な支援なら、いつまで続け、どのように終えるのかをはっきりさせる。
長く続ける制度なら、安定した財源をどう確保するのかを説明する。
私は、この二つを分けて考えることが、わかりやすく信頼される政策につながると考えています。
中小企業の現場から見る、制度が変わることの負担
ここで、税理士として日々接している中小企業の立場から考えてみます。
例えば、地域で惣菜と弁当の店を営むAさんという経営者がいるとします。
店頭での持ち帰り販売が中心で、店内には小さなイートインスペースもあります。
今回の減税が始まると、持ち帰りの弁当や惣菜には1%の税率がかかります。
一方、店内で食べる場合は外食として10%のままです。
これまで8%と10%で2ポイントだった差が、1%と10%で9ポイントに広がります。
Aさんの店で準備することは少なくありません。
値札の表示をどうするのか。
レジの設定をどう変えるのか。
インボイス(適格請求書)の税率ごとの記載に誤りが出ないか。
お客さまへの説明をどうするのか。
しかも2年後に税率が8%へ戻るときには、同じ作業をもう一度行う必要があります。
外食を中心とする飲食店にとっては、さらに別の心配もあります。
まず、税率の差が大きく広がることで、お客さまが持ち帰りに流れる可能性です。
もう一つは、納める消費税の問題です。
売上にかかる税率は10%のままなのに、仕入れる食材の税率は1%に下がります。
本則課税で申告している場合、差し引ける消費税が減るため、納める消費税そのものは増える可能性があります。
本則課税とは、実際の仕入れにかかった消費税を差し引いて納税額を計算する方法です。
食材の仕入れの支払額が下がる分と相殺される面もありますが、納税の時期にまとまった資金が必要になる点には注意が必要です。
簡易課税を選んでいる事業者は計算の仕組みが異なるため、影響の出方も変わります。
こうした負担は、政策の金額だけを見ていると見落とされがちです。
特に小さな会社では、経営者が営業も経理も人事も一人で担っていることがあります。
そうした会社にとっては、制度変更に対応するための時間そのものが重い負担になります。
制度がわかりやすいこと。
急な変更が少ないこと。
将来の負担を予測しやすいこと。
行政手続きに過度な時間を取られないこと。
こうした環境は、必ずしも大きな予算を必要としません。
それでも、企業が安心して人を採用し、設備に投資するための大きな支えになるはずです。
良い政策とは、支援額の大きい政策だけではありません。
安心して準備でき、長い目で計画を立てられる政策でもあるのだと思います。
国債市場と円相場が見ているのは、政策の「説明」です
政府の経済政策は、私たちの暮らしだけでなく、金融市場にも影響を与えます。
金融市場というと、株式投資をしている人だけの世界のように思われがちです。
しかし実際には、暮らしと深くつながっています。
国が発行する国債は、銀行や保険会社、年金を運用する機関、国内外の投資家などが買っています。
買い手は、政府が約束どおり利息や元本を支払えるかだけを見ているわけではありません。
将来の物価や金利、日本経済の行方も見ています。
大規模な減税を打ち出すときに、目的がはっきりしていて、費用が示され、財源も説明されていれば、投資家は政策の影響を予測しやすくなります。
反対に、規模だけが先に示され、費用の負担の仕方が見えなければ、不安が広がるかもしれません。
国債がどれだけ増えるのか。将来、増税が必要になるのではないか。
そうした不安が強まると、投資家は国債を買う際に、より高い利回りを求めるようになります。
国債の価格が下がり、利回りが上がるという動きです。
もちろん、国債の金利は財政への不安だけで決まるわけではありません。
日本銀行の金融政策や景気、物価、海外の金利など、多くの要因で動きます。
それでも、政府の説明が足りなければ、市場に余計な不安を与える可能性はあります。
円相場についても同じことがいえます。
日本はエネルギーや食料、原材料の多くを輸入に頼っています。
そのため、円安が進むと輸入価格が上がり、国内の物価を押し上げやすくなります。
円安には輸出企業の利益を押し上げる面もあるため、良し悪しは一概にはいえません。
それでも、物価高に悩む家計にとっては重い要因です。
円相場は、さまざまな要因で動きます。
日本と海外の金利差、貿易や投資によるお金の動き、世界の景気、国際情勢などです。
国債の金利が上がれば必ず円安になる、というような単純な関係でもありません。
金利が上がった理由によっては、円高の方向に動くこともあります。
ただ、日本の経済や財政への信頼も、為替を動かす要因の一つになり得ることは確かです。
財政運営で大切なのは、支出を増やすか減らすかという量の問題だけではありません。
政府が政策をきちんと管理できているか。
先々まで考えているか。
必要な情報を国民や市場に説明しているか。
そうした姿勢そのものが、国への信頼を左右するのだと思います。
「経済成長のため」という言葉だけで、政策を決めてよいのでしょうか
ここからは、もう一つのテーマである経済成長について考えます。
経済成長とは、簡単にいえば、国全体で生み出す商品やサービスの価値が増えることです。
その大きさを測る代表的な数字がGDP(国内総生産)です。
GDPは、一定期間に国内で生み出された付加価値を合計したものです。
付加価値とは、売上から原材料費などを差し引いた、新たに生まれた価値のことです。
経済が成長すれば、企業の利益が増え、賃金が上がり、税収も増える可能性があります。
医療や介護、教育に回せるお金も確保しやすくなります。
経済成長が大切であることに、疑問の余地はありません。
ただ、気になることがあります。
政府が成長の目標を掲げたからといって、その成長を確実に実現できるわけではない、という点です。
会社の経営に置き換えるとわかりやすいかもしれません。
社長が「来年は売上を大きく伸ばす」と宣言しても、それだけで売上は増えません。
どの商品を、誰に売るのか。
競合する会社との違いは何か。
従業員の力をどう生かすのか。
具体的な方法があって、初めて目標は意味を持ちます。
政府の成長戦略も同じではないでしょうか。
経済成長には、人口減少や高齢化、人手不足、企業の投資意欲など、多くの条件が関わります。
補助金を出せば必ず成長率が上がるわけではありません。
規制を緩めれば必ず企業が投資を増やすわけでもありません。
もう一つ注意したいのは、「経済成長」という言葉の便利さです。
新しい工場の建設も、人工知能の開発支援も、道路の整備も、教育への投資も、子育て支援も、何らかの形で経済成長と結びつけて説明できます。
あらゆる政策を成長のためと説明できてしまうと、本当に優先すべきものが見えにくくなります。
工場建設への支援、研究開発への補助金、地域の道路や学校の修繕。どれも成長に役立つ可能性がありますが、すべてに十分な予算を配れるとは限りません。
そのときに問うべきなのは、成長につながりそうかどうかではありません。
どの問題がより深刻なのか。
政府が支援しなければ実現できないのか。
同じ予算で、どの政策が社会に大きな効果を生むのか。こうしたことです。
私は、政策を考える順番は本来、逆なのだと思います。
まず日本が抱える問題を明らかにする。
次に、それを解決する方法を考え、必要な政策を実行する。
その結果として、企業が活発に動き、人々の暮らしが豊かになり、経済が成長していく。そう考える方が自然ではないでしょうか。
経済成長率だけでは、国の本当の強さはわかりません
これからの世界では、成長率だけでは測れない力がますます重要になると感じています。
何か大きな問題が起きても、人々の暮らしや経済活動を守り続けられる力です。
ある国の経済が順調に成長し、企業の売上も株価も国民の所得も伸びているとします。
一見、とても豊かな国です。
しかし、その国がエネルギーの大部分を輸入に頼っていたらどうでしょうか。
海外で戦争が起きて石油や天然ガスの供給が滞れば、電気代や燃料代が跳ね上がり、工場の生産にも影響が出るかもしれません。
重要な半導体を一部の国からの輸入に頼っていれば、その国との関係が悪化しただけで、自動車や家電をつくれなくなるおそれもあります。
道路や橋、水道が老朽化していれば、大きな災害のあとに生活や経済活動が長く止まってしまう危険もあります。
かつては、国際的な分業こそが経済的に合理的だと考えられていました。
安いところで物をつくり、必要なものを自由に売買するという考え方です。
実際に、こうした分業は世界の成長を支えてきました。
けれども近年は、国同士の対立が強まり、貿易や技術が政治の問題と結びつく場面が増えています。
日本が戦争の当事者でなくても、遠い国の出来事が燃料価格や電気料金を通じて、私たちの暮らしに及ぶ時代です。
海外に目を向けても、同じことが見えてきます。
欧州の一部の国は、財政赤字を減らさなければならない一方で、社会保障や公共サービスへの支出も求められています。
どちらに進んでも反発が生まれる、難しい状況です。
また、ロシアとウクライナの戦争からは、次のことがわかります。資源が豊富な国であっても、それを燃料に加工し、必要な場所へ運ぶ設備が損なわれれば、経済活動に影響が出るということです。
資源を持っているだけでは十分ではないのです。
ただし、すべてを国内でつくればよいわけではありません。
日本には資源や人材、土地の制約があり、海外との貿易や協力はこれからも欠かせません。
大切なのは、特定の国や地域に頼りすぎないことです。
複数の国から調達できるようにする。
国内にも一定の生産能力を残す。
緊急時の備蓄を確保する。
信頼できる国々と協力する。
こうした積み重ねが、何が起きても経済活動を続けられる仕組みになります。
経済成長と社会の安定は、対立するものではありません。
経済が成長すれば、安全を守るためのお金を確保しやすくなります。
社会が安定していれば、企業も安心して投資できます。
私は、経済の大きさだけでなく、社会を支える仕組みがどれだけしっかりしているかにも、もっと目を向けるべきだと考えています。
そして、そのための投資は、短期的な成長率だけで判断すべきではないと思います。
人工知能や半導体への投資は、何を目的にするべきでしょうか
人工知能や半導体は、いま世界各国が重視している分野です。
日本でも関連する投資を増やす動きがあり、その一つが大規模なデータセンターの整備です。
データセンターとは、多くのコンピューターを集めて、情報を保存したり大量の計算を行ったりする施設のことです。
人工知能を使ったサービスには欠かせません。
海外の企業が日本国内にデータセンターを建設すれば、建設工事や設備投資を通じて国内企業に仕事が生まれます。
また、重要なデータを国内で管理できることは、通信の安定や安全という面でも意味があります。
ここで考えたいのは、政府が何を目的に支援するのかということです。
単にGDPを増やすためなら、ほかにも投資先はいくらでもあります。
一方、国内に重要な情報処理の拠点を確保することが目的なら、取り組むべきことははっきりします。
十分な電力を供給できるようにする。
安定した通信網を整える。
災害に強い場所を選ぶ。
情報を安全に管理できる仕組みを用意する。
専門の技術を持つ人材を育てる。
課題もあります。
データセンターは大量の電力を使うため、地域の電力供給や土地の使い方に影響が出ることがあります。
設備の多くを輸入するなら、投資額のすべてが国内企業の利益になるわけでもありません。
建設が終わった後の雇用が、投資額に比べてそれほど多くないことも考えられます。
ですから、投資の金額だけで評価するのは適切ではありません。
日本にどのような技術が残るのか。国内企業にどれだけ仕事が生まれるのか。
電力や通信など、社会全体の設備がどう良くなるのか。
そして、国の安全や安定にどれだけ役立つのか。こうした視点から判断することが大切だと思います。
政府がすべてのお金を出す必要はありません
将来のための投資を、政府のお金だけでまかなう必要はありません。
むしろ、民間企業や海外の企業が投資しやすい環境を整えることこそ、政府の大切な役割です。
企業が工場の建設地を選ぶとき、土地の価格だけで決めるわけではありません。
安定した電力を確保できるか。
必要な人材を採用できるか。
道路や港が整っているか。
行政の手続きがわかりやすいか。
災害時にも事業を続けられるか。
こうした条件も大きな判断材料になります。
政府や自治体がこれらの環境を整えれば、企業は自らの資金で投資を進めやすくなります。
海外からの投資も呼び込めるかもしれません。
政府がすべての施設を自ら建設するのに比べて、財政の負担を抑えながら国内の生産力を高められる可能性があります。
海外から投資が集まり、日本が「将来にわたって投資する価値のある国」と評価されることは、長い目で見て円への信頼にもつながるはずです。
もちろん、企業への支援がまったく不要というわけではありません。
利益が出るまでに長い時間がかかる研究開発や、社会全体に役立つ設備は、民間だけでは十分に投資されないことがあります。
そうした分野に政府が関わる意味はあります。
ただし、その場合でも、どこまでを政府が負担し、どこからを企業が負担するのかを考える必要があります。
本来は企業が負担すべき費用まで、国民が肩代わりしていないか。
補助金がなくなっても、その事業は続いていくのか。
国内に技術や雇用が残るのか。
政府がいくら支出するかという数字だけを見るのではなく、その政策によって民間の活動がどれだけ広がり、社会に何が残るのかを見るべきだと思います。
国の借金には、良い使い方と注意が必要な使い方があります
私は、国の借金をすべて悪いものだとは考えていません。
大きな災害が起き、復旧の費用をその年の税収だけでまかなえないとき、国債を発行して対応することには十分な意味があります。
何十年も使う橋や道路、社会全体の生産性を高める設備への投資であれば、将来の世代もその恩恵を受けます。
ただし、「将来の役に立つ」と説明すればどんな借金でも許されるわけではありません。
ほとんど利用されない施設を多額の借金で建てた場合を考えてみましょう。
建設のときには仕事が生まれます。
しかし完成後は維持管理費だけがかかり続け、将来の世代に負担を残します。
反対に、老朽化した水道管を更新して、大規模な断水や事故を防げるならどうでしょうか。
その効果は、売上や利益では測れません。
事故が起きず、当たり前の生活が続くこと自体に価値があるからです。
将来の世代への責任とは、借金を減らすことだけではありません。
必要な投資を怠れば、それもまた次の世代への負担になります。
修理を先送りした橋は、いずれ大がかりな工事を必要とするかもしれません。
教育や人材育成への投資が足りなければ、企業が求める技術を持った人が不足します。
エネルギーや食料への備えが不十分なら、将来の危機に対応できなくなるおそれがあります。
国のお金の使い道には、大きく分けて二つの性格があります。
一つは、いま困っている人の生活を守るためのお金です。
もう一つは、これからの社会を支える仕組みを整えるためのお金です。
どちらも必要ですが、必要な期間や財源の考え方は同じではありません。
日々の生活を支える制度を長く続けるなら、続けられる仕組みが必要です。
将来を支える設備への投資なら、長い期間で効果を確かめる必要があります。
そして、支出を始めた後も、想定した効果が出ているかを確かめることが大切です。
計画が間違っていたとわかれば、修正や中止ができなければなりません。
いまの世代が得る利益は何か。
次の世代にも利益が残るのか。
将来の負担はどの程度か。
ほかの方法では実現できないのか。
こうしたことを政策ごとに丁寧に考え、お金を使うこと自体が目的にならないようにしたいものです。
すべてを実現できないからこそ、優先順位が重要になります
いまの日本には、解決しなければならない問題が数多くあります。
物価高で苦しい家庭への支援。
少子化に対応した子育てや教育への支援。
高齢化のなかでの医療や介護の体制の維持。
防衛やエネルギーの安定供給。
そして、人工知能や半導体といった新しい産業への投資。
これらをすべて最大限に進めれば、国の支出は膨らみ続けます。
そこで必要になるのが優先順位です。
私は、少なくとも三つの視点を大切にしたいと考えています。
第一に、国民が安心して暮らせる土台を守ることです。
エネルギー、食料、医療、通信、交通、防災は、暮らしを支える基本的な仕組みです。
特に海外に頼っている部分については、供給が止まったときにどう対応するのかを考えておく必要があります。
また、人口減少が進む地域では、すべての施設をこれまでどおり維持することが難しくなっています。
そうしたなかで、必要な生活サービスをどう残していくかも重要な課題です。
第二に、国の財政への信頼を守ることです。
必要な政策にはお金を使うべきです。
ただし、支出の目的と規模を明らかにし、財源をどう確保するのかを示さなければなりません。
将来の税収の伸びをあてにするなら、その見通しが外れた場合への備えも必要です。
財政を大切にするとは、ただ支出を減らすことではありません。
限られたお金を必要なところに使い、長く続けられるようにすることだと思います。
第三に、国民一人ひとりが豊かさを実感できる環境を整えることです。
国全体の経済が成長しても、企業の利益が増えても、働く人の賃金が上がらなければ家計は楽になりません。
物価が賃金以上に上がれば、収入の金額が増えても、買える物は減ってしまいます。
ですから、GDPの成長率だけでなく、実質賃金や、家計に残るお金の変化にも注目すべきだと考えています。
実質賃金とは、物価の上昇分を差し引いて見た賃金のことです。
暮らしの安心につながる取り組みは、ほかにもあります。
教育や職業訓練で、働く人が新しい技術を身につけられるようにすること。
中小企業が設備投資や業務の改善を進め、無理なく賃金を引き上げられる環境を整えること。
将来に備えて資産を形成しやすい仕組みを用意することです。
私たちは、政策をどのように判断すればよいのでしょうか
政治の議論では、大きな数字が注目されがちです。
減税の規模が何兆円、成長率を何%に、新しい産業に多額の予算を、といった具合です。
こうした数字は政策の規模をつかむのに役立ちます。
しかし、数字が大きければ良い政策というわけではありません。
予算が小さくても、社会に大きな効果を生む政策もあります。
私は、経済政策を見るときに、五つのことを考えるようにしています。
一つ目は、何の問題を解決しようとしているのかです。
物価高に苦しむ家庭を支えたいのか。
エネルギーの安定供給を実現したいのか。
企業の生産性を高めたいのか。
目的が違えば、適切な方法も変わります。
二つ目は、その政策で本当に問題が改善するのかです。
支援を行ったという事実だけでなく、実際に生活が良くなったのか、企業の投資が増えたのかを確かめる必要があります。
三つ目は、かかるお金が適切かどうかです。
同じ効果を、もっと少ない費用で得られる方法があるかもしれません。
民間に任せた方がうまくいく場合もあるでしょう。
四つ目は、誰が負担するのかです。
税金なのか、保険料なのか、それとも国債を発行して将来に負担を回すのか。
負担の方法によって、国民や企業への影響は変わります。
五つ目は、いつまで続けるのかです。
一時的な対策なのか、長く必要な制度なのか。
成果が出なかったときに見直す仕組みはあるのか。
こうしたことがきちんと説明されている政策ほど、私たちも安心して判断できます。
また、政策の評価は、賛成か反対かの二つに分かれる必要もありません。
目的には賛成でも、方法には改善の余地があるかもしれません。
支援の必要性を認めながら、財源の説明を求めることもできます。
財政を大切にしながら、必要な分野には積極的に投資するという考え方もあります。
経済政策とは本来、そうしたさまざまな立場から議論できるものだと思います。
本当に大切なのは、経済成長の先にある暮らしではないでしょうか
ここまで、減税、国の財政、経済成長、エネルギー、海外からの投資など、さまざまなことを考えてきました。
一見すると、別々の話に思えるかもしれません。
しかし私は、これらが一つの問いにつながっていると感じています。
日本はこれから、どのような社会をつくっていきたいのか、という問いです。
成長率が高くなっても、多くの人が生活に不安を抱えている社会であれば、それだけで成功とはいえないでしょう。
反対に、成長率がそれほど高くなくても、大きな価値を持つ社会があります。
働く人が安定した収入を得られ、子どもが安心して学び、高齢者が必要な医療や介護を受けられる社会です。
もちろん、そうした社会を維持するためにも経済力は必要です。
成長を軽視してよいわけではありません。
けれども私は、経済成長そのものが最終的な目的ではないと思います。
人々が安心して暮らせること。
努力や工夫が報われること。
新しいことに挑戦できること。
病気や災害など思いがけない出来事が起きても、生活を立て直せること。
子どもたちが将来に希望を持てること。
こうした社会を実現するためにこそ、経済成長が必要なのではないでしょうか。
そう考えると、政府が取り組むべきことも少し違って見えてきます。
成長率を上げるために何にお金を使うかを考えるのではありません。
人々が安心して暮らし、企業が活動し、将来に希望を持てる社会をつくるために、何が必要かを考えるのです。
その結果として、企業の活動が活発になり、働く人の生産性が高まり、経済全体が成長していく。
この順番で考える方が、本来の目的を見失わずに済むはずです。
おわりに お金を使う勇気と、使わない判断
最後に、私が最も大切だと感じていることを書きたいと思います。
これからの日本は、決して簡単な時代を迎えるわけではありません。
人口減少と高齢化が進み、社会保障の費用は引き続き大きな課題です。
世界情勢が変わるなかで、エネルギーや食料、技術、防衛など、国の安全を守る取り組みも欠かせません。
新しい技術を生かして企業の競争力を高めることも、物価高で苦しい人を支えることも必要です。
日本には、お金を使うべきことがたくさんあります。
私はそのこと自体を否定するつもりはありません。
将来の日本にとって本当に必要な分野には、しっかり投資すべきだと考えています。
ただ同時に、すべてを実行することはできないという現実も受け入れなければなりません。
ある政策に多くのお金を使えば、ほかに回せるお金は少なくなります。
新しい制度を始めれば、それを維持する負担も生まれます。
いまの世代に手厚い支援を行えば、その費用を次の世代が負担することになるかもしれません。
だからこそ政府には、丁寧に説明してほしいと思います。
何を優先するのか。
なぜその政策が必要なのか。
どれだけのお金がかかり、誰が負担するのか。
ほかの選択肢と比べて、なぜそれを選ぶのか。
新しい支援や減税を打ち出すことは、成果を目に見える形で示しやすい方法です。
しかし長い目で見れば、あえて支出を増やさない判断や、すでにある制度を見直す判断も必要になります。
そうした判断は歓迎されにくいものです。
それでも、将来のために必要なら、理由を説明して理解を求めていくことが大切です。
政治には、お金を使う決断と同じくらい、お金の使い方を見直す決断が求められているのだと思います。
そして、その判断を政府だけに任せるのではなく、私たち一人ひとりも関心を持つ必要があります。
減税してくれるから良い政策だと考えるのでも、借金が増えるから悪い政策だと決めつけるのでもありません。
どのような目的があり、どのような効果が期待でき、どのような負担が生まれるのかを、一つずつ考えていくことです。
2027年春から始まる食料品の減税は、まさにそうした目で見つめるのにふさわしい題材ではないでしょうか。
これからの日本を考えるとき、私は成長率が何%になるかという数字以上に、その成長によって何が実現するのかを大切にしたいと思います。
安心して働ける社会になるのか。
子どもたちが希望を持てるのか。
中小企業が将来を見据えて事業を続けられるのか。
海外で何が起きても、暮らしを守れるのか。
そして次の世代に、安心して暮らせる日本を引き継げるのか。
国のお金の使い方を考えることは、結局のところ、私たちがどのような未来を選ぶのかを考えることなのだと思います。
まず、どのような社会を実現したいのかをはっきりさせる。
次に、そのために本当に必要なことを選ぶ。
そして、限られたお金を、できるだけ効果的に使っていく。
その地道な積み重ねこそが、日本の経済力を高め、社会を安定させ、人々の暮らしを豊かにしていくのではないでしょうか。
※本記事で取り上げた食料品の消費税率の引き下げや給付制度は、2026年10月時点で公表されている方針に基づいています。
制度の詳細は、今後の国会審議などで変わる可能性があります。
事業への具体的な影響については、国税庁などの最新の発表をご確認ください。



