賃上げ促進税制の繰越控除、1.5%未満での活用方法
はじめに―「1.5%以上」は、いつも必要なのか?
賃上げ促進税制を活用している中小企業の経営者の方から、こんなご質問をいただくことがあります。
「前の期から繰り越した税額控除を今期で使いたいのですが、今期の賃上げが1.5%に届いていません。やっぱりダメでしょうか?」
結論から申し上げると、繰越分を使うだけであれば、1.5%以上の賃上げは必ずしも必要ではありません。
ただし、「当期に新しく発生させる控除」と「以前の期から持ち越した控除」では、要件が異なります。
ここをしっかり区別して理解しておくことが、実務上とても重要です。
この記事では、間違いやすいこの論点を、できるだけ分かりやすくご説明します。
そもそも賃上げ促進税制とは?
賃上げ促進税制とは、従業員への給与をアップさせた企業に対して、一定の税額を法人税(または所得税)から直接差し引いてもらえる制度です。
「経費として計上する」のとは違い、計算された税金そのものを減らせるため、節税効果が非常に大きい制度として注目されています。
中小企業向けの制度では、当期の「雇用者給与等支給額(役員を除く従業員への給与・賞与・各種手当など)」が、前期の同額と比べて1.5%以上増加していることが、税額控除を発生させるための基本的な要件となっています。
たとえば、前期に5,000万円の給与を支払っていた会社が、当期に5,075万円以上の給与を支払えば、増加割合は1.5%以上となり、新たに税額控除の適用を受けることができます。
「繰越控除」という仕組みがあります
賃上げ促進税制では、税額控除の額が当期の法人税額を超えてしまう場合、超えた部分を翌期以降に繰り越して使うことができます。
これを「繰越税額控除」と呼びます。
たとえば、前期に賃上げ促進税制を適用して100万円の税額控除が発生したとします。
しかし当期の法人税額が60万円しかなかった場合、控除しきれなかった40万円を翌期以降に持ち越すことができる、という仕組みです。
当期発生分と繰越控除分は「別モノ」として考える
ここが今回の記事でいちばん大切なポイントです。
賃上げ促進税制には、「当期に新たに発生させる控除(当期発生分)」と、「以前の期から繰り越してきた控除(繰越控除分)」の2種類があります。
この2つは、適用に必要な要件が異なります。
当期分の新しい控除を使うには「1.5%以上の賃上げ」が必要ですが、繰越控除を使う場合には「当期の給与総額が前期の給与総額を超えていること」だけが求められています。
つまり、1.5%という数字は求められていないのです。
具体的な数字で考えてみましょう
たとえば次のようなケースを考えます。
・前期の雇用者給与等支給額:5,000万円
・当期の雇用者給与等支給額:5,070万円
・増加額:70万円
・増加割合:70万円 ÷ 5,000万円 = 1.4%
この場合、増加割合は1.5%に届いていません。
そのため、当期分として新たな賃上げ促進税制の税額控除を発生させることはできません。
しかし、当期の給与総額(5,070万円)は、前期の給与総額(5,000万円)を上回っています。
そのため、前期以前から繰り越されてきた税額控除がある場合には、その他の要件を満たす限り、当期でその繰越控除を使うことが可能と考えられます。
「1.5%に届いていないから、繰越控除も全部アウト」とあきらめてしまう前に、この区別を確認することが大切です。
「1円でも上回ればよい」のか?
条文の文言としては、「雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えること」とされています。
理屈の上では、1円でも上回っていれば、「超える」という要件を満たします。
ただし、実務上は単に金額差だけを確認すればよいというわけではありません。
給与の集計が正しく行われているかどうか、税務署はしっかりと確認してきます。
税務署はどこを見るのか
税務調査や申告書の確認では、次のような点が問われやすいです。
集計の正確さ
・役員給与は雇用者給与等支給額の対象外です。役員分を誤って含めていないかを確認してください。
・対象となるのは、国内の従業員に対して支払った給与・賞与・各種手当・未払給与などです。
・出向者への給与や、役員と従業員を兼ねている方(兼務役員)の給与のうち従業員分については、処理が正しいかどうか確認が必要です。
当期と前期で、同じ基準で集計しているか
・対象者の範囲が年度によって不自然に変わっていないかどうかも確認されます。
当期発生分と繰越控除分を混同していないか
・当期の増加割合が1.4%であるにもかかわらず、当期分の新規控除まで申告してしまっている場合は、否認される可能性があります。
・繰越控除だけを使っている場合には、当期の給与総額が前期の給与総額を超えているかどうかが確認されます。
形式的な書類の準備も忘れずに
繰越控除を使うためには、金額の要件を満たすだけでは不十分です。
申告書への明細書添付など、形式的な要件も整えておく必要があります。
特に重要なのは、繰越税額控除の元になる税額控除限度超過額が発生した事業年度以降、毎年の確定申告書に必要な明細書が添付されているかどうかです。
過去の申告において、明細書の添付が漏れていた場合には、繰越控除の適用に問題が生じることがあります。
繰越控除を使う場合には、当期の申告書だけでなく、前期以前の申告書・別表・明細書も一度確認しておくことをおすすめします。
よくある間違いをまとめると
賃上げ促進税制の繰越控除に関して、実務上よく見られる間違いをまとめます。
間違い①:「1.5%に届かないと繰越控除も使えない」と思い込む
→ 繰越控除を使う場合の要件は「当期の給与総額が前期を超えること」です。1.5%は不要です。
間違い②:当期発生分と繰越控除分をごちゃまぜに計算してしまう
→ 2つは別の制度として区別して申告する必要があります。
間違い③:過去の申告書への明細書添付漏れを見落とす
→ 過年度の書類の確認を忘れずに行いましょう。
間違い④:役員給与を雇用者給与等支給額に含めてしまう
→ 役員給与は対象外です。集計の範囲をしっかり確認してください。
まとめ
賃上げ促進税制の繰越控除について、要点を整理します。
・当期に新しく税額控除を発生させるには、雇用者給与等支給増加割合が1.5%以上必要です。
・過年度から繰り越してきた税額控除を使うだけであれば、1.5%以上の賃上げは必要ありません。当期の給与総額が前期の給与総額を1円でも上回っていれば、要件を満たす可能性があります。
・ただし、給与の集計方法が正確であること、過年度の申告書に明細書が添付されていることなど、細かい確認事項があります。
「賃上げ促進税制は常に1.5%以上が必要」と思い込まず、当期発生分なのか、繰越控除分なのかを分けて判断することがとても大切です。
この論点は、条文を丁寧に読むことで結論が変わる部分です。
「うちの会社には関係ないか」とあきらめてしまう前に、ぜひ一度ご確認ください。
この記事は作成時点の情報に基づいています。
賃上げ促進税制は年度によって内容が変わる場合があります。
実際の適用にあたっては、最新の法令・国税庁情報をご確認のうえ、個別の状況に応じた判断をお願いします。
詳細は税務署にお問い合わせください。






