なぜ今、日本の財政は「金利のある世界」への備えを迫られているのか ― 3%金利時代に問われる、支出の中身という現実
3%の長期金利が問いかける「責任ある財政運営」の本当の意味
日本の財政を取り巻く環境が、大きく変わり始めています。
長い間、日本では金利がほとんど上がらない状態が続いてきました。
政府が大量の国債を発行しても、国債の金利は低く抑えられ、利払い費の急増をそれほど心配せずに済む時代でした。
国債とは、政府が資金を借りるために発行する借用証書のようなものです。
国債を購入した金融機関や投資家に対し、政府は一定の利息を支払い、期限が来たら元本を返します。
当然ながら、国債の金利が上がれば、政府が将来支払う利息も増えていきます。
最近では、日本の長期金利が上昇し、将来的に3%前後まで上がる可能性も意識されるようになりました。
一部の報道でも、金利上昇を前提とした財政運営や、政府の成長投資のあり方について議論されています。
ここで重要なのは、長期金利が3%になること自体を、ただちに財政危機と考えることではありません。
本当に問われているのは、日本がすでに「金利のある経済」に移りつつあるにもかかわらず、政治や財政政策の発想が、今も低金利時代のままではないかということです。
これからの日本に必要なのは、支出を一律に削ることでも、国債を使って無条件に支出を増やすことでもありません。
限られた財政資金を、日本経済の成長力や税収を高める分野に重点的に振り向ける必要があります。
そして、その成長によって得られる利益が、金利上昇による負担を上回るようにしなければなりません。
これが、これからの時代に求められる財政運営の中心的な考え方です。
長期金利3%は、それだけで危機を意味するわけではありません
長期金利が3%に近づいたという話を聞くと、「日本の財政は大丈夫なのか」「国債が暴落するのではないか」と不安になる人もいるかもしれません。
しかし、金利の数字だけを見て、危機かどうかを判断することはできません。
重要なのは、なぜ金利が上昇しているのかという理由です。
経済が成長し、企業の売上や利益が増え、賃金が上がり、物価も緩やかに上昇しているのであれば、金利が上がることは必ずしも悪いことではありません。
経済が正常な状態に戻れば、お金を借りる際の金利もある程度上昇するのが自然です。
物価が毎年上がっているにもかかわらず、国債の金利だけがいつまでもゼロに近い状態に固定されている方が、むしろ不自然です。
このように、経済成長や賃金上昇を反映した金利上昇は、ある程度健全な動きといえます。
一方で、次のような状況で金利が上昇している場合は注意が必要です。
政府の国債発行が急増しているにもかかわらず、将来の財源が示されていません。
物価上昇を抑える方針もはっきりしません。
恒久的な減税や給付を行う一方で、それをどのように賄うのかが説明されていません。
さらに、政府が日本銀行に対して、金利を低く抑えるよう求めています。
このような状況で金利が上がるのであれば、市場が日本の財政や通貨に対して不安を感じている可能性があります。
投資家が国債を購入する際には、「将来、きちんと元本と利息が返ってくるか」「物価上昇によって受け取るお金の価値が大きく下がらないか」を考えます。
不安が強くなれば、投資家は以前より高い金利を求めます。
この不安に対する上乗せ分を、専門的には「リスク・プレミアム」と呼びます。
簡単にいえば、危険が大きいと判断されたときに要求される追加の利息です。
したがって、長期金利3%という数字は、必ずしも危機を示す赤信号ではありません。
ただし、政府に対して「その政策をどのような財源で行うのか」「将来の利払い費をどうするのか」「経済成長につながるのか」と、市場が厳しい説明を求め始める水準にはなり得ます。
同じ3%でも、良い金利上昇と悪い金利上昇があります
金利上昇の中身を判断するためには、10年国債の金利だけを見るのでは不十分です。
例えば、30年や40年といった非常に長い期間の国債金利が急上昇していないかを確認する必要があります。
長い期間の国債ほど、将来の財政や物価に対する市場の見方が反映されやすくなります。
10年金利は比較的安定していても、30年や40年の金利だけが大きく上がっているのであれば、投資家が日本の長期的な財政運営に不安を感じている可能性があります。
国債の入札状況も重要です。
政府は国債を発行し、金融機関や投資家に購入してもらいます。
その際、購入希望が少なかったり、以前より高い金利を提示しなければ売れなかったりすれば、国債に対する需要が弱くなっていることを意味します。
また、金利と円相場の動きを同時に見ることも大切です。
通常、ある国の金利が上がれば、その国の通貨は買われやすくなります。
より高い利息を得るために、その国の資産へ資金が向かうためです。
ところが、日本の金利が上がっているにもかかわらず円安が進む場合、市場が金利上昇を「日本経済が成長している証拠」ではなく、「日本の財政や通貨への不安」と受け止めている可能性があります。
金利上昇と円安が同時に進み、さらに物価上昇への警戒も高まる場合は、より慎重に見る必要があります。
同じ3%という数字でも、その背景によって意味はまったく異なります。
だからこそ、金利の水準だけを見て「危険だ」「問題ない」と決めつけるのではなく、経済成長、賃金、物価、国債の需給、円相場などを合わせて判断する必要があります。
財政を左右するのは、金利と名目成長率の関係です
政府の債務を考えるうえで重要なのが、金利と経済成長率の関係です。
ここでいう経済成長率には、物価上昇分を含めた「名目GDP成長率」を使います。
GDPとは、国内で一定期間に生み出された商品やサービスの付加価値の合計です。
名目GDPは、その時点の価格で計算します。
そのため、実際に生産量が増えた場合だけでなく、物価が上昇した場合にも名目GDPは大きくなります。
例えば、日本の名目GDPが毎年4%増え、政府が支払う国債の平均金利が2%程度であれば、経済全体の大きさが利払い負担よりも速く拡大します。
この場合、政府債務の金額そのものが増えても、GDPに対する債務の比率は管理しやすくなります。
反対に、名目GDPの成長率が1%しかないのに、政府の平均金利が3%に近づいていけば、政府債務の負担は次第に重くなります。
つまり、財政運営にとって重要なのは、「長期金利が3%になったかどうか」だけではありません。
経済全体がどれだけ成長しているかと、政府が実際にどれだけの金利で資金を調達しているかの差が重要です。
政府債務を安定させるためには、基本的に名目GDPの成長率が国債の平均金利を上回る状態をできるだけ維持することが望まれます。
ただし、名目GDPが物価上昇だけによって増えている場合は注意が必要です。
国民の収入が物価ほど増えず、実際に買える商品やサービスが減っているのであれば、数字上のGDPが増えても暮らしは豊かになりません。
必要なのは、物価上昇だけに頼った名目成長ではなく、企業の生産性向上、賃金上昇、設備投資、技術革新などを伴った成長です。
日本はいま、一時的に財政が良く見えやすい期間にあります
現在の日本財政を考えるうえで、非常に重要な点があります。
それは、市場金利が上昇していても、政府が支払う利息はすぐに同じ割合では増えないということです。
日本政府は、過去の低金利時代に発行した国債を大量に保有しています。
これらの国債には、発行時の低い金利が適用されています。
市場の長期金利が3%になったとしても、過去に0%台や1%未満で発行した国債の金利が、突然3%に変わるわけではありません。
国債には満期があります。
満期を迎えた国債を返済するために、新しい国債を発行して借り換えると、その時点の高い金利が適用されます。
そのため、市場金利の上昇は、数年から十数年かけて徐々に政府の利払い費へ反映されていきます。
一方で、物価上昇による税収増は、比較的早く表れます。
商品の価格が上がれば、消費税の金額も増えます。
企業の売上や利益が名目上増えれば、法人税収も増えます。
賃金が上がれば、所得税や社会保険料の収入も増えます。
つまり、現在の日本では、税収は物価上昇によって先に増えやすい一方、国債の利払い費は過去の低金利国債が残っているため、遅れて増える構造になっています。
この時間差によって、財政が実態以上に改善したように見える可能性があります。
しかし、これは日本経済の構造が強くなった結果とは限りません。
過去に低い金利で借りたお金が残っていることと、現在の物価上昇によって税収が増えていることが重なった、一時的な追い風である可能性があります。
この状態は永遠には続きません。
今後、国債の借り換えが進めば、政府の平均金利は徐々に上がります。
また、物価が上がれば、公共工事費、公務員の人件費、医療費、介護費、年金や各種給付なども時間差で増えていきます。
現在の税収増を見て、「財政に余裕ができた」と考えるのは危険です。
むしろ、将来の利払い費や社会保障費の増加が本格化する前に、財政構造を見直すための猶予期間と考えるべきです。
住宅ローンに例えるなら、低い固定金利が残っている間に、家計を立て直すようなものです。
固定金利の期間が終わり、より高い金利で借り換えなければならなくなる前に、不要な支出を減らし、収入を増やす準備をしておく必要があります。
それにもかかわらず、この期間に恒久的な減税や給付を増やせば、将来、金利負担が増えた後にも支出だけが残ります。
「責任ある積極財政」は、言葉だけでは意味がありません
政府や政治家は、財政支出を増やす際に「責任ある積極財政」という表現を使うことがあります。
積極財政とは、政府が公共投資、給付、減税などを通じて、経済を支えたり成長を促したりする政策です。
しかし、「責任ある」という言葉の内容が明確でなければ、単なる政治的な標語になってしまいます。
積極財政を求める人にも、財政規律を重視する人にも受け入れられやすい便利な表現ですが、市場は言葉だけでは納得しません。
本当に責任のある財政政策といえるためには、少なくともいくつかの明確な条件が必要です。
第一に、毎年続く政策には、毎年確保できる財源を付けることです。
例えば、消費税率の恒久的な引き下げ、子育て支援の拡充、防衛費の増額、社会保障給付の増加などは、一度始めれば翌年以降も費用が発生します。
こうした政策を、一時的に増えた税収だけで始めてはいけません。
景気が良く、物価が上がり、企業利益が増えたときには税収も増えます。
しかし、景気が悪化すれば税収は減ります。
変動する税収を、恒久的な支出の財源として扱えば、景気後退時にすぐ財源不足が生じます。
第二に、国債を使う場合には、将来の経済力を高める支出を中心にすることです。
電力網、港湾、物流網、防災設備、半導体、人材育成、教育、研究開発、サイバーセキュリティー、防衛設備などは、完成した後も長期間にわたり社会全体に利益をもたらします。
将来世代もその設備や技術を利用するのであれば、国債を使い、複数世代で負担を分けることには一定の合理性があります。
一方で、一律の現金給付や恒久的な消費減税を、明確な財源がないまま国債で賄う場合は注意が必要です。
その支出による便益は主に現在の人が受ける一方、返済負担は将来に残ります。
これは、現在の消費代金を将来世代に請求することに近くなります。
第三に、政策を終了する条件をあらかじめ決めることです。
いつまで続けるのか、何を達成できなければ縮小するのか、どの程度の費用超過が発生したら中止するのか、といった点をあらかじめ明確にしておく必要があります。
こうした条件がない政策は、効果が出なくても予算だけが残り続けます。
本当に責任ある財政政策を目指すのであれば、政府は政策ごとに、財源、実施期間、成果目標、支出上限、中止条件、将来の維持費を示す必要があります。
「将来の成長につながる」「必要な投資である」と説明するだけでは不十分です。
財源は、増税・税収増・国債だけではありません
財政政策の財源を考える際、一般的には増税、景気や物価上昇による税収増、国債発行の三つが挙げられます。
国の歳入だけを見れば、大きくはこの三つに整理できます。
しかし、財政全体を考えるのであれば、もう一つ重要な方法があります。
それは、すでにある支出を見直し、優先順位の高い分野へ移すことです。
日本の財政問題は、税収が不足していることだけではありません。
過去に始めた補助金、基金、特別会計、地方向け事業、社会保障制度などが積み重なり、効果が低くなった支出をやめにくいことにも問題があります。
基金とは、将来の事業に備えて国がまとめて資金を積み立てる仕組みです。
必要な場合もありますが、長期間使われない資金や、事業の効果が十分に確認されないまま残っている資金もあります。
特別会計とは、国の特定の事業について、一般の予算とは分けて管理する会計です。
事業の収入と支出を明確にする利点がありますが、全体像が分かりにくくなり、見直しが進みにくい場合があります。
新しい政策を始めるたびに増税や国債発行だけを議論するのではなく、新しい支出を増やす場合には、優先順位の低くなった支出を減らすことも同時に考えなければなりません。
もちろん、社会保障、防衛、防災、教育など、簡単に削れない支出も多くあります。
しかし、限られた資金を成長分野へ移すのであれば、すでに利益を受けている業界や地域、組織への支出にも踏み込む必要があります。
政府が保有する資産を売却することも、一時的な財源になります。ただし、資産売却による収入は一度しか得られません。
そのため、毎年続く政策の財源には向きません。
サービスの利用者に一定の負担を求める方法や、所得や資産に応じて社会保障の負担と給付を見直す方法もあります。
積極財政とは、国の予算総額を際限なく増やすことではありません。
国として本当に必要な分野へ、人材、資金、技術、設備を移すことです。
今後の日本では、「何を新しく始めるか」だけでなく、「何を縮小し、何をやめるか」が重要になります。
債務残高対GDP比だけを見て安心してはいけません
日本の財政状態を示す代表的な指標に、政府債務残高のGDP比があります。
これは、政府の借金が経済全体の大きさに対してどの程度あるかを示す比率です。
例えば、政府債務が増えなくても、名目GDPが物価上昇によって大きくなれば、この比率は下がります。
そのため、債務残高対GDP比が低下していること自体は、財政にとって良い動きです。
しかし、この指標だけを目標にするのは危険です。
物価が大幅に上昇すれば、名目GDPという分母が大きくなり、政府債務の比率は自然に低下します。
ところが、国民の賃金が物価ほど上がっていなければ、実際に買える商品やサービスは減ってしまいます。
国民生活が苦しくなっているにもかかわらず、財政指標だけが改善することもあり得ます。
極端にいえば、物価上昇によってお金の価値を下げれば、過去に発行した国債の実質的な負担も軽くなります。
国債の額面は変わりませんが、そのお金で買える商品の量が減るためです。
しかし、これは国民の預金や所得の価値も同時に下げる方法です。
見かけ上の財政改善であり、健全な成長とはいえません。
したがって、財政状態を見る際には、債務残高対GDP比だけでなく、複数の指標を確認する必要があります。
その一つが、基礎的財政収支です。
基礎的財政収支は、一般に「プライマリーバランス」とも呼ばれます。
国債の元本返済や利払い費を除いた政策経費を、その年の税収などでどの程度賄えているかを見る指標です。
簡単にいえば、過去の借金に関する支払いを除いたうえで、現在の行政サービスを現在の収入で賄えているかを確認するものです。
この指標だけを絶対的な目標にする必要はありません。
不況時や災害時に支出を増やせば、基礎的財政収支が一時的に悪化することは当然あります。
しかし、重要性を下げすぎて、事実上無視することも問題です。
債務残高対GDP比は、財政運営の結果を示す指標です。
一方、基礎的財政収支は、現在の収入と支出の流れを見る指標です。
さらに、政府の利払い費が税収の何%を占めるか、国債の平均金利がどの程度か、国債の平均残存期間が何年か、名目GDPや実質GDPがどの程度成長しているかも確認する必要があります。
平均残存期間とは、現在発行されている国債が平均してあと何年で満期を迎えるかを示すものです。
平均残存期間が長ければ、金利上昇が政府の利払い費に反映されるまで時間があります。
短ければ、より早く高い金利で借り換えなければなりません。
一つの数字だけで財政を判断するのではなく、複数の角度から見る必要があります。
過去と同じ大規模な景気刺激策は、そのまま再現できません
過去の日本では、物価が下がり続けるデフレ、低い賃金、過度な円高、需要不足などが問題となっていました。
デフレとは、商品やサービスの価格が継続的に下がる状態です。
価格が下がり続けると、人々は「今買わなくても、将来もっと安くなる」と考え、消費を先送りしやすくなります。
企業も売上が伸びないため、賃上げや設備投資に慎重になります。
こうした状況では、金融緩和や財政支出によって需要を増やし、企業や家計の心理を変える政策に一定の意味がありました。
しかし、現在の日本は当時と条件が異なります。
物価はすでに上昇しています。円は過去に比べて弱い状態です。
多くの業界で人手不足が起きています。
建設費や原材料費も上昇しています。
国債金利も以前より高くなっています。
この状態で、需要を増やすことだけを目的とした大規模な財政支出を行えば、商品やサービスの供給が追いつかず、経済成長より先に物価だけが上昇する可能性があります。
例えば、全国民への一律給付や幅広い減税は、短期的には消費を増やします。
しかし、商品を作る工場の能力、電力供給、物流、人手などが増えなければ、需要の増加は価格上昇につながります。
これに対して、電力網、物流、自動化設備、人材教育、研究開発などへの投資は、時間はかかりますが、商品やサービスを生み出す能力を高めます。
この能力を「供給力」と呼びます。
現在の日本で必要なのは、需要を増やす政策よりも、供給力を高める政策を重視することです。
ただお金を配るのではなく、人手不足を補う設備、安定した電力、国内生産能力、技術力、教育、人材育成などに資金を回す必要があります。
食料品の消費税率引き下げは、慎重に考える必要があります
物価高対策として、食料品にかかる消費税率を引き下げる案が議論されることがあります。
食料品は誰もが購入するため、分かりやすく、国民からの支持も得やすい政策です。
しかし、財政政策として効率が良いかどうかは、慎重に考える必要があります。
食料品の消費税率を下げれば、低所得者だけでなく、高所得者も恩恵を受けます。
一般的に、高所得者の方が購入する食料品の金額も大きいため、減税額だけを見れば、高所得者の恩恵が大きくなる場合もあります。
物価高で特に苦しんでいる人を支援することが目的であれば、対象を絞った給付や、所得税・住民税と組み合わせた制度の方が、少ない財政負担で大きな効果を得られる可能性があります。
所得が一定以下の人に現金を給付したり、税額を減らしたりする仕組みは、「給付付き税額控除」と呼ばれることがあります。
税金を納めている人には税額控除を行い、控除しきれない低所得者には差額を給付する仕組みです。
また、消費税率を下げた分が、必ずすべて販売価格の低下につながるとは限りません。
仕入れ価格や人件費が上昇していれば、企業が減税分の一部を利益や費用の補填に回す可能性もあります。
さらに、一度引き下げた税率を元に戻すことは、政治的に非常に難しくなります。
食料品の消費税率を恒久的に引き下げれば、景気の良し悪しに関係なく、毎年税収が減ります。
一時的な税収増を根拠に、恒久的な減税を行うことは避けるべきです。
物価高対策が必要であることと、すべての人を対象とした恒久減税が適切であることは、同じではありません。
巨額の官民投資は、金額より中身が重要です
一部報道では、政府と民間が協力し、2040年ごろまでに非常に大きな規模の投資を行う構想が示されています。
数百兆円という数字を聞けば、非常に大規模な成長戦略のように感じます。
しかし、長期間の累計額であり、政府だけでなく民間企業の投資も含まれている場合、数字の大きさだけでは内容を判断できません。
確認すべきなのは、政府が実際に負担する金額がいくらなのかという点です。
さらに、民間投資のうち、政府の支援がなくても予定されていた投資がどれだけ含まれているのかも重要です。
企業がもともと計画していた設備投資まで政府の成長戦略に含めれば、見かけ上の投資額を大きくすることができます。
政府の政策によって新たに生まれる投資がどの程度あるのかを分けて示す必要があります。
複数の政策分野に同じ投資額が重複して計上されていないかも確認しなければなりません。
例えば、AI向けの半導体工場への投資は、AI、半導体、デジタル化、経済安全保障の複数分野に関係します。
同じ投資を複数の分野で数えれば、合計額が実態より大きく見える可能性があります。
また、政府が対象として掲げる分野が多すぎる場合も問題です。
半導体、AI、造船、防衛、宇宙、医薬品、農業、エネルギー、コンテンツなどは、それぞれ市場の大きさ、必要な資金、技術開発の期間、国家安全保障上の重要性が異なります。
すべての分野へ均等に資金を配れば、政治的には多くの業界や地域を納得させやすくなります。
しかし、世界市場で競争するために必要な投資規模に届かず、どの分野も中途半端になる恐れがあります。
日本の産業政策では、失敗を避けるために広い分野へ少しずつ資金を配る傾向があります。
ところが、国際競争では、研究開発、工場建設、人材確保、販売網の整備などに巨額の資金が必要です。
限られた財源を広く薄く配るだけでは、世界で勝てる産業を育てることは難しくなります。
少数分野への集中にも危険があるため、段階的に投資すべきです
それでは、投資先を数分野に絞り、最初から巨額の資金を投入すればよいのでしょうか。
それほど単純ではありません。
政府が選んだ分野が必ず成長するとは限らないからです。
技術の進歩、市場の変化、海外企業との競争、国際情勢などによって、期待された産業が伸びないこともあります。
特定の分野へ最初から巨額の資金を投入すれば、選択を誤った場合の損失も大きくなります。
必要なのは、広く薄く配り続ける方法でも、最初から少数分野へ全額を投入する方法でもありません。
初期段階では複数の技術や事業へ比較的小さな金額を投資し、成果が見えたものへ追加資金を投入する方法が考えられます。
民間の新興企業へ投資する「ベンチャーキャピタル」に近い考え方です。
ベンチャーキャピタルとは、将来成長する可能性のある新しい企業へ資金を提供し、事業が成長した場合に利益を得る投資会社です。
新しい事業は成功するかどうか分からないため、一社だけにすべての資金を投じるのではなく、複数の企業に投資します。
その後、成長が確認できた企業へ追加投資し、期待した成果が出ない企業への投資は止めます。
政府の成長投資にも、この考え方を取り入れる余地があります。
初期段階では複数の案件を試し、技術が実用化できたか、民間資金が入ってきたか、海外市場で売れる可能性があるか、生産性が上がったか、国内の供給網が強くなったかを確認します。
成果が出た案件には追加資金を投入し、進んでいない案件は縮小または中止します。
政府が最初から将来の勝者を正確に当てることはできません。
しかし、途中の成果を確認しながら、資金配分を変えることはできます。
問題は、政府が選んだ事業が一度始まると、成果が乏しくても止めにくいことです。
関係する省庁、企業、地域、政治家などが予算の継続を求め、当初の目的を達成していなくても補助金だけが延長されることがあります。
失敗そのものを完全に避けることはできません。
重要なのは、小さく試し、早い段階で問題を見つけ、損失が大きくなる前に方向を変えることです。
未知の技術に短期的な利益だけを求めてはいけません
政府の投資については、計画、実行、評価、改善を繰り返す管理方法が重視されます。
一般に、計画を立てて実行し、その結果を確認して改善する流れは、PDCAと呼ばれます。
税金を使う以上、事業の成果を検証することは必要です。
しかし、研究開発や先端技術に対して、短期間の利益だけを求めると、有望な技術が育たない可能性があります。
基礎研究は、すぐに商品化できるとは限りません。防衛技術や宇宙技術、感染症対策、エネルギー安全保障などは、民間企業の利益率だけでは価値を測れません。
例えば、国内で重要な部品を生産できる体制を整えることは、平常時には海外から輸入するより高くつくかもしれません。
しかし、国際紛争や災害によって輸入が止まった場合、国内生産能力があること自体に大きな価値があります。
このような価値は、短期の売上や利益だけでは評価できません。
一方で、「将来必要になるかもしれない」「新しい技術なので成果を測れない」と説明するだけで、無制限に税金を投入することも許されません。
利益率以外の中間的な指標を設定する必要があります。
民間企業が追加で資金を出したか、特許や技術者が国内に残ったか、海外への依存度を下げたか、国内の生産能力が増えたか、海外売上や雇用を生んだか、当初の費用や期間を大幅に超えていないか、といった点です。
こうした点を一定期間ごとに確認し、継続、拡大、縮小、中止を判断するべきです。
未知の技術であるため、最終的な成功確率を正確に予測できないことはあります。
しかし、どのような状態になったら支援を見直すのかという条件は、事前に決めることができます。
日本の問題は、政策が失敗することそのものではありません。
失敗を認めず、目的や名称を変えながら、同じ支出を続けてしまうことです。
日本銀行に金利抑制を求めることは危険です
財政運営を考えるうえで、特に警戒すべきなのが、政府が日本銀行に対して金利を低く抑えるよう求めることです。
政府が支出を増やし、国債発行も増やす一方で、金利上昇を日本銀行に抑えさせようとすれば、金融政策が政府財政の都合に従う状態に近づきます。
このような状態は、「財政従属」と呼ばれます。
財政従属とは、中央銀行が物価の安定よりも、政府の利払い負担を軽くすることを優先して金融政策を行わされる状態です。
日本銀行の重要な役割は、物価と金融システムを安定させることです。
物価上昇が強すぎれば、金利を上げたり、国債の買い入れを減らしたりして、お金の流れを落ち着かせる必要があります。
ところが、政府が多額の国債を発行しているために、金利上昇を避けることが最優先になれば、日本銀行は物価を抑えるために必要な政策を取りにくくなります。
短期的には、日本銀行が国債を大量に購入することで、国債金利を低く抑えられるかもしれません。
しかし、市場が「政府は物価上昇より財政負担の軽減を優先している」と判断すれば、円への信頼が低下する可能性があります。
円安が進めば、原油、天然ガス、食料、原材料などの輸入価格が上がります。
輸入物価の上昇によって国内の物価も上がり、国民の実質的な購買力が低下します。
金利を抑えて政府の利払い費を軽くした代わりに、国民が物価高という形で負担することになります。
また、将来の物価上昇への警戒が強まれば、投資家は国債を購入する際に、より高い金利を求めます。
政府が金利上昇を恐れて日本銀行に圧力をかけるほど、通貨への信頼が傷つき、最終的には長期金利がさらに上昇する可能性があります。
金利を持続的に低く保つ最善の方法は、日本銀行に国債を買わせ続けることではありません。
政府が財源、支出内容、将来の債務管理について、信頼できる説明を行うことです。
政府は経済成長と財政運営に責任を持ち、日本銀行は物価安定に責任を持ちます。
両者の役割を混同してはいけません。
低金利を人為的に続ければ、国民が別の形で負担します
政府の財政負担を軽くするため、国債金利を物価上昇率より低く抑え続ける政策は、「金融抑圧」と呼ばれることがあります。
言葉は難しく見えますが、仕組みは比較的単純です。
仮に物価が毎年3%上がっているのに、預金や国債の金利が1%しかなければ、お金を持っている人の資産は名目上減っていなくても、実際に買える商品の量は減ります。
政府は低い金利で借金を続けられる一方、預金者や国債保有者が物価上昇によって実質的な損失を負います。
これは、表面上は増税ではありません。
しかし、国民の預金や所得の価値を少しずつ下げることで、政府債務の実質的な負担を軽くする働きがあります。
財政問題を解決するために金利を人為的に抑え続ければ、その負担は物価高や通貨安を通じて家計に移ります。
そのため、「金利が低ければ国民にとって良い」と単純に考えることはできません。
住宅ローンなどを抱える人にとっては低金利が有利ですが、預金者、年金生活者、輸入品を多く消費する家計にとっては、円安と物価高が大きな負担になります。
財政の費用は消えるのではなく、別の形で誰かが負担します。
債券市場は重要な警報装置ですが、常に正しいわけではありません
国債市場の動きを、政府への警告として受け止めることは重要です。
政治家は政策の利点を強調する傾向があります。
減税によって家計が助かります。給付によって消費が増えます。
補助金によって企業が投資します。
公共事業によって地域が活性化します。
しかし、政策には必ず費用があります。
その費用が大きすぎると市場が判断すれば、国債価格が下がり、金利が上がります。
国債の価格と金利は、基本的に反対方向に動きます。
すでに低い金利で発行された国債は、市場金利が上がると魅力が低下します。
そのため価格が下がり、結果として市場で計算される利回りが上がります。
このように、債券市場は政府の政策にかかる将来の費用を、金利という形で示します。
政治の世界では先送りできる問題でも、市場は早い段階で反応することがあります。
ただし、国債市場が常に正しいわけではありません。
国債金利は、財政だけで決まるものではありません。
海外の金利、日本銀行の金融政策、物価上昇への予想、国債の発行額、銀行や保険会社の運用方針、海外投資家の売買、為替変動を防ぐための費用など、さまざまな要因によって変動します。
海外投資家が短期間に大量の国債を売れば、財政状態が急に悪化していなくても金利が大きく上昇することがあります。
反対に、日本銀行が大量の国債を購入していれば、財政への不安があっても金利が低く抑えられることがあります。
銀行や保険会社には、安全性や資産と負債の管理上、国債を一定程度保有する必要があります。そのため、純粋な投資判断だけで国債を購入しているとは限りません。
債券市場は重要な警報装置ですが、警報が鳴った原因を特定するには分析が必要です。
10年金利だけでなく、30年や40年の金利、国債入札、円相場、予想物価上昇率、銀行や保険会社の購入余力、海外投資家の動向などを合わせて見る必要があります。
日本は「お金を使うかどうか」ではなく、「何を諦めるか」を問われています
日本はいま、二つの大きな圧力の間にあります。
一方では、防衛、半導体、AI、電力網、サイバーセキュリティー、食料安全保障、物流、防災などへの投資を増やす必要があります。
米国と中国の対立、各地の紛争、エネルギー供給の不安定化、重要部品の輸出規制などにより、経済と安全保障を切り離すことが難しくなっています。
これまで海外から安く購入できた部品や原材料が、今後も同じように手に入るとは限りません。
国内で一定の生産能力を持つこと、複数の国から調達できるようにすること、重要な技術やデータを守ることが必要です。
国家として資金を出さないこと自体が、大きな危険になる分野もあります。
他方で、日本では少子高齢化が進み、年金、医療、介護などの社会保障費が増えています。
国債の利払い費も今後増加する可能性があります。
現役世代の人口が減るなかで、税や社会保険料を負担する人の数も減っていきます。
つまり、日本には新しい投資が必要ですが、そのために自由に使える財源は少なくなっています。
この状況で問われているのは、「政府がお金を使うか、使わないか」ではありません。
どの支出を優先し、どの支出を減らし、どの分野を諦めるのかという選択です。
過去のように、すべての業界、地域、世代に少しずつ資金を配る方法は、金利のある時代には維持しにくくなります。
国債の金利がほぼゼロであれば、政策の優先順位が多少曖昧でも、利払い費への影響は小さく済みました。
しかし、金利が上がれば、効果の低い支出にも明確な費用が発生します。
何かを新しく始めるのであれば、何かを縮小します。
一時的な支援を行うのであれば、終了時期を明確にします。
国家として守るべき分野には十分な資金を投入する一方、効果の薄い補助金や長年続いてきた支出は見直します。
こうした選択を避けることはできません。
日本が重点を置くべき分野とは何か
日本が今後、重点的に資金を投入すべき分野を考える際には、単に市場規模が大きいかどうかだけではなく、日本の強みと国家安全保障上の必要性を合わせて考える必要があります。
例えば、半導体はデジタル製品だけでなく、自動車、工場設備、通信、防衛、医療など幅広い分野で必要です。
すべての種類の半導体を国内で生産することは現実的ではありませんが、日本が強みを持つ製造装置、素材、部品などを維持・強化することには意味があります。
電力網への投資も重要です。
AI向けのデータセンター、半導体工場、電気自動車、再生可能エネルギーなどが増えれば、大量の電力が必要になります。
発電設備を増やすだけでなく、電気を送る送電網や、需給を調整する設備がなければ、産業投資を受け入れることができません。
サイバーセキュリティーは、企業や政府の情報を守るだけではありません。
電力、金融、交通、医療、通信など、社会を支える重要な仕組みが攻撃を受ければ、国民生活や経済活動が止まります。
ロボットや自動化技術も、人口減少が進む日本にとって重要です。
人手不足を外国人労働者だけで補うことには限界があります。
少ない人数でも生産やサービスを維持できる仕組みを作らなければ、経済規模を保てません。
先端素材、工作機械、精密部品など、日本企業が長年蓄積してきた技術にも強みがあります。
一方で、過去に強かったという理由だけで支援を続けるのではなく、今後の需要、海外市場での競争力、民間企業の投資意欲を確認する必要があります。
重点分野を選ぶことは、政府が個別企業の将来をすべて予測することではありません。
国内に残すべき技術や生産能力を見定め、その土台となるインフラ、人材、研究環境を整えることです。
財政支出は、将来の税収を本当に増やすのか
政府が国債を使って投資を行う際、最終的に問われるのは、その支出によって将来の経済規模と税収がどれだけ増えるかという点です。
道路、港湾、電力網、教育、研究開発などへの投資は、すぐに税収を生むとは限りません。
しかし、企業活動を支え、生産性を高め、新しい産業を育てれば、長期的には賃金、企業利益、消費が増え、税収も増える可能性があります。
一方で、支出額が大きくても、国内の供給力や生産性が上がらなければ、将来の税収は増えません。
補助金を受け取った企業が、補助期間の終了後も事業を続けられるのか、政府支援がなくても民間企業が追加投資を行うのか、国内で雇用や技術が蓄積されるのか、海外市場から収入を得られるのか。こうした点を確認する必要があります。
国債を使った支出が正当化されるのは、原則として、その支出によって得られる将来の社会的な利益が、金利を含めた負担を上回る場合です。
もちろん、災害対策や防衛など、直接的な収益で測れない支出もあります。
それでも、どのような危険を減らすのか、他の方法より効果的なのか、将来の維持費はいくらかを説明する必要があります。
「成長投資」という名称を付けただけで、すべての支出が投資になるわけではありません。
建物や設備を作っても、使う人がいなければ維持費だけが残ります。
研究施設を作っても、研究者を確保できなければ成果は生まれません。
補助金によって工場を誘致しても、支援終了後に撤退されれば、地域に長期的な利益は残りません。
支出の規模ではなく、その後に何が残るのかを見る必要があります。
家計や企業にとっても、金利のある時代への対応が必要です
財政や国債の議論は、政府だけの問題に見えるかもしれません。
しかし、金利のある時代への移行は、家計や企業にも大きく関係します。
政府の国債金利が上がれば、銀行の貸出金利も上がりやすくなります。
住宅ローン、企業の運転資金、設備資金などの借入負担が増える可能性があります。
これまで低い金利を前提に成立していた事業や投資は、採算が合わなくなる場合があります。
例えば、年間3%の利益しか生まない事業を、ほぼゼロに近い金利で借りて行うのであれば、一定の利益が残ります。
しかし、借入金利が3%近くまで上がれば、利息を支払った後の利益がほとんど残らなくなります。
企業は、売上や利益だけでなく、借入金の金利上昇に耐えられるかを確認する必要があります。
固定金利か変動金利か、借入期間がどれだけ残っているか、借り換え時期がいつかも重要になります。
家計にとっては、預金金利が上がるという利点があります。
しかし、住宅ローンの負担増、物価上昇、税や社会保険料の負担増が同時に起きれば、必ずしも暮らしが楽になるわけではありません。
投資家にとっても、単純に「金利上昇は株価に悪い」「国債金利が上がれば円高になる」と考えるだけでは不十分です。
経済成長によって金利が上がっているのか、財政への不安によって金利が上がっているのかを区別する必要があります。
成長による金利上昇であれば、企業利益や賃金も伸びる可能性があります。
財政不安による金利上昇であれば、円安、物価高、借入負担増が同時に進む危険があります。
同じ金利上昇でも、家計や企業への影響は大きく異なります。
これから必要なのは、支出額の競争ではありません
政治の議論では、政策の規模が注目されやすくなります。
何兆円の経済対策を行うのか、何兆円の減税を行うのか、何百兆円の投資を目指すのか、といった点です。
数字が大きいほど、積極的で力強い政策のように見えます。
しかし、金利のある時代には、支出額の大きさだけを競うことは危険です。
大切なのは、その支出がどのような成果を生み、将来どの程度の費用を残すかです。
恒久的な政策には恒久的な財源を付けます。
国債を使う場合には、将来世代にも利益が残る分野を中心にします。
日本銀行の独立性を守ります。
政策ごとに期限、目標、支出上限、中止条件を決めます。
最初からすべての資金を投入せず、成果を確認しながら段階的に配分します。
新しい政策を始める際には、既存支出の見直しも同時に行います。
このような仕組みがなければ、「責任ある積極財政」という言葉は、中身のない宣伝文句になってしまいます。
おわりに――3%が示しているのは、自由に借金できる時代の終わりです
日本は現在、過去に低い金利で発行した国債が残っていることと、物価上昇によって税収が増えていることから、財政が一時的に良く見えやすい状態にあります。
しかし、この追い風は永遠には続きません。
今後、国債の借り換えが進めば、政府の平均金利は上昇していきます。
物価上昇に合わせて、公共工事、医療、介護、年金、人件費などの支出も増えていきます。
現在の税収増を恒久的な余裕と考え、減税や給付を固定化すれば、数年後には利払い費と支出増だけが残る可能性があります。
だからといって、日本が財政支出をやめるべきだということではありません。
人口減少、エネルギー問題、防衛、AI、半導体、サイバー攻撃、国際的な供給網の再編などを考えれば、政府による投資は必要です。
問題は、いくら使うかではなく、何に使うかです。
さらにいえば、何をやめ、何を諦め、その代わりに何へ資金を集中するのかが問われています。
長期金利3%は、日本の財政がただちに破綻することを示す数字ではありません。
しかし、政府がどのような政策を行っても、市場が低い金利で国債を買ってくれる時代が終わりつつあることを示す数字です。
これから市場が政府に問うのは、支出の規模ではありません。
その支出によって、日本の生産力、賃金、名目GDP、税収が増え、将来の金利負担を上回る利益が生まれるのかという点です。
その説明ができる財政支出であれば、日本の成長と安全を支える力になります。
説明できない支出を続ければ、国債金利の上昇、円安、物価高という複数の経路を通じて、市場から厳しい評価を受けることになります。
日本の最大の危険は、金利が上昇することそのものではありません。
金利が上昇しているにもかかわらず、金利がほとんどなかった時代と同じ考え方で、広く薄く資金を配り続けることです。
限られた資金をどこへ配分するのか、どの政策を終わらせるのか、将来世代にどのような設備、技術、人材、債務を残すのか。金利のある時代とは、日本がこうした難しい選択から逃れられなくなった時代なのです。



