石油大国なのにガソリンが足りない? ロシアの製油所攻撃から見えてくる、戦争と世界経済の新しい弱点
戦争は、戦場だけで起きているわけではありません
ロシアとウクライナの戦争が長期化するなかで、少し気になる変化が起きています。
戦争の影響が、兵士や兵器が向き合う前線だけでなく、ロシア国内の工場や物流、さらには人々の日常生活にまで広がっていることです。
その象徴ともいえるのが、石油を加工する工場、つまり製油所への攻撃です。
2026年に入ってからは、ウクライナの無人機(ドローン)による攻撃が大きく増えたと伝えられています。
6月には首都モスクワの製油所も攻撃を受け、大きな火災が起きました。
ロシアは世界でも有数の石油資源を持つ国です。
国内に豊富な石油があり、長年にわたって海外にも輸出してきました。
そのような国で、ガソリンの供給が不安定になり、一部の地域では給油に行列ができたり、販売量が制限されたりする事態が起きています。
ロシア政府は、ガソリンの輸出を制限するだけでなく、海外から燃料を輸入するところまで追い込まれているようです。
石油が豊富にある国なのに、なぜガソリンが足りなくなるのでしょうか。
一見すると不思議な話ですが、少し掘り下げてみると、現在の世界経済が抱えている大きな弱点が見えてきます。
それは、資源を持っていることと、その資源を人々が使える形にして届けることは、まったく別の問題だということです。
そして、この問題はロシアだけで完結するものではありません。
ヨーロッパの物価、日本の燃料価格、私たちが毎日買う食品や日用品、さらには円相場にまで、間接的な影響を与える可能性があります。
遠く離れた国の戦争が、どのような道筋で私たちの暮らしにつながっているのか。
今回は製油所をめぐる問題から、少し広い視野で考えてみたいと思います。
前半ではロシア国内で何が起きているのかを、後半では世界や日本、そして中小企業の経営への影響を順に見ていきます。
少し長い文章になりますが、お付き合いいただければ幸いです。
石油が豊富でも、ガソリンが十分とは限りません
まず、石油について少し整理してみます。
私たちは普段、「原油価格が上がった」「石油が足りない」といった話を耳にします。
そのため、地下から石油を掘り出すことさえできれば、ガソリンや軽油も十分に供給できるように感じるかもしれません。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
地下から取り出したばかりの石油は「原油」と呼ばれ、そのままでは自動車やトラックの燃料として使えません。
原油を工場へ運び、いくつもの工程を経て、ガソリン、軽油、灯油、航空機の燃料などに加工する必要があります。
この加工を担う施設が製油所です。
身近なもので考えてみましょう。
ある国で小麦が大量に収穫でき、倉庫に山のように積まれていたとします。
ところが、小麦を粉にする工場や、その粉からパンを焼く工場が止まってしまったら、どうなるでしょうか。
小麦はたっぷりあるのに、店頭に並ぶパンは不足するかもしれません。
倉庫にある小麦と、食卓に届くパンは別物だからです。
石油も同じです。地下に豊富な原油があっても、加工する工場が十分に動かなければ、必要な燃料は作れません。
さらに、燃料を作れたとしても、必要な地域まで運ばなければ人々の暮らしには届きません。
つまり石油の供給には、掘り出す、加工する、保管する、運ぶという、いくつもの段階があります。
その途中のどこか一つがうまく動かなくなるだけで、最終的な燃料の供給に支障が出ることがあるのです。
今回のロシアの問題を考えるうえで、まず押さえておきたいのがこの仕組みです。
なぜ製油所が狙われるのでしょうか
製油所は、単にガソリンを作る工場ではありません。
自動車やトラック、航空機などを動かす燃料を生み出す、社会にとって欠かせない施設です。
当然、軍隊が活動するうえでも燃料は必要です。
戦車や軍用車両を動かすにも、物資を前線へ運ぶにも、燃料がなければ十分な活動はできません。
製油所への攻撃には、軍事活動を支える仕組みを弱めようとする意味があると考えられます。
また、ウクライナ側は、石油関連の収入を減らすことも狙いの一つだとしているようです。
収入の面でも、製油所には特別な意味があります。
原油をそのまま売るよりも、ガソリンや軽油に加工してから売るほうが、一般的には付加価値が高くなります。
製油所が止まれば、国内で使う燃料が減るだけでなく、加工して稼ぐはずだった利益も失われることになります。
ただし、影響を受けるのは軍隊や石油会社だけではありません。
同じ燃料は、民間の物流会社や農家、建設会社、一般家庭でも使われています。
製油所の稼働が落ちれば、国内のさまざまな経済活動に影響が及びます。
製油所を止めることは、軍事の問題であると同時に、経済の問題でもあるのです。
ここに、この問題の難しさがあります。
しかも攻撃は、国境に近い地域だけで起きているわけではありません。
国境から1,000キロ以上離れた地域の施設も標的になっています。
以前であれば、前線から遠いことが一定の安全につながっていたかもしれませんが、長い距離を飛べる無人機の登場によって、その前提は崩れつつあります。
守る側の費用の問題もあります。
攻撃に使われる無人機は比較的安く作れるものが多い一方で、それを撃ち落とす防空システムには高価な設備やミサイルが必要です。
安い攻撃に高い防御で応じ続けなければならない、という費用の偏りが生まれやすいのです。
広い国土を持つロシアにとって、各地に点在する重要な施設をすべて守ることは簡単ではありません。
どこを優先して守るのか、どれだけの設備や人員を配置するのか、被害を受けたらどこから復旧させるのか。
こうした判断を何度も繰り返す必要があります。
攻撃による直接の損害だけでなく、攻撃に備え続けること自体が、長期的な負担になっていく可能性があるのです。
情報が「見えなくなる」ことの意味
ここで、もう一つ気になる動きがあります。
ロシアでは、石油関連の統計を公表しない動きが以前から続いてきましたが、2026年9月28日には、製油所の処理量や生産量、燃料の輸出に関する情報の公開を制限する大統領令が出されたと報じられています。
戦争中の国が重要な施設の情報を伏せること自体は、不自然ではありません。
どの設備が動いているのかが相手に伝われば、攻撃を受ける危険が高まるからです。
ロシア側は、欧米の制裁などへの対抗措置という理由も挙げているようです。
しかし、少し視野を広げると、別の意味も見えてきます。
製油所の生産量や燃料の輸出量は、本来、経済の状態を知るための大切な情報です。
どれくらい燃料が作られ、どこへ運ばれ、国内で足りているのか、海外へどれだけ売られているのか。
こうした数字が分かれば、石油産業がどの程度安定しているかを、外部からもある程度判断できます。
反対に、数字が見えなくなれば、海外の政府や企業、投資家が実態をつかむことは難しくなります。
報道によれば、今回の大統領令では、輸出の相手先や輸送経路、取引量といった情報まで対象になっているようです。
制裁がきちんと守られているかを外部から確認しにくくする狙いもある、と指摘されています。
これまで経済の状況を示していた数字まで、安全保障上の情報として扱われるようになっていることには、意味があるように思います。
それだけ、石油の生産や加工、輸送といった仕組みが、戦争の行方を左右する要素になっているのでしょう。
一方で、私たちが注意しなければならないこともあります。
情報が少なくなるほど、実際に何が起きているのかを正確に判断しにくくなるということです。
一部の地域で燃料が不足していても、それが全国的な問題なのか、一時的なものなのかは、別に考える必要があります。
断片的な映像や現地の声は、状況をうかがう手がかりにはなりますが、それだけで全体像を描くことはできません。
情報が隠されているという事実だけから最悪の状況を想像するのも、逆に楽観するのも適切ではありません。
分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて考える姿勢が、これまで以上に大切になると思います。
製油所は、修理すれば元に戻るのでしょうか
攻撃を受けても修理すればよいのではないか、と考える方もいるでしょう。
確かに、損傷が比較的小さければ、短期間で稼働を再開できる場合もあります。
しかし製油所は、非常に複雑な施設です。
大きなタンクや配管だけでなく、温度や圧力を細かく管理する装置、化学反応を利用する設備、コンピューターによる制御システムなど、多くの機器が組み合わされています。
壊れた部分を交換すれば済むとは限らず、特殊な部品や専門技術を持つ人材が必要になることもあります。
修理が終わった後には、安全に動かせるかどうかの確認も欠かせません。
工場を止めるのは一瞬でも、再び安定して動かすには時間がかかるのです。
ロシアの場合、ここにさらに難しい問題が加わります。
長年海外から調達してきた設備や部品のなかには、経済制裁の影響で入手しにくくなっているものがあります。
国内で作れる部品や別の国から調達できる部品もあるため、すべての修理が不可能になるわけではありません。
それでも、部品を手に入れるまでの時間が延びたり、費用がかさんだりすれば、復旧の負担は大きくなります。
金利が高い状態では、大規模な修繕に必要な資金を借りる負担も重くなります。
そして最も厄介なのは、修理が終わる前に別の施設が攻撃を受ける状況です。
一つの工場を直している間に別の工場が止まり、その工場を直している間に、さらに別の設備に問題が起きる。
人手も部品も資金も、無限にあるわけではありません。
ここで大切なのは、攻撃の回数そのものよりも、設備を直す速さが、新たな被害が生じる速さに追いついているかどうかです。
攻撃が続いていても、修理が順調に進んで全体の生産量が保たれていれば、経済への影響はある程度抑えられるでしょう。
反対に、一回ごとの被害はそれほど大きくなくても、修理が追いつかない状況が長く続けば、燃料を作る力は少しずつ削られていく可能性があります。
これは製油所に限った話ではありません。
道路や橋、鉄道、水道など、社会を支える設備はどれも、点検や修理、更新を続けることで維持されています。
普段は当たり前のように使えているものも、その維持に回す人手や資金の余裕が失われると、小さな故障が大きな混乱につながることがあります。
日本でも、老朽化したインフラの維持が課題になっていることを思えば、決して他人事ではないでしょう。
「余裕」が失われることの怖さ
経済を考えるうえで、もう一つ大切なのが「余裕」です。
例えば、ある地域で毎日100の燃料が必要で、その地域の工場が最大120まで作れるとすれば、20の余裕があります。
一つの設備に不具合が起きても、ほかの設備で補えるかもしれませんし、需要が一時的に増えても対応できます。
ところが、度重なる停止で最大105しか作れなくなったらどうでしょうか。
普段の需要は何とか満たせても、少し需要が増えたり、別の設備が故障したりすれば、すぐに不足が起きます。
工場が普段どおり動いているように見えても、余裕だけが静かに失われていることがあるのです。
これは会社の経営にも似ています。
人員に余裕のある会社なら、一人が休んでもほかの人が仕事を引き受けられます。
しかし、常に全員が限界まで働いている会社では、一人の欠勤が業務全体を止めてしまうことがあります。
しかも、工場を無理に動かし続ければよいわけではありません。
製油所では、数年に一度、設備をいったん止めて大がかりな点検や整備を行うのが一般的です。
本来は止めて点検しなければならない機械を、供給不足を防ぐために動かし続ければ、別の故障を招くおそれもあります。
余裕の問題は、日本にとっても無関係ではありません。
国内の燃料需要が減ってきたことを背景に、日本ではこの数十年で製油所の統廃合が進み、精製能力も縮小してきました。
需要に合わせて設備を減らすのは経営として自然な判断ですが、その分、どこかで大きなトラブルが起きたときに補う余地は小さくなります。
効率と余裕のバランスをどう取るかは、国のエネルギー政策にとっても難しい課題だと思います。
ロシアの話に戻れば、状況は工場ごとに異なりますが、攻撃が長期化する場合には、「今どれだけ作れているか」だけでなく、「この先も安定して作り続けられる余裕が残っているか」を見る必要があると思います。
戦争が日常生活に入り込んでくる
燃料の供給が不安定になると、経済だけでなく人々の心理にも影響が出ます。
いつも使うガソリンスタンドで売り切れの貼り紙を見たとします。
最初は、たまたまその店の在庫がなくなっただけだと考えるでしょう。
しかし、近くの店でも品切れが続いていたらどうでしょうか。
次にいつ給油できるか不安になり、早めに満タンにしておこうとする人が増えるかもしれません。
すると、実際の供給不足に先回りの購入が重なって、さらに品薄が進みます。
不足するかもしれないという不安が、実際の不足を大きくしてしまうのです。
日本でも、1970年代の石油危機の際には、紙製品がなくなるといううわさが広がり、店頭からトイレットペーパーが消える騒ぎが起きました。
新型コロナウイルスの流行初期に、マスクや日用品が一時的に手に入りにくくなったことを覚えている方も多いでしょう。
人々の不安が品不足を呼ぶという現象は、国や時代を問わず起こり得るものです。
ロシアでは、2026年の夏以降、各地で給油の行列や販売量の制限が伝えられています。
ただし、地域によって事情は違い、政府が燃料の流通先を調整することもできるため、全土で同じ状況が起きているとは限りません。
それでも、日常生活に欠かせない燃料が手に入りにくくなることは、人々にとって大きな出来事です。
戦争が遠くの前線で行われている間は、自分の暮らしとのつながりを感じにくい人もいるでしょう。
しかし、ガソリンが買いにくくなり、食品が値上がりすれば、戦争は急に身近な問題になります。
燃料を買うために並ぶ時間、いつ給油できるか分からない不安、上がり続ける生活費。
こうした負担は、統計の数字だけでは十分に表せません。
これらが積み重なれば、人々の暮らしや気持ちに、少しずつ影響していくはずです。
もちろん、生活が苦しくなったからといって、それが直ちに政府への支持の低下や戦争の終結につながるわけではありません。
戦争中の社会では、情報の伝わり方や政治の仕組み、人々の受け止め方など、さまざまな要素が絡み合っています。
燃料不足への不満が、攻撃する側への反発として表れることもあるでしょう。
ただ、国民生活の負担がどう変化していくかは、長い目で見るうえで無視できない要素だと思います。
燃料の値上がりは、ほかの物価にも広がります
燃料価格が上がると、まず思い浮かぶのは自家用車のガソリン代でしょう。
しかし、影響はそれだけにとどまりません。
スーパーに並ぶ野菜を例に考えてみます。
畑で野菜を育てるには農業機械の燃料が必要ですし、収穫した野菜を市場へ、市場からお店へと運ぶにはトラックの燃料が要ります。
お店で商品を冷やしたり照明をつけたりするのにも、エネルギーが使われています。
一つの商品が私たちの手元に届くまでには、さまざまな形でエネルギーが必要なのです。
そのため燃料価格が上がれば、企業の費用も増えやすくなります。
企業がその負担を吸収しきれなくなれば、販売価格を上げることも考えられます。
食品や日用品が値上がりすれば家計の負担が増え、働く人たちは賃上げを求めるかもしれません。
そして賃上げは、企業にとって新たな費用になります。
もちろん、必ずこの順番で物価が上がるわけではありません。
企業間の競争や家計の購買力、政府の支援策などによって結果は変わります。
それでも、燃料価格の上昇は一つの商品だけの問題にとどまらず、社会のあちこちへ広がりやすい性質を持っています。
私たち日本人も、この流れを経験したばかりです。
2022年にロシアがウクライナへ侵攻した後、世界的にエネルギー価格が高騰し、日本でも電気代やガス代、食品などの値上がりが長く続きました。
エネルギーの値上がりは、少し時間をおいて、思いがけない商品の値段にまで表れてきます。
その意味で、エネルギー価格は物価全体を考えるうえで重要な手がかりになるのです。
物価と金利の難しい関係
燃料不足で物価が上がると、もう一つ厄介な問題が出てきます。
金利です。
一般に、物価が上がり続けると、中央銀行は金利を引き上げることを考えます。
金利が上がればお金を借りる負担が増え、設備投資や消費が抑えられて、物価の上昇を落ち着かせる効果が期待できます。
しかし、燃料不足が原因で物価が上がっている場合には、事情が複雑になります。
金利を上げても、壊れた製油所が直るわけではないからです。
むしろ、修理や新しい設備の導入に必要な資金の負担は重くなります。
物価を抑えようとする政策が、別の面では供給を回復させるための投資を難しくしてしまうことがあるのです。
金利を下げれば企業の資金負担は軽くなりますが、物価上昇を強めてしまうおそれがあります。
金利を高く保てば物価は抑えやすくなりますが、企業活動が弱くなるかもしれません。
戦争中の国では、軍事関係の支出増や人手不足も重なりやすく、そこへ燃料の問題が加われば、経済のかじ取りはさらに難しくなると考えられます。
実際ロシアでは、物価の上昇を抑えるために、中央銀行が政策金利を高い水準に保つ状態が続いてきました。
高い金利は、軍需と関係の薄い民間企業にとって、設備投資や借り入れの大きな重荷になります。
製油所の修理や更新もまた、こうした環境のなかで進めなければなりません。
製油所への攻撃が、単なる工場の被害にとどまらず、物価や金利、企業の投資にまで影響しうるのは、このためです。
もちろん、実際にどれほどの影響が出るかは、供給不足の規模や期間、政府の対応によって変わります。
一つの出来事だけで経済全体の行方が決まるわけではありませんが、問題がいくつも重なるほど、政策の選択肢は狭くなっていくと考えられます。
世界経済にとって重要なのは、むしろ軽油かもしれません
ここまでは主にロシア国内の問題を見てきましたが、世界全体への影響を考えるうえで特に気になるのが軽油です。
日本ではガソリン価格のニュースを目にする機会が多く、軽油はそれほど意識されないかもしれません。
しかし経済活動を支えるという意味では、軽油は非常に重要な燃料です。
トラックなどの大型車両、農業機械、建設機械、船舶、そして停電時に備える非常用発電機などにも使われています。
軽油は、モノを作り、運び、社会の設備を維持するための燃料だといえます。
そのため軽油の価格が上がると、影響は広い範囲に及びます。運送会社の燃料代が上がれば、その分が運送料金に反映され、荷物を運んでもらう食品メーカーや建設会社、小売店の費用も増えていきます。
最終的には、私たちが買う商品やサービスの価格にも影響する可能性があります。
ここで押さえておきたいのは、原油が足りていても、軽油が不足することはあるという点です。
原油を軽油に加工する設備が足りなければ、軽油の供給には限界があります。
しかも製油所では、ガソリンだけ、軽油だけを自由に作れるわけではありません。
一つの原油からさまざまな製品が同時に作られ、その割合は原油の性質や設備によって決まります。
ある製品だけが足りないからといって、その製品だけをすぐに増産できるとは限らないのです。
例えるなら、一頭の牛から取れる肉の部位の割合がおおよそ決まっているようなものです。
ある部位の人気が急に高まっても、その部位だけを何倍にも増やすことはできません。
設備を改造すれば製品の割合をある程度変えることはできますが、そのためには時間とお金がかかります。
このような事情があるため、世界の燃料市場では、原油全体の量だけを見ていても分からない問題が起きることがあるのです。
原油価格が落ち着いていても、燃料だけが値上がりすることがあります
私たちはエネルギー価格を考えるとき、原油価格に注目しがちです。
原油が上がればガソリンも上がり、原油が下がればガソリンも下がる。
大まかにはそのとおりですが、いつも同じように動くわけではありません。
例えば、原油価格はあまり変わっていないのに、世界の製油所の一部が止まったとします。
原油は十分にあっても、ガソリンや軽油を作れる量が減るため、燃料の価格だけが上がることがあります。
先ほどの小麦とパンの例でいえば、小麦の値段が安定していても、パン工場がいくつも止まればパンの値段は上がるかもしれません。
そのとき小麦の価格だけを見ていても、パンが高くなった理由は分かりません。
ですから、原油価格だけでなく、ガソリンや軽油の価格をそれぞれ確認すること、そして製油所がどれくらい稼働しているかに目を向けることが大切です。
日本国内の店頭価格であれば、資源エネルギー庁が毎週、全国や都道府県ごとのガソリン・軽油・灯油の価格を公表していますので、身近な目安として役立ちます。
特に注意したいのは、複数の地域で同時に問題が起きた場合です。
ある地域では戦争で製油所が被害を受け、別の地域では設備の故障が起き、さらに別の地域では輸送が混乱する。
それぞれは別々の出来事でも、世界の燃料市場では同時に効いてくるかもしれません。
現在の世界経済を考えるうえでは、こうした問題の「重なり方」にも注意が必要だと思います。
ロシアが国内供給を優先すると、世界では何が起きるのでしょうか
ロシアは原油だけでなく、ガソリンや軽油などの石油製品も世界の市場に供給してきた国です。
ところが国内で燃料が足りなくなれば、政府は当然、国内向けを優先しようとします。
実際ロシアでは、ガソリンの輸出制限が繰り返し実施され、2026年末まで延長されたとも報じられています。
国内の不足を抑えるための措置ですが、世界全体から見ると別の問題が生じます。
ロシアから燃料を買っていた国や企業は、別の調達先を探さなければなりません。
ほかの国の製油所に余裕があれば補えるかもしれませんが、世界の製油所も無限に増産できるわけではありません。
遠くの地域から運ぶことになれば、輸送の時間と費用も増えます。
燃料を運ぶタンカーの運賃や保険料が上がれば、その分も最終的には燃料の価格に上乗せされていきます。
もちろん、世界の燃料市場はロシアだけで成り立っているわけではないため、ロシアの輸出が減れば必ず世界的な不足になる、というものではありません。
しかし、すでにほかの地域でも供給に余裕がない場合には、価格上昇につながる可能性があります。
ここで大切なのは、世界の市場が一つにつながっているということです。
ある国で不足が起きれば、その国は別の国から買おうとします。
すると、もともとその国から買っていた人たちとの間で、燃料の取り合いが起きるかもしれません。
こうして、ロシアと直接取引していない国にも、価格を通じて影響が広がっていくのです。
ヨーロッパの物価への影響
ヨーロッパは、かつてロシアから多くの軽油を輸入していた地域です。
しかし侵攻後、EU(欧州連合)は2023年2月にロシア産の石油製品の輸入を原則として禁止し、中東やアメリカ、インドなどからの調達に切り替えてきました。
それでも、世界のエネルギー市場は国ごとに分かれているわけではありません。
ある国が買う量を減らせば別の国が買い、輸出先が変われば燃料を運ぶ船の流れも変わります。
世界全体の供給量が減れば、ロシアから直接買っていない国にも影響が及びます。
特に軽油のように物流や産業を支える燃料が値上がりすれば、その影響は幅広くなります。
ヨーロッパではエネルギー価格の高騰が企業や家計を苦しめてきた経緯があり、燃料価格が再び上昇すれば、物価を落ち着かせることが難しくなるかもしれません。
物価が下がりにくければ、ユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)が金利を下げる判断も遅れ、住宅ローンや企業の借入負担が重いままになる可能性があります。
ただし、これはいくつかある可能性の一つです。
ほかの地域で燃料の生産が増えたり、景気の悪化で需要が減ったりすれば、価格上昇は抑えられます。
ロシアの問題だけで、ヨーロッパの物価の行方が決まるわけではありません。
それでも、エネルギー供給を不安定にする要因が一つ増えたことは、注意しておきたい変化です。
石油の備蓄があれば安心なのでしょうか
エネルギーの供給が不安定になったとき、各国が考える対応の一つが石油備蓄の活用です。
日本を含め多くの国では、緊急時に備えて原油や石油製品を蓄えています。
日本の場合、国が持つ国家備蓄と、石油会社に義務づけられた民間備蓄などを合わせて、国内消費の半年分を上回る量が確保されています。
2022年には、価格の高騰を和らげるため、各国と協調して備蓄の放出も行われました。
備蓄は非常に大切な仕組みですが、ここでも先ほどの問題が出てきます。
原油とガソリン・軽油は違う、ということです。
備蓄の原油を市場に出しても、それを加工する製油所が十分に動いていなければ、必要な燃料をすぐに増やせるとは限りません。
もちろん、備蓄には石油製品も含まれますし、製油所に余裕がある地域であれば備蓄原油を加工することもできます。
備蓄が役に立たないということではありません。
大切なのは、何が不足しているのかを正確に見極めることです。
原油そのものが足りないのか、加工する力が足りないのか、運ぶ手段が足りないのか、それとも必要な地域に届いていないだけなのか。
原因が違えば、必要な対応も変わります。
備蓄は、いわば時間を稼ぐための手段です。
稼いだ時間のうちに設備を直したり、別の調達先を確保したりしなければ、根本的な問題は残ってしまいます。
日本に住む私たちにも、無関係ではありません
日本は、使うエネルギーの多くを海外からの輸入に頼っています。
原油の輸入先は9割以上が中東の国々で、ロシアから直接買っている量はごくわずかです。
それでも、ロシアの問題が世界の燃料価格を押し上げれば、日本も価格を通じて影響を受けることになります。
国内では、ガソリン税の暫定税率が2025年末に、軽油引取税の暫定税率が2026年4月に廃止され、税金の面では燃料価格が下がりました。
運送業や建設業などでは、負担が軽くなったと感じている方も多いのではないでしょうか。
ただ、税金が下がっても、世界の燃料価格や為替が動けば、その効果は打ち消されてしまうことがあります。
例えば、世界的に軽油が不足して価格が上がれば、国内の運送会社の燃料代が増え、運送料金が上がるかもしれません。
その負担が商品の価格に反映されれば、食品や日用品の値段にも影響が出ます。
建設会社であれば重機の燃料代、農家であれば農業機械の燃料代や出荷の運送費が増えることも考えられます。
燃料価格は、私たちが給油するときだけの問題ではないのです。
特に物流の分野は、ドライバーの残業規制が強化されたいわゆる「2024年問題」以降、人手不足と人件費の上昇に向き合ってきました。
そこへ燃料価格の上昇が重なれば、運送会社が料金を見直さざるを得なくなる場面も増えるでしょう。
運賃の値上がりは、荷物を送る側のあらゆる業種に広がっていきます。
エネルギー価格と円安が重なるとき
日本の燃料価格を考えるうえで、もう一つ欠かせないのが円相場です。
原油や石油製品の輸入は、主にドルなどの外国通貨で取引されています。
そのため、海外での価格が変わらなくても、円安が進めば円に換算した輸入価格は上がります。
反対に、海外で価格が上がっていても、円高が進めば影響が一部和らぐこともあります。
海外の燃料価格の上昇と円安が同時に起きれば、輸入する企業の負担は大きくなりやすくなります。
輸入に支払う金額が増えれば、貿易収支(海外へ売った金額と海外から買った金額の差)も悪化する方向に働き、それが円相場に影響する場合もあります。
ただし、ここは慎重に考えたいところです。
為替相場は、日本と海外の金利差や景気、投資家の動きなど、多くの要素で決まります。世界経済への不安が強まったときに、別の理由で円が買われることもあります。
ロシアの製油所への攻撃が一直線に円安につながると考えるのは適切ではありません。
それでも、エネルギー価格の上昇に円安が重なった場合、日本の家計や企業の負担が大きくなりやすいという点は、頭に入れておきたいと思います。
円安は燃料だけでなく、輸入原材料を使う商品の仕入価格にも跳ね返ります。
燃料代と仕入価格が同時に上がると、中小企業の利益は思った以上に早く圧迫されます。
遠く離れた国の出来事であっても、世界の市場を通じて、日本の物価や会社の損益につながっているのです。
中小企業の経営者として考えておきたいこと
私は税理士として、日々多くの中小企業や個人事業主の方とお話ししています。
その立場から、この問題を少し身近な経営の話に引き寄せてみます。
遠州地方で建材の配送を手がける、従業員12名の会社を例に考えてみましょう(仮名:山本さんの会社とします)。
2トントラック数台で県内の工務店や現場へ資材を届けていて、燃料代は毎月の経費のなかでも大きな割合を占めています。
今年は軽油の税金が下がり、少しほっとしたところでした。
ところが、取引先とは以前に決めた単価で仕事を続けていて、燃料代が上がっても、すぐに運賃へ反映するのは難しい状況です。
売上は変わらないのに燃料代だけが増えれば、その分だけ利益が削られていきます。
仕入価格や電気料金、人件費まで上がれば、経営はさらに厳しくなります。
山本さんの会社のような場合、まず大切なのは、費用の上昇が一時的なものか、長く続くものかを見極めることです。
一時的であれば、会社の利益のなかで吸収できることもあるでしょう。
しかし、高い状態が何年も続くのであれば、これまでと同じ価格や仕事の進め方では、十分な利益を確保できなくなるかもしれません。
そのためにも、毎月の売上だけでなく、燃料代が売上に対してどれくらいの割合になっているかを、月ごとに追いかけてみることをおすすめします。
燃料価格が1リットル10円上がったら、年間でどれくらい利益が減るのか。
一度試算しておくだけでも、値上げを相談するタイミングや配送ルートの見直しを判断しやすくなるはずです。
燃料価格に応じて運賃を調整する「燃料サーチャージ」の仕組みを、取引先と話し合っておくことも一つの方法でしょう。
山本さんの会社では、試しに過去2年分の燃料代を月ごとに並べてみたところ、売上に占める割合が思っていた以上に上下していることに気づいたそうです。
そこで、燃料の店頭価格が一定の水準を超えたら運賃の見直しを相談する、という目安を社内で決めました。
あわせて、配送ルートと積み合わせを見直し、同じ地域への配送をまとめることで、走行距離そのものを減らす工夫も始めています。
大きな改革ではなくても、数字を見て、早めに手を打つ。それだけで、外部環境の変化に振り回されにくくなるのではないでしょうか。
2026年1月からは、いわゆる取適法(中小受託取引適正化法)が施行され、発注側が価格の協議に応じずに一方的に代金を決めることが禁止されました。
コストが上がったときに、根拠を示して価格の相談をすることは、決して取引先に対して失礼なことではありません。
日頃から燃料代の推移を記録しておけば、それがそのまま交渉の材料にもなります。
もう一つ見落としがちなのが、資金繰りへの影響です。
燃料代は毎月すぐに出ていくお金ですが、運賃の値上げが認められて入金に反映されるまでには、どうしても時間差が生じます。
値上がりの局面では、利益よりも先に手元のお金が減っていくのです。
費用の上昇が続きそうだと感じたら、早めに資金繰りの見通しを立て直し、必要に応じて取引のある金融機関にも相談しておくと安心です。
顧問の税理士がいらっしゃる場合は、月次の数字をもとに一緒に試算してみるのもよいと思います。
燃料代の問題は、運送業や建設業だけのものではありません。
営業車で顧客を回る会社、訪問介護や訪問サービスの事業所、自社で商品を配達する小売店など、車を使う仕事はどれも、程度の差こそあれ同じ影響を受けます。地方で事業を営む会社ほど、車への依存度は高くなりがちです。
世界で何が起きるかを、私たちが決めることはできません。
しかし、世界の変化が自分たちの会社にどう影響するのかを考え、準備しておくことはできます。
遠い国の出来事を、単なる海外ニュースで終わらせないことに意味があるのではないでしょうか。
ロシア経済がすぐに行き詰まると考えるのは早計です
ここまで、製油所への攻撃が経済に与えるさまざまな影響を見てきました。
ただ、ロシア経済がすぐに限界を迎えると判断するのは早いと思います。
ロシアは豊富な資源を持つ大きな国で、政府が経済活動に強く関与することもできます。
製油所の一部が止まっても、原油を掘り出す力まで同じように失われるわけではありません。
国内で加工できなくなった原油を海外へ売ることもできますし、燃料が不足している地域へ別の地域から回すことも、輸入で補うこともできます。
製油所への攻撃が増えたという事実だけで、エネルギー収入が急減すると決めつけることはできません。
ただ、ロシアの国家財政は、石油や天然ガスから得られる税収に大きく頼っています。
燃料価格を国内で抑えようとすれば石油会社の利益が圧迫され、輸出を減らせば外貨収入が減ります。
さらに、アメリカなどが制裁を強める動きもあり、販売先の条件は厳しくなっているようです。
また、不足を補うための対応にも、どれも費用がかかります。
修理の費用、施設を守るための費用、遠くから燃料を運ぶ輸送費、燃料価格を抑えるための補助。
問題を解決しようとする対応そのものにも、お金と人手が必要になるのです。
長期化する戦争の経済的な影響を考えるとき、私はここが重要だと思います。
大きな出来事が一度起きることだけが、経済を弱らせるわけではありません。
家計にたとえれば、毎月の予想外の出費が少しずつ増えていくようなものです。
一回ごとの金額は小さくても、それが何年も続けば、貯蓄や将来の計画に影響します。
道路や学校、病院に使えたかもしれない資金が、壊れた設備の修理や防衛に回され続ける。
こうした負担の積み重ねこそ、戦争が経済に与える大きな影響の一つではないでしょうか。
これから何を見ていけばよいのでしょうか
今後この問題を追いかけるときには、攻撃が何回あったかだけでなく、その後に何が起きているかを見ていく必要があります。
特に大切なのは、燃料を作る能力がどれくらい保たれているかです。
設備が短期間で復旧しているなら、影響は比較的小さく収まるかもしれません。
反対に、修理が長引いて生産量が戻らない状況が続けば、影響は大きくなります。
ロシア国内のガソリンや軽油の価格、給油の制限や品切れがどこまで広がっているかも、供給の安定度を測る手がかりになります。
一部の地域だけの問題なのか、より広い地域に広がっているのか。
冬に向けて暖房用の燃料需要が高まる時期に、状況がどう変わるのかにも注目したいところです。
海外向けの石油製品の輸出量も重要です。
輸出が減っている場合には、その原因が国内の供給不足なのか、政府の政策なのか、輸送上の問題なのかを分けて考える必要があります。
ただし、先ほど触れたように公式な情報が限られてきているため、一つの報道だけで判断しないよう注意が必要です。
世界全体を見るなら、原油価格と並べて、ガソリンや軽油の価格を確認することをおすすめします。
原油が落ち着いているのに石油製品だけが上がっているなら、加工や流通のどこかに問題が生じている可能性があります。
反対に、攻撃が続いていても世界の燃料価格が大きく動いていなければ、ほかの地域の供給で補われているのかもしれません。
日本に住む私たちにとっては、国内の軽油価格の動きと為替の動きをあわせて見ておくことが、身近で実用的な見方になると思います。
燃料の店頭価格が上がり始めたとき、それが世界の燃料価格によるものなのか、円安によるものなのか、あるいはその両方なのかを意識するだけでも、ニュースの見え方は変わってくるはずです。
戦争の状況もエネルギー市場も、常に変化しています。
深刻に見えた問題が数か月後には落ち着いていることもあれば、小さな問題がほかの問題と重なって大きくなることもあります。
何が起きたかだけでなく、その影響がどう広がっているかを、時間をかけて見ていきたいと思います。
最後に―資源の量より「届け続ける力」
今回の問題を通じて改めて感じるのは、私たちの暮らしが、非常に多くの仕組みのつながりによって支えられているということです。
原油を掘り出し、工場へ運び、ガソリンや軽油に加工し、保管し、船や鉄道やトラックで必要な場所まで届ける。
そうしてようやく、企業や家庭で燃料が使えるようになります。
ガソリンスタンドへ行けば給油できること、スーパーに商品が並んでいること、注文した荷物が予定どおり届くこと。
私たちが当たり前だと思っているそれらは、多くの人の仕事と、数え切れないほどの設備の上に成り立っています。
ロシアのような資源大国でも、加工や輸送の仕組みが傷つけば、燃料が人々の手に届かなくなることがあります。
これまで石油の話といえば、地下にどれだけ埋まっているか、どれだけ掘り出せるかに注目が集まりがちでした。
もちろんそれは今でも重要です。
しかしこれからは、掘り出した資源を加工し、運び、壊れた設備を直しながら、安定して届け続けられるかという力が、ますます問われていくのではないでしょうか。
戦争による経済的な負担は、ある日突然すべてが表れるとは限りません。
設備の修理が遅れる、燃料を運ぶ費用が増える、企業の利益が減る、家計の負担が重くなる。
一つひとつは小さな変化に見えても、長く続けば社会全体に積み重なっていきます。
しかも失われるのはお金だけではありません。
修理に費やす時間、本来は別の仕事に使えたはずの人手、将来への投資に回せたかもしれない資金、そして日々の暮らしのなかで人々が抱える不安。
これらもまた、戦争によって社会が背負うものです。
そしてこれは、ロシアだけの話ではありません。
エネルギーの多くを海外に頼る日本にとっても、そして日々の燃料代や仕入価格と向き合っている中小企業にとっても、考えておきたい問題です。
資源の量よりも届け続ける力が問われる、という見方は、会社の経営にもそのまま通じると私は感じています。
どれほど良い商品や技術を持っていても、それを作る人、届ける仕組み、取引先との関係、そしていざというときの資金の余裕がなければ、事業は安定して続きません。
持っているものの大きさだけでなく、それを日々お客様に届け続けられるかどうか。
その力を支えているのは、普段は目立たない地道な備えなのだと思います。
遠くの戦争に目を向けることは、国際情勢を理解するためだけではありません。
普段は見えない暮らしや経営のつながりに気づき、次の変化に備えるきっかけにもなるのだと思います。






