「これまで通りの夏」はもう来ない?―電気代・食品価格・人手から考える気候変動と経営

気候変動は「遠い環境問題」ではない―物価と中小企業経営を変える新たな課題

この夏も、暑さが仕事にこたえる、食品の値段が読みにくい、短時間の大雨が怖い。
そう感じる場面が多かったのではないでしょうか。
これらをすべて地球温暖化のせいにはできませんが、気候の変化が暮らしや企業活動に及ぼす影響は、以前より身近になっていると考えられます。

気候変動と聞くと、北極の氷や遠い国の洪水を思い浮かべる方も多いと思います。
けれども実際に影響を受けるのは、毎日食品を買う家庭であり、従業員が働く職場であり、売上と支出をやりくりする中小企業です。
経営者の方から光熱費や仕入れの変動についてご相談を受ける機会も、増えてきたように感じます。

大切なのは、将来の気温上昇を抑える努力と、すでに変わり始めた気候への備えを、別々の話にしないことです。
今回は、物価と企業経営という身近な視点から考えてみます。

「1.5度を超える」とは、何を意味するのでしょうか

世界の国々は2015年のパリ協定のもとで、産業革命前と比べた地球の平均気温の上昇を、できるだけ1.5度以内に抑えることを目指してきました。
ところが、2026年9月に国連環境計画(UNEP)が公表した報告書は、長期的な気温上昇が1.5度を超えることはもはや避けられず、それも数年以内になる見通しだと指摘しています。
各国の目標がすべて実行されても上昇は1.8度程度に達し、現在の政策のままなら2100年には2.6度程度になるとされています。

ここで気をつけたいのは、ある一年だけ平均気温が1.5度を超えることと、数十年単位の平均として1.5度を超えることは同じではない点です。
実際、2024年は一年を通じた平均で初めて1.5度を上回りましたが、それだけで目標を超えたとは扱われていません。
また、1.5度を超えた瞬間に、地球が突然まったく別の姿になるわけでもありません。

では、目標を守れないなら、対策の意味はなくなるのでしょうか。
私はそうは考えません。1.6度と2度、2度と3度では、人の健康や自然環境が受ける危険の大きさがまったく違います。
報告書も、超える幅をできるだけ小さく、超えている期間をできるだけ短くすることの重要性を強調しています。

一度目標を超えても、温室効果ガスの排出を減らし、将来的に気温を下げる道を探る。
一方で、目の前の暑さや大雨にも備える。
この二つを同時に進めることが必要ではないでしょうか。

私たちの社会は、昔の気候を前提に作られています

学校、住宅、工場、道路、排水設備。
こうしたものの多くは、建てられた当時の気候や過去の災害をもとに設計されています。
雨の降り方や暑さが変われば、これまで十分だった設備では対応しきれない場面が出てきます。

文部科学省と気象庁がまとめた『日本の気候変動2025』によると、全国のアメダス(気象庁の地域気象観測網)で観測された1時間に80ミリ以上の「猛烈な雨」の年間発生回数は、1976~1985年の平均と2015~2024年の平均を比べると約1.7倍に増えています。
年によって異なる観測地点数をそろえて比べた結果です。

一方、年間の降水量そのものには、はっきりした増減の傾向は確認されていません。
雨の総量よりも、降り方が極端になっていることが問題なのです。
小さな店舗でも、入口からの浸水、商品や機械の破損、物流の停止といった被害が生じる可能性があります。

さらに怖いのは、災害の後に別の問題が重なることです。
豪雨で停電し、冷房が使えないまま猛暑が続く。
道路が通れず、食品や医薬品が届かない。
備えは、連続して起きる事態まで考えておく必要があります。

気候変動が食品価格に伝わる仕組み

家計にとってわかりやすいのが、食品への影響です。
暑さや水不足で農作物の収穫量が減れば、供給が不安定になり、価格が上がる原因となります。
収穫できても品質が落ちれば、商品として売れる量が減ってしまいます。

近年のコメを巡る問題では、高温による品質の低下や、玄米を精米したときに白米として残る割合(精米歩留まり)の悪化が注目されました。
農林水産省は2025年8月に公表した検証で、需要が減り続けるという前提で見通しを立てていたことなどから、生産量が需要量に対して不足していたことを価格高騰の主な要因として説明しています。

もちろん、コメの価格は気候だけで決まるものではありません。
生産の政策、在庫、流通、訪日客を含む需要の変化なども影響します。
何かが値上がりしたとき、原因を一つに決めつけるのは危険です。

それでも、高温に強い品種への転換、水の管理、病害虫への対策には、新たな費用や手間がかかります。
その負担は農家だけでなく、食品会社、飲食店、小売店、そして消費者へと広がり得ます。
気候変動は、食料の安定供給と物価を考えるうえで、見落とせない要因になっていると考えられます。

電気代や仕入価格にも、別々の経路から影響します

暑い日が増えると、職場や家庭では冷房を使う時間が長くなります。
飲食店なら厨房の熱も加わり、冷蔵・冷凍設備にも負担がかかります。
工場では、製品の品質を保つために室温を管理しなければならない場合もあります。

ただし、電気料金の変化には、燃料価格、為替、発電設備、国の政策など多くの要因が関わります。
「電気代が上がったのは温暖化のせい」と単純には言えません。
押さえておきたいのは、気候の変化が自社の電気の使用量や、設備投資の必要性を変える可能性があるということです。

また、取引先や仕入先が豪雨や干ばつの影響を受ければ、地元の天気が穏やかでも、部品や材料が届かなくなることがあります。
一社だけに発注している企業ほど、影響は大きくなりやすいでしょう。

仕入価格の上昇を転嫁できなければ利益は減り、値上げをすればお客様の負担が増えます。
気候変動の影響は、天候による一時的な売上の増減にとどまらず、価格設定や仕入先の選び方を通じて、経営の中に入り込んでくるのです。

天候によってお客様の行動も変わります。
真夏の昼間は外出を控え、夕方以降に来店が集中する店舗もあるでしょう。
業種や立地で違いますが、気温や天候と売上の変化を一緒に振り返れば、営業時間や人員配置を考える材料になります。

猛暑は、従業員の安全と仕事の進め方を変えます

建設業、運送業、農業、製造業など、暑さを避けにくい職場では、熱中症への対応が欠かせなくなっています。
外で働く人だけでなく、空調が十分でない倉庫や工場での作業にも注意が必要です。

2025年6月からは、改正された労働安全衛生規則により、熱中症のおそれがある作業を行う事業者に対策が義務付けられました。
対象は、暑さ指数(湿度や日差しも加味した暑さの指標)28度以上または気温31度以上の場所で、連続1時間以上か1日4時間を超えて行う見込みの作業です。
熱中症の疑いがある人を報告する体制を決め、作業からの離脱や体の冷却、受診といった手順を作って周知することが求められます。
2026年3月には、厚生労働省が発症の予防にも重点を置いた新たな指針を示しました。
対象外の職場でも、従業員の健康を守る視点は欠かせません。

休憩を増やす、作業時間をずらす、日よけや冷房を整える、水分補給のしやすい環境を作る。
こうした対応には費用や人員の調整が必要ですが、健康被害や作業の中断を防ぐ効果も期待できます。

人手が限られる中小企業では、一人が長く休むだけでも業務への影響が大きくなります。
暑さ対策を福利厚生の問題としてだけでなく、働き続けられる職場を守るための投資として考えることが大切ではないでしょうか。

「脱炭素」と「気候への備え」は、役割が違います

ここで、二つの対策を整理しておきます。
一つは、温室効果ガスの排出を減らし、気温の上昇を抑える「緩和策」です。
省エネルギー設備の導入や、エネルギーの使い方の見直しなどがこれに当たります。

もう一つは、避けられない暑さや大雨による被害を減らす「適応策」です。
浸水への備え、作業環境の改善、水害時の連絡体制、仕入先の分散などが考えられます。

両者はどちらか一方を選ぶものではありません。
たとえば、建物の断熱性を高めれば、冷暖房に必要なエネルギーを減らしながら、室内の暑さもやわらげられます。
ただし、設備によって効果や費用は違うため、導入前の確認は欠かせません。

UNEPの報告書が示しているのも、排出削減と適応を一緒に進める必要性です。
大気中の二酸化炭素を取り除く技術にも触れていますが、あくまで排出削減と並行して進めるもので、その代わりにはならないとしています。

もう一つ、中小企業が気にかけたいのが、取引先の環境対応です。
取引先が省エネルギーや排出量の把握を進めれば、部品やサービスを納める会社にも協力を求めることが考えられます。
大企業向けの情報開示の制度が、そのまま小さな会社すべてに義務付けられるわけではありません。
それでも、取引条件が変わる可能性はあります。
新しい設備を選ぶ際には、購入価格だけでなく、何年使うか、電気代がどのくらいかかるかも含めて比べたいところです。

中小企業は、まず「何が止まると困るか」を考える

気候変動対策というと大掛かりな設備投資を思い浮かべがちですが、小さな会社ほど、まずは自社の弱点を知ることから始めたいところです。

まず、事務所や店舗、倉庫が洪水や土砂災害の危険がある場所にないかを確認します。
国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」や自治体の情報が参考になります。
ただし、色が付いていない場所なら絶対に安全という意味ではありません。

次に、停電したら何時間仕事を続けられるか、会計や顧客の記録に予備の保存先があるか、連絡が取れないと困る相手は誰かを考えます。
商品や材料を一社からしか買っていないなら、代わりの調達先があるかどうかも確認したいところです。

そして、災害が起きたときに何を最優先で守るかを決めておきます。
まず従業員の安全を考え、そのうえで顧客への連絡、最低限の業務、復旧までの資金を見積もります。
中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定制度も、こうした備えを整理する参考になります。
認定を受けると、防災・減災設備に関する税制上の優遇や金融支援などを受けられる場合があります。

対策にお金を使う前に、数字で優先順位を決める

すべての危険に完璧に備えようとすると、費用が膨らみます。
資金に余裕がないほど、何から手を付けるかが重要です。

例えば、浸水で設備が使えなくなった場合、修理費用だけでなく、営業できない間の売上の減少や、休業中にも発生する家賃・人件費を考えなければなりません。
反対に、出入口の止水板や、重要な機械を高い場所へ移すといった対策で被害を小さくできるなら、比較的少ない費用で大きな効果が得られるかもしれません。

夏場の電気代が増えているなら、請求額だけでなく使用量も見ておきます。
ある惣菜店の経営者(仮名:山本さん)は、検針票を前年と並べたところ、単価の上昇に加えて真夏の冷蔵設備の使用量も増えていたことに気づき、古い冷蔵庫の買い替えから取り組むことにしました。
単価と使用量を分けて考えれば、手を打つべき場所が見えてきます。

発生する可能性、被害の大きさ、対策に必要な金額、事業が止まる時間。
この四つを目安に、できることから手を打つのが現実的です。
保険についても、加入しているかどうかだけでなく、水災の補償範囲や免責金額(保険金が支払われない自己負担の部分)を確かめておくことが大切です。

数字を残しておくことも役に立ちます。
夏場の光熱費、原材料費、天候による休業日数などを、前年と比べてみる方法です。ただし、売上の増減には景気や商品構成の変化も影響します。気温だけを原因と決めつけず、何が変わったのかを少しずつ整理していくことが、無理のない対策につながります。

気候への対応は、新しい仕事にもつながります

変化は負担だけではありません。省エネルギー機器、断熱、暑さ対策、防災設備、農業技術などの分野では、新しい需要が生まれる余地があります。

工事業者なら遮熱や断熱、設備業者なら省エネルギーと働きやすさを両立する提案が考えられます。
小売店や飲食店でも、季節に合わせた営業や在庫管理を工夫できるかもしれません。
ただし、需要が伸びる分野でも、必ず利益が出るとは限りません。お客様が何に困り、いくらなら費用を負担できるのかを確かめる必要があります。

大切なのは、流行に乗って新しい設備や事業に飛びつくことではなく、今ある仕事の中から、お客様の不便や不安を減らせる方法を探すことだと思います。

社会全体で負担をどう分けるかも問われます

企業の努力だけでは解決できない問題もあります。
大雨に耐える道路や河川の整備、災害時の電力供給、農業を支える研究開発などには、行政や地域の協力が欠かせません。

気候変動は国境を越えて起こります。多くの温室効果ガスを排出してきた国と、これから豊かになりたい国とでは、費用負担の考え方が異なります。
被害を受けやすい国ほど、資金や技術が不足している場合もあります。

2026年11月9日から20日まで、トルコのアンタルヤで国連の気候変動会議「COP31」が開かれる予定です。
注目したいのは目標の数字だけではありません。
排出削減と被害を防ぐための投資を、各国がどう実行し、どう支え合っていくのかという点でしょう。

日本でも、気候変動対策を規制や負担としてだけでなく、安心して働き、商品を届け、暮らせる仕組みへの投資として考える必要があります。
もちろん費用は無制限ではなく、効果と負担を見比べた優先順位づけが欠かせません。

おわりに―気候変動を、経営の数字と結び付けて考える

気候変動の議論は世界の平均気温や遠い将来の目標に集中しがちです。
しかし、中小企業や家計にとって大切なのは、その変化が目の前の支出や仕事にどう伝わるかです。

食料品の価格、冷房費、仕入れの遅れ、従業員の健康、停電や浸水による休業。これらはそれぞれ別の問題に見えますが、気候の変化によって同時に影響を受けることがあります。

これまで通りの夏、これまで通りの雨、これまで通りの仕入れが続くと決めつけないこと。
そして、必要以上に恐れるのではなく、危険を把握し、できる備えから進めていくことです。
毎月の試算表や決算書には、そのための手がかりが意外と多く眠っています。

気候変動対策は、環境を守るためだけの取り組みではありません。
従業員の安全を守り、お客様との約束を守り、事業を続けていくための経営判断でもあるのです。

※本文の制度や数値は2026年10月時点の公表資料によります。