親族名義の事務所の家賃経費について
所得税と消費税で扱いが変わる「身内間取引」の注意点
個人事業をしていると、家族や親族が持っている建物・土地・車などを、事業に使わせてもらうことがあります。
たとえば、こんなケースです。
・「妻の実家が所有している空き家を、事務所として使うことになった」
・「親名義の倉庫を、商品の保管場所として借りている」
・「配偶者が持っている車を、仕事用に使っている」
このような場合、多くの方が最初に気にされるのは、「ちゃんと家賃を払えば、経費にできるのでは?」という点ではないでしょうか。
たしかに、他人から事務所を借りて家賃を支払えば、通常は事業の経費として認められます。
しかし、相手が親族で、しかも「生計を一にしている」場合には、所得税上で少し特別なルールが適用されます。
このルールを知らずに処理してしまうと、確定申告で経費にしたつもりの家賃が、あとから否認される可能性があります。
今回は、親族が所有している資産を事業に借りた場合の税務上の取扱いについて、所得税と消費税に分けてわかりやすくお伝えします。
※ この記事は作成時点の情報をもとにしています。
実際の適用には個別の判断が必要です。
正確な金額・期限・要件については、最新の国税庁情報をご確認ください。
「生計を一にする親族」とは?
この記事で繰り返し出てくるキーワードが、「生計を一にする親族」という言葉です。
少し難しい表現ですが、ひとことで言えば「財布が完全に分かれているわけではなく、生活費などを同じ流れの中でまかなっている親族」のことです。
同居している夫婦や親子が、最もわかりやすい例です。
別居していても、生活費・学費・療養費などを継続的に送っている場合には、「生計を一にする」と判断されることがあります。
つまり、住所が同じかどうかだけで決まるわけではなく、実際のお金の流れや生活の実態が判断の基準になります。
ここでいう「親族」には、配偶者・親・子・兄弟姉妹などが含まれます。
原則:生計を一にする親族に払った家賃は、所得税では経費にならない
では、具体的に見てみましょう。
個人事業主のAさんが、妻Bさん名義の建物を事務所として借りているとします。
AさんはBさんに毎月家賃を支払い、賃貸借契約書も作成し、銀行口座から振り込んでいます。
「実際にお金を払っているのだから、Aさんの経費になるはずでは?」と思われるかもしれません。
しかし、AさんとBさんが生計を一にする親族である場合、所得税では、AさんがBさんに支払った家賃は、原則としてAさんの必要経費にはなりません。
実際にお金を払っていても、契約書があっても、振込の記録があっても、所得税の計算上は経費として認められないのです。
なぜこのようなルールがあるのか
理由は、家族内で所得を自由に移し替えることを防ぐためです。
たとえば、夫の事業の利益が大きくなりそうな年に、妻に高額な家賃を支払う形にすれば、夫の所得を減らして妻へ所得を移すことができてしまいます。
これを自由に認めてしまうと、家族内で利益を振り分けるだけで税金を調整できることになります。
そこで所得税では、生計を共にする親族への支払いについては、原則として支払った側の経費にしない、というルールが設けられています。
右のポケットから左のポケットへお金を移しても、家族全体のお金が外へ出ていったわけではない―そんなイメージです。
受け取った親族側は、収入になるの?
次に出てくる疑問は、「Aさんの経費にならないなら、Bさんの収入にはなるの?」という点です。
答えは、基本的にはBさん側でも収入として扱わないことになります。
Aさんの経費にしない一方で、Bさんにも不動産収入として課税しない。
つまり、生計を一にする親族間で支払われた家賃は、所得税の計算上「なかったもの」に近い扱いを受けます。
この点は、第三者との通常の賃貸借とは大きく異なります。
ただし、親族が実際に負担している費用は経費にできる
「それでは、親族名義の物件を事業に使っても、何も経費にできないの?」と心配された方、ご安心ください。
そうではありません。
所得税では、親族に支払った家賃そのものは経費にできませんが、その物件について親族が実際に外部へ支払っている費用については、事業に使っている割合に応じて、事業主側の必要経費にできる場合があります。
たとえば、妻Bさん名義の建物を夫Aさんの事務所として使っている場合、Bさんがその建物のために外部へ支払っている費用として、次のようなものが考えられます。
固定資産税、火災保険料、修繕費、管理費、減価償却費(高額な資産を、何年かに分けて少しずつ経費にしていく仕組み)、借入金の利息のうち建物に対応する部分、といった費用です。
これらは、建物を維持するために実際に外部へ出ていった費用です。
建物全体のうちAさんが事務所として使っている割合(たとえば50%)に応じた金額を、Aさんの必要経費として計上することができます。
ここは、家賃の扱いとは明確に違います。
・親族に払う家賃 → 所得税では経費にならない
・その資産を維持するために親族が実際に負担している費用 → 事業使用割合分は経費にできる
この違いをしっかり押さえておくことが、実務上のポイントです。
無償で借りている場合も、考え方は同じ
AさんがBさんに家賃を一切払わず、無料で事務所として使わせてもらっている場合はどうでしょうか。
この場合でも、考え方は変わりません。
家賃を払っていないからといって、Bさんが負担している固定資産税や修繕費などを一切経費にできないわけではありません。
事業に使っている実態があり、その資産にかかる費用を親族が負担しているのであれば、その費用のうち事業に対応する部分は、Aさんの必要経費として処理できる可能性があります。
所得税では、「家賃を払ったかどうか」よりも、「実際に外部へ出ていった費用があるか」「その資産が事業に使われているか」が重要な判断基準になります。
【応用】資産を取り壊した場合の損失は?
少し応用的なケースにも触れておきます。
親族名義の建物を事業に使っていたが、将来取り壊すことになった場合はどうなるでしょうか。
通常、事業用の資産を取り壊した場合には、まだ経費化されていない建物の帳簿上の金額などが「資産損失」として必要経費になることがあります。
生計を一にする親族名義の建物であっても、事業に継続的に使っていた実態があれば、取り壊しによる損失を事業主側の必要経費として扱える場合があります。
ただし、このような処理は金額が大きくなりやすく、判断を誤ると税務調査で問題になりやすい部分です。
取り壊し費用・建物の未償却残高・事業使用割合・不動産所得の有無など、確認事項が多岐にわたります。
実際に該当する可能性がある場合は、早めに税務署にご相談ください。
所得税と消費税では、ルールが違う
ここまでは主に所得税の話でした。
では、消費税ではどうなるのでしょうか。
重要なポイントがあります。
所得税にある「生計を一にする親族への支払いは経費にしない」という特例は、消費税には存在しません。
つまり、所得税ではAさんの必要経費にならない家賃でも、消費税では別の判断をすることになります。
次の条件が揃っている場合、Aさんは支払った家賃に含まれる消費税について、「仕入税額控除(支払った消費税分を差し引く仕組み)」を検討することができます。
・AさんとBさんの間に賃貸借契約があり、実際に家賃が支払われている
・その家賃が消費税の課税対象となる事業用建物の賃料である
・Bさんが消費税の課税事業者として賃貸を行っている
所得税では経費にならない家賃でも、消費税では控除の対象になる場合がある。
税目が変わると、同じ支払いでも見方が変わる。
これが、消費税と所得税の大きな違いです。
消費税の控除には、帳簿と書類の整備が必要
消費税で仕入税額控除を受けるには、支払いの事実があるだけでは不十分です。
帳簿への記載と、請求書・領収書などの書類保存が必要です。
現在はインボイス制度(適格請求書等保存方式)が導入されています。
相手方である親族が「適格請求書発行事業者」として登録しているかどうかも、必ず確認してください。
親族だからといって、書類を省略してよいわけではありません。
むしろ、身内間の取引だからこそ、第三者との取引以上にきちんと証拠を整えておく必要があります。
準備しておくとよい資料の例として、賃貸借契約書、家賃の振込記録、請求書または領収書(インボイス登録番号の記載があるもの)、使用している部屋の面積がわかる資料(図面など)、固定資産税や修繕費などの明細、事業使用割合の計算根拠(面積比・使用時間など)が挙げられます。
親族間の取引は、税務署から見ると「本当に事業上必要な取引なのか」「金額は適正か」「所得を移す目的ではないか」という観点で確認されやすい部分です。
あとから説明できる形を整えておくことが、安心への近道です。
よくある誤解:「家賃を払えば大丈夫」ではない
親族名義の物件を事業で使う場合に多い誤解があります。
それは、「相場より安くても、ちゃんと家賃を払っていれば問題ない」という考え方です。
第三者との取引であれば、相場や契約内容をもとに家賃を経費にすることが一般的です。
しかし、生計を一にする親族間では、そもそも所得税の計算上、支払った家賃そのものを必要経費にしないというルールがあります。
つまり、相場より安いか高いかという前に、「その支払いは所得税上、経費にできる相手への支払いなのか」を先に確認しなければなりません。
毎月きちんと振り込んでいたとしても、確定申告では経費から外さなければならない―ということになりかねません。
ここは要注意です。
実務で整理しておきたいポイント
親族所有の資産を事業に使う場合は、次の流れで確認してみてください。
所有者の確認
配偶者なのか、親なのか、第三者なのかによって、所得税上の扱いが変わります。
生計を一にしているかの確認
同居しているか、生活費を共有しているか、仕送りをしているかなど、生活の実態を確認します。
支払いの性質の確認
「家賃」なのか、「固定資産税の立替」なのか、「修繕費の一部負担」なのか。
名目だけでなく、支払いの実質的な中身を確認します。
事業使用割合の確認
建物全体を事務所として使っているのか、一部だけなのか。
自宅兼事務所であれば、面積や使用時間などをもとに合理的に按分します。
所得税と消費税を分けて考える
所得税で経費にならないからといって、消費税でも対象外とは限りません。
消費税で控除を受けるには、帳簿・書類の要件を別途満たす必要があります。
具体例で整理してみましょう
個人事業主のAさんが、妻Bさん名義の建物の一部(全体の50%)を事務所として使っているとします。
AさんとBさんは同居しており、生計を一にしています。
AさんはBさんに毎月10万円、年間120万円の家賃を振り込んでいます。
所得税の処理から見てみましょう。
Aさんが支払った年間120万円の家賃は、Aさんの必要経費にはなりません。
またBさん側でも、この120万円を不動産収入として計上しません。
一方で、Bさんがその建物について実際に外部へ支払っている費用として、固定資産税20万円、火災保険料5万円、修繕費15万円があったとします。
合計で40万円です。
このうち、Aさんの事務所が占める割合が50%であれば、40万円のうちの20万円をAさんの事業の必要経費として計上できます。
Aさんが実際に振り込んだ120万円ではなく、Bさんが外部に支払った費用のうちAさんの事業に対応する部分(20万円)が経費になる、という整理です。
この違いは、実務上とても重要です。
まとめ:「払ったか」より「誰の費用か」を見る
親族所有の資産を事業に使う場合の税務ポイントをまとめます。
生計を一にする親族に支払った家賃は、所得税では原則として経費になりません。
受け取った親族側でも、その家賃は原則として収入に計上しません。
ただし、その資産を維持するために親族が実際に外部へ負担している固定資産税・修繕費・減価償却費などは、事業使用割合に応じて事業主の経費にできる場合があります。
また、消費税では所得税のような特例はないため、契約・支払いの実態とインボイス登録状況、帳簿・書類の整備状況によって、仕入税額控除の対象になることがあります。
「家賃を払っているから大丈夫」「契約書があるから問題ない」「相場より安いから安心」―そう考える前に、次の点を一つずつ確認しておきましょう。
相手は生計を一にする親族か、所得税では経費にできる支払いなのか、親族側が実際に外部へ負担している費用はいくらか、消費税では別途、控除の要件を満たしているか。
親族名義の資産を事業に使う場合は、単なる家賃処理ではなく、所得税と消費税を分けて考える。
これが実務で失敗しないための大切なポイントです。






