令和8年度税制改正法の成立と青色申告控除の変更点
はじめに
個人事業主やフリーランスの方にとって、「青色申告特別控除」はとても身近な節税制度です。
青色申告をしている方であれば、
「65万円控除を受けています」
「10万円控除だけ使っています」
「税理士さんに任せているので、細かいことはよく分かりません」
という方も多いのではないでしょうか。
令和8年度税制改正が令和8年3月に国会で成立し、令和9年分(2027年分)の所得税から、青色申告特別控除の仕組みが大きく変わります。
最大65万円だった控除額が、一定の条件を満たすことで75万円まで増える―これが今回の最大の注目点です。
「控除が10万円増えるなら、ありがたい話ですね」
そう感じる方も多いと思います。
たしかに、控除額が増えること自体は個人事業主にとってプラスです。
ただし、75万円控除は、これまで65万円控除を受けていた人が自動的に使えるものではありません。
今までどおりのやり方で帳簿をつけているだけでは、75万円控除まで届かない可能性があります。
さらに今回の改正では、「上乗せ」だけでなく、「条件が厳しくなる部分」もあります。
特に紙で確定申告をしてきた方や、比較的シンプルな帳簿だけで青色申告をしてきた一定規模以上の方にとっては、そのまま何も変えなければ控除額が減る可能性もあります。
この記事では、税務に詳しくない方にも分かるように、
・青色申告特別控除75万円の考え方
・今回の改正でどこが変わるのか
・65万円控除との違い
・税理士に依頼している場合の注意点
・今から準備しておきたいこと
を整理してご説明します。
※この記事は令和8年度税制改正(令和8年3月成立)の内容に基づいています。
実際の適用には個別の事情による判断が必要な場合があります。
詳細は税務署にご確認ください。
青色申告特別控除とは何か
まず、青色申告特別控除とは何かを確認しておきましょう。
青色申告特別控除とは、きちんと帳簿をつけて申告している個人事業主に認められる「所得控除」です。
所得控除というと難しく聞こえますが、要するに「税金を計算する前に、利益から一定額を差し引ける制度」です。
たとえば、個人事業の利益が300万円だったとします。
65万円の青色申告特別控除が使える場合、税金計算の土台になる金額は、
300万円 − 65万円 = 235万円
になります。
75万円控除が使える場合は、
300万円 − 75万円 = 225万円
です。
つまり、65万円控除と75万円控除では、税金計算の土台が10万円違います。
ただし、控除が10万円増えるからといって、税金が10万円そのまま安くなるわけではありません。
どれくらい節税できるかは、その方の所得税率などによって変わります。
「税金を計算するためのスタートラインを10万円低くできる」と考えると分かりやすいでしょう。
今回の改正で何がどう変わるのか
今回の改正のポイントは、大きく3つです。
75万円控除が新設された
一定の条件を満たす方を対象に、75万円という新しい控除額が設けられます。
これまでの最大額は65万円でしたので、条件を満たせばさらに10万円多く控除が受けられます。
e-Tax(電子申告)が65万円控除の必須要件になった
現在の65万円控除は、複式簿記による記帳とe-Taxまたは電子帳簿保存のいずれかで受けられます。
改正後は、「e-Taxによる期限内申告」が65万円控除の必須要件となります。
これにより、複式簿記で帳簿をつけていても紙で確定申告書を提出していた方(現在55万円控除の方)は、令和9年分から控除額が大幅に下がります。
現在の55万円控除という区分は事実上廃止され、「e-Taxなら65万円(または75万円)、紙申告なら10万円」という形に整理されます。
紙申告のままでいると45万円もの控除が失われますので、e-Taxへの移行をまだ済ませていない方は早めにご確認ください。
簡易な帳簿だけで受けられる10万円控除の対象者が絞られた
簡易簿記で青色申告をしている方のうち、前々年(2年前)の事業所得または不動産所得に係る収入金額が1,000万円を超える場合は、令和9年分から10万円控除が使えなくなります(控除額が0円になります)。
売上規模がある程度の事業者に対して、複式簿記への移行を促す趣旨です。
全体の流れとしては、「日々の取引をきちんと記録し、電子的に管理できている人ほど、より大きな控除を受けられる」という仕組みへの転換だと考えると分かりやすいでしょう。
令和9年分からの控除の整理
改正後の青色申告特別控除を整理すると、次のようになります。
75万円控除
複式簿記による記帳 + e-Taxによる期限内申告 +「優良な電子帳簿の保存」または「請求書データ等との自動連携」のいずれかを行っていること
65万円控除
複式簿記による記帳 + e-Taxによる期限内申告
10万円控除
簡易簿記による記帳(ただし前々年の収入金額1,000万円超の事業者は対象外)
0円(控除なし)
前々年の収入金額が1,000万円超で簡易簿記を使っている場合 / 紙申告で複式簿記の場合(55万円控除の廃止)
e-Taxへの移行がまだの方は、令和9年分の申告に向けて、できるだけ早めに準備を進めることをおすすめします。
65万円控除と75万円控除の違い
多くの方が気になるのは、65万円控除と75万円控除の違いです。
65万円控除の要件(複式簿記 + e-Tax)は改正後も変わりません。
75万円控除では、そこにさらに「電子的な帳簿管理」の要件が加わります。
具体的には、次の2つのどちらかを満たすことが必要です。
一つ目は「優良な電子帳簿の保存」
単にパソコンで会計ソフトを使っているということではありません。
帳簿に加えた訂正・削除の履歴が残ること、必要な取引をあとから検索できること、関連する書類と帳簿のつながりを確認できることなど、一定の基準を満たした電子帳簿が必要です。
たとえるなら、普通のメモ帳に書いた予定表と、変更履歴が残るクラウドカレンダーの違いに近いかもしれません。
どちらも予定を記録することはできます。
しかし後者であれば、いつ登録したのか、いつ変更したのかが分かりやすくなります。
税務の世界でも、これと似た考え方が重視されています。
二つ目は「請求書データ等との自動連携」
銀行口座の入出金データ、クレジットカードの利用明細、請求書発行システムの売上データなどが、会計ソフトに自動で取り込まれる仕組みを使っていることがポイントになります。
「優良な電子帳簿の保存」か「自動連携」のどちらか一方を満たせばよい、という整理です。
請求書や銀行データとの連携が大切な理由
自動連携について、もう少し詳しく説明します。
昔ながらのやり方では、通帳やカード明細、請求書を見ながら、人が1件ずつ会計ソフトに入力していました。
この方法でも正しく処理することはできますが、人が手で入力する以上、入力ミスは起こります。
また、後からまとめて入力する場合、取引の内容を思い出せなくなることもあります。
一方、銀行やカードのデータが会計ソフトに直接入ってくる仕組みであれば、取引の発生元がはっきりしています。
取り込まれた内容を確認したり、勘定科目を選んだりする作業は必要ですが、ゼロから手で入力するよりミスや漏れを減らしやすくなります。
たとえるなら、手入力の帳簿はレシートを見ながら後で日記を書くようなものです。
自動連携は、レジや銀行の記録がそのまま日記帳の下書きに入ってくるようなものです。
最初の材料が正確であれば、帳簿全体の信頼性も高まりやすくなります。
税理士に任せている人ほど注意が必要
ここからが、実務上とても大切な話です。
税理士に依頼している方の中には、「税理士さんに任せているから大丈夫」と思っている方も多いでしょう。
もちろん、税理士に依頼していること自体は安心材料です。
しかし、75万円控除については、「税理士に依頼していること」と「条件を満たしていること」は別問題です。
特に注意が必要なのは、記帳を税理士事務所に丸ごと任せている場合です。
たとえば、
・領収書を月ごとにまとめて渡している
・通帳のコピーを税理士事務所に送っている
・売上資料を後日まとめて共有している
・会計ソフトへの入力は税理士事務所が行っている
・事業主本人は会計ソフトをほとんど触っていない
・帳簿データは税理士事務所側で管理されている
このような場合、これまで65万円控除を受けられていたとしても、75万円控除の条件を満たせるかは慎重に確認する必要があります。
75万円控除では、事業主側で日々の取引データを電子的に管理し、それを帳簿に反映させていく仕組みが重要になります。
帳簿は税理士事務所が一方的に作るものではなく、事業主本人の側でもきちんと管理されている必要があります。
税理士が申告書を作る場合でも、帳簿や資料の持ち主はあくまで事業主本人です。
帳簿データが税理士事務所の中だけにあり、事業主本人の側で適切に保存・確認できない状態だと、75万円控除との相性が悪くなる可能性があります。
「税理士に頼む意味がなくなる」という話ではない
誤解していただきたくないのは、75万円控除を目指すなら税理士が不要になる、という話ではないことです。
むしろ、税理士の役割は今まで以上に重要になると考えています。
ただし、その役割の中身は少し変わります。
これまでは、税理士事務所の仕事というと、「領収書を預かる→入力する→帳簿を作る→申告書を作る」という「作業代行」の部分が大きかった面があります。
75万円控除を目指す場合には、それだけでは足りなくなります。
どの会計ソフトを使うか、銀行口座をどう連携するか、請求書発行システムをどう使うか、電子データをどのように保存するか、事業主と税理士のどちらが何を確認するか—こうした「経理の仕組みづくり」が大切になります。
税理士は「帳簿を代わりに作る人」から、「正しく・効率よく・あとで困らない経理の流れを一緒に作る人」へと役割が変わっていきます。
たとえるなら、これまでは税理士が料理を完成品として出してくれるイメージでした。
これからは、事業主が自分のキッチンで日々の下ごしらえをし、税理士が道具の選び方・手順・仕上げを確認するイメージに近くなります。
申告という料理をきちんと完成させるためには、日々の材料の保管や下準備が大切になる、ということです。
これまで65万円控除を受けていた人が確認すべきこと
現在65万円控除を受けている方は、まず今の経理方法を確認してみてください。
特に次のような方は、75万円控除を使えるかどうか、早めに確認した方がよいでしょう。
・会計ソフトは使っているが、入力は税理士事務所任せになっている
・銀行口座やカードとの連携を使っていない
・領収書や請求書を紙で保管しているだけになっている
・請求書発行システムと会計ソフトがつながっていない
・事業主本人が帳簿データを確認する習慣がない
・e-Taxはしているが、帳簿の保存方法までは意識していない
このような場合、「65万円控除は受けられているが、75万円控除には届かない」ということも考えられます。
一方、すでにクラウド会計を使い、銀行口座やクレジットカードを連携し、請求書発行システムも活用している方は、75万円控除に対応しやすい可能性があります。
ただし、会計ソフトを使っているだけで安心するのは危険です。
銀行データを自動で取り込んでいるつもりでも、実際にはCSVをダウンロードして手で取り込んでいるだけというケースもあります。
また、ソフト上ではデータが残っていても、税務上必要な形で保存されているかどうかは別問題です。
「クラウド会計を使っているか」ではなく、「どのように使っているか」まで確認することが大切です。
10万円控除を受けている人も無関係ではない
10万円控除を受けている方にも影響があります。
簡易な帳簿で青色申告をしている方のうち、前々年(2年前)の事業所得または不動産所得に係る収入金額が1,000万円を超える場合、令和9年分から10万円控除が使えなくなります(控除額が0円になります)。
ここで注意したいのは、判断の基準が「利益」ではなく「収入金額(売上)」である点です。
たとえば、売上が1,200万円あっても、仕入れや外注費などが多くて手元の利益はそれほど残っていないという方も、この判定では対象になります。
「利益は少ないから関係ない」とは言い切れません。
売上規模がある程度あるけれど、帳簿は簡単な方法で済ませているという方は注意が必要です。
今後も青色申告のメリットを受けたいのであれば、複式簿記への移行や会計ソフトの導入を検討する必要があります。
10万円控除のままでよいと思っていた方も、今回の改正をきっかけに、自分の売上規模と帳簿のつけ方を一度確認しておきましょう。
今から準備しておきたいこと
では、個人事業主は今から何をしておけばよいのでしょうか。
まず最初に確認したいのは、現在自分がどの控除を受けているかです。
・10万円控除(簡易簿記)なのか
・55万円控除(複式簿記・紙申告)なのか ← 令和9年分からは10万円に下がります
・65万円控除(複式簿記 + e-Tax等)なのか
ここを確認するところから始めましょう。
次に、現在の帳簿のつけ方を確認します。
紙で管理しているのか、会計ソフトを使っているのか、税理士事務所が入力しているのか、自分で入力しているのか、銀行やカードのデータを取り込んでいるのか—このあたりを整理してみてください。
75万円控除を目指すのであれば、次のような点を確認する必要があります。
・会計ソフトは75万円控除の要件に対応しているか
・銀行口座との自動連携はできているか
・クレジットカードの明細は取り込めているか
・請求書発行システムと会計ソフトはつながっているか
・訂正や削除の履歴が残る仕組みになっているか
・必要な取引をあとから検索できるか
・事業主本人が帳簿データを確認できる状態になっているか
・税理士との役割分担ができているか
特に税理士に依頼している方は、早めに次のような確認をしてみるとよいでしょう。
「今のやり方で75万円控除は使えますか」
「自分で会計ソフトを使う必要がありますか」
「銀行口座やカードの連携はした方がよいですか」
「請求書発行ソフトは何を使えばよいですか」
「税理士事務所と自分の役割分担はどうなりますか」
「令和9年分から対応するには、いつから準備すべきですか」
75万円控除は、申告書を作る時期だけの問題ではありません。
1年を通して、どのように取引を記録し、どのようにデータを保存していたかが問われます。
申告時期になってから慌てて対応しようとしても、間に合わない可能性があります。
夏休みの宿題でたとえるなら、最後の日に答えを写すような対応ではなく、毎日少しずつノートをつけていたかどうかが見られるようなものです。
早めに経理の流れを整えておくことが大切です。
75万円控除を目指すメリット
75万円控除を目指すメリットは、控除額が増えることだけではありません。
銀行口座やカードを会計ソフトと連携すると、入力作業が減ります。
請求書発行システムを使えば、売上の管理もしやすくなります。
帳簿をこまめに確認するようになれば、資金繰りや利益の状況を早く把握できます。
つまり、75万円控除に対応するための準備は、そのまま事業管理の改善にもつながります。
「税金のために仕方なくやる経理」から、「自分の事業をよく見るための経理」へ変えていくきっかけになるのです。
個人事業主にとって、経理はどうしても後回しになりがちです。
売上を上げること、仕事をこなすこと、お客様対応をすることの方が優先されるのは当然です。
しかし、経理が整っていないと、今どれくらい利益が出ているのか、税金をどれくらい準備すべきなのか、資金繰りに問題がないのかが分かりにくくなります。
75万円控除をきっかけに経理の仕組みを整えることは、節税だけでなく、事業を安定させることにもつながります。
すべての人が75万円控除を目指すべきか
では、すべての個人事業主が75万円控除を目指すべきなのでしょうか。
これは一概にはいえません。
75万円控除を受けるためには、会計ソフトの導入や設定、データ連携、日々の確認作業などが必要になります。
場合によっては、税理士への相談料やサポート費用が増えることもあります。
65万円控除との差は10万円です。
その控除額の増加による税負担の軽減額と、対応にかかる手間やコストを比べる必要があります。
すでに会計ソフトを使っていて、銀行やカードの連携もできている方であれば、75万円控除を目指しやすいでしょう。
一方、取引件数が少なく、事業規模も小さく、デジタル対応に大きな負担を感じる方にとっては、無理に75万円控除を目指すより、まず65万円控除を確実に受けることを優先した方がよい場合もあります。
事業規模・取引件数・会計ソフトへの慣れ・税理士への依頼状況・データ連携のしやすさ・経理にかけられる時間—これらを総合的に見て、自分に合った対応を選ぶことが大切です。
よくある誤解
「65万円控除を受けていれば、75万円控除も当然使える」
これは誤解です。75万円控除には、65万円控除よりも追加で求められる対応があります。
特に、帳簿データの保存方法や、請求書・銀行データなどとの連携が重要になります。
「会計ソフトを使っていれば大丈夫」
これも注意が必要です。
会計ソフトを使っているだけでは、75万円控除の条件を満たしているとは限りません。
どのソフトを使っているかだけでなく、どのように設定し・どのように運用しているかが大切です。
「税理士に任せているから問題ない」
税理士に依頼していることは安心材料ですが、それだけで75万円控除が使えるとは限りません。
帳簿作成をすべて税理士事務所に任せていて、事業主本人の側でデータを管理していない場合は、対応方法を見直す必要があります。
「10万円控除だから自分には関係ない」
10万円控除を受けている方にも影響があります。
前々年の収入金額が1,000万円を超える方は、令和9年分から10万円控除が使えなくなります(控除額が0円になります)。
自分の売上規模を確認しておきましょう。
「55万円控除を受けているから安心」
55万円控除(紙申告で複式簿記の方)は、令和9年分から実質的に10万円へと大幅に下がります。
45万円の控除が失われることになりますので、e-Taxへの移行を早めに検討してください。
まとめ
青色申告特別控除は、個人事業主にとって重要な節税制度です。
令和8年度税制改正(令和8年3月成立)により、令和9年分(2027年分)の所得税から、この仕組みが大きく変わります。
主なポイントをまとめると、次のとおりです。
・75万円控除が新設(e-Tax + 複式簿記 + 優良な電子帳簿保存 または 請求書データ等との自動連携)
・65万円控除にe-Taxが必須(複式簿記 + e-Tax)
・55万円控除は廃止(紙申告の複式簿記は10万円に大幅減)
・前々年の収入1,000万円超の簡易簿記利用者は10万円控除が使えなくなる(控除額0円)
特に、税理士に記帳を丸ごと任せている方は注意が必要です。
今後は、事業主本人の側でも会計ソフトやデータ連携を活用し、日々の取引を電子的に管理していくことが求められます。
75万円控除を目指すかどうかは、事業規模や経理体制によって判断が分かれます。
ただ、どの控除区分の方にとっても、今回の改正が「自分にどう影響するか」を確認しておくことは大切です。
・今の帳簿のつけ方でよいのか
・e-Taxへの移行は済んでいるか
・会計ソフトは十分に活用できているのか
・税理士との役割分担は明確か
・銀行口座やカードのデータは連携できているか
これらを早めに確認しておきましょう。
税金の制度変更は、申告時期になってから対応しようとすると大変です。
しかし、今のうちから少しずつ準備しておけば、慌てる必要はありません。
経理を「面倒な作業」として後回しにするのではなく、「事業を守るための道具」として整えていきましょう。
※この記事は令和8年度税制改正(令和8年3月成立)の内容をもとに作成しています。
制度の詳細や個別の適用については、税務署にご相談ください。






